第三話:転生、そして…
お待ちかね異世界転生の始まりです。
暗い…
夜なのか…
瞼が重い…
目は開いていないようだ…。
何だか騒がしいな…
耳は聞こえているようだ…。
身体が痛い…
足も腕も、いや、全身の骨が折れているような痛みだ…。鉛で押さえつけられているかのように身体が重い。
痛い…
動けない…
このまま死ぬのか…
次第に目の前が真っ白になっていく。
眩しい…。
天国…?
俺は天国へ行けるのか?
俺なんて、天国へ行ける資格なんかないのに…
目を開けると、綺麗な空だった。
薄い雲が見える。
今はお昼前くらいだろうか…
斜めに照らす日差しが、暑くもなく、爽やかな風と相まってとても心地いい…。綺麗な…空だ…。
痛みで動けはしないが、どうやら俺は柔らかい芝生の上に大の字に寝転がっているようだ。全身で陽の光を浴び、そよ風を感じ、土の臭いを嗅いで…。
大人になってからはこんな事しなかったな…。
まるで子供の頃に還ったような懐かしい感覚だ…。
そうか、ここが…あの世…か……。
すうっと日差しが陰っていく。
雲か…と思ったが次の瞬間には雲でないと気付く。
人の頭だ。
人の頭がいくつもある…。
もしかして囲まれている?
「おい!坊主!大丈夫かぁ?」
見た目30代くらいだろうか?細身ではあるががっちりとした筋肉を纏った男が声をかけてきた。
ってか坊主って…いくら俺の背丈が158cmとは言え、俺は27のアラサーおっさん、坊主ってのは失礼じゃないか?
身体を起こして反論しようとするが、直後激痛で再び地面に縫い付けられる。起き上がろうとしても身体が重い。力が入らない…。
次第に意識もまどろんでいく…
あれ?俺、何で芝生に寝てるんだっけ…?
何をしてたんだっけ…?
俺の視界は、再び真っ暗な世界になった。
次に目を開けると、今度はベッドで寝ていた。
起き上がれる。身体の痛みは消えている。
骨の軋みはないが、やはり身体が重い…。
首は動くようだ。ゆっくりと辺りを見回す。
木の壁、木の床…見たところ西洋風の木造建築だろうか。アンティーク風のティーセットがあったり、ランタンもあったりとインテリアも洋風だ。病院にしては随分とお洒落に感じる。
窓からの景色がいい。正面に湖、遠くには草原が見える。
病院のベッドに俺は寝かされているようだ。
他にもベッドがあるが、寝ていたのは俺だけだった。
ここは病院なのか…?
そう考えたとき、女の人が扉を開けて入ってきた。
20代前半ほどの、やはり日本では見られない民族衣装を着た…いや、その赤茶色の髪を見て確信した。
ここは日本じゃない。
「キャッ!」
マジマジと見ていた所、女性はびっくりして一目散に入ってきた扉をUターンする。
「院長先生!意識が戻られました!」
数秒とかからず、今度は複数人の足音が聞こえる。
今度は70歳くらいの鼻が高い白髪の老婆を筆頭に、先程の若い女性とその同僚と思われる若い女性4人。何もそんな大勢で来なくても…。
老婆は俺を覗き込むようにして見、胸からお腹にかけて優しく手を翳した。手は暖かく、頭全体が包み込まれるような感覚だ…。
「良かった。生命力も回復してるね。病気や怪我の具合も大丈夫そうだ。」
言葉が通じる…?
いや、それよりも…
すごいな。体温計や血圧計や血中酸素濃度測定器も使わず、患部の触診すらもせず人の体調が分かるのか。何より不思議と暖かい…安心する感覚だ…。
老婆は続ける。
「いくつか坊やに聞きたいことがあるのだけれど。先ずは名前から教えて頂戴な。」
「いやいや、坊やってアンタ…。」
イラッとした。いやそりゃアナタから見りゃ俺なんて孫みたいなもんでしょうけど?いや孫は言いすぎか…?そもそも俺はこの通り27の立派なおっさ…ん…?
?
あれ?
視界に入った自分の手が小さい?
ツルツルで腕毛がない?
手が当てられている腹を見る。
下っ腹がでてない。
というかこの体型は…
「どうしたんだい?名前は?」
「すみませんちょっと鏡頂けますか!?」
老婆の後ろでソワソワしていた若い女性に鏡を要求し、手渡された手鏡で自分を見てみると…
「子供に…なってる…だと…!」
小さい鼻。張りのある肌。輪郭の比率に対して大きくて、ルビーのように赤く深い眼。
間違いなく子供の顔だ。顔の幼さからして5、6歳だろうか。小学校低学年くらいであることは間違いない。そして恐らく膝元まであるであろう長い長い金色の髪。顔の作りも完全に女の子の顔だと思う…。
…でも、どうやらこの世界でも性別は男らしい。股間に余計なものがついているのは分かる。
ちっ…生まれ変わるなら女がよかったな…
ってか女に生まれ変わりたかったホントにマジで。
…いや、それでも。
男であったとしても以前の自分とはまるで別物だった。
これは一体…?
動揺している俺を方目に、老婆は続ける。
「名前は?」
ちょっと待って状況を整理させて!
いや、それはこっちの都合か…
名前くらいは答えないと、カルテも作れないか。
名前は…
名前…?
「名前は…?何だ?」
思い出せない…?
俺はどう呼ばれていた?
職場の同僚から!仲間から!幼馴染みから!親から!
記憶喪失とか洒落にならない。
過去を振り返れ!思い出せ!
過去は思い出せる。
大まかにどこで何をしたかも。何を言われたかも。
ただ、呼ばれてる所がモヤがかかったように、雑音が入ったように全く聞き取れない、思い出せない。
そして、目を覚ます直前の事だ。一昨日の印象的だった仕事の内容とか、同僚との会話は覚えているんだが…。直前の事が全く分からない。何かをしようとしていたのか、何をしていたのか…。
「思い出せないの?」
固まっている俺を見かねて、老婆が問いかける。
「…ちょっと時間を下さい…落ち着きたいんで…」
「そう、ならちょっとしたらまた来るよ。」
何分も。何十分も考えた。でも、思い出せない。
名前に関する記憶だけ、決定的に欠落しているようだ。
1時間程して声をかけた若い女性に、名前が思い出せない、最近の記憶がないと正直に伝えた。
再び老婆がやってきて、同じように俺の額に手を当てた。
「おかしいねぇ…脳にダメージはないようだし…」
どうして分かる。CTはどうした。MRIが泣くぞ。
いや、状況が分かってきた。
認めなければならない。
これは…俺がいた神奈○県どころか、おそらく日本ではないし、下手をしたら地球ではない。
何故って、机に広げてあるカルテらしき書物に書いてある文字は、俺は知らないし見たこともない。ハングルとロシア語を混ぜたような文字に近いだろうか。いや、イスラム文字にもサンスクリット文字にも見える…。…いや、やはり見たことがない。
でも、話す言葉は何故か理解できる。
異国の国のハズだ。この文字がその証拠だ。
周りの人間の外見風貌からして異国の国だ。
だが日本語に聞こえる。
そして俺の言葉は…伝わる。
何故だ…?
そして、老婆が俺の額に当てている指先に、さっきは気づかなかったが、手の暖かみを意識して見ればボワッとした若葉色の光が見える。
それが何だか、直感的に分かった。
アニメやゲームとかで何度も見たことがある。
あれは…魔法だ。