第二話:いつもの朝
いつもの日常。いつもの世界。
いつもの朝。いつもの憂鬱な朝。
主人公の鳥羽幽仙は、入社5年目の会社員である。
なだらかな斜面の、辺り一面に広がる草原。
眼下には鏡のように空を照らす湖。
吸い込まれそうなほど濃い緑に覆われた深い森。
遥か遠くにある白銀に煌く剣のような山。
そして、蒼く、どこまでも広い空・・・。
まるで天国のようで・・・
目を覚ますといつものボロアパートの天井が眼前に広がる。
ああ、夢か。
夏も終わりの9月だというのに、朝から酷く蒸し暑い。
昨日の台風一過の影響で南風が流れ込み、窓から強烈な日差しと共に身を焦がす。
太平洋沿いに位置するこの土地は、南風に潮が乗せられ、夏は酷く肌がべた付く。
朝だというのに、蝉が最後っ屁と言わんばかりに大声を上げて雌にアピールしている。
夏の終わりの大合唱。聞いていても不思議と五月蝿いとは感じない。
蝉も必至に命を燃やしているのだ。
時計を眺めると現在時刻は朝7時30分。目覚まし時計をセットし忘れたが寝坊はしていない。
会社まで通勤時間30分圏内というだけで、ボロアパートに住んでいる甲斐があるというもの。
とはいえ、二度寝している時間はない。
重い体を持ち上げ、喉の渇きを潤すべくキッチンへ。冷蔵庫を空け、昨日仕事帰りに買った飲みかけの炭酸ジュースを一気に飲み干すと、まだ寝ている胃が抗議の激痛を脳に送ってきた。思わずその場でうずくまる。
回復までに2,3分かかった。痛みと蒸暑さで全身に滲む脂汗を落とすべく風呂場へ向かう。
このボロアパートの通気が悪い風呂場の中は部屋以上に更に蒸し暑い。入るだけで倒れそうだ。
風呂桶の中にドカッと座り、38度の温いシャワーを勢いよく頭からかける。
体は動いたが、頭はまだ寝ているようだ。シャワーを流しっぱなしにして床を見ながらしばらく呆ける。
今日は提出書類の締め切り、挨拶回り・・・。
あぁ、そういえば昨日のミスを謝罪することから始めないとな・・・。
入社して5年目だってのに、何やってるんだか・・・。
いつも通り、いつものように。
毎日が謝罪から始まる・・・。
寝起きのけだるさと、上から叩きつけるシャワーの勢いと、憂鬱な気分で立ち上がれない。
それでも立ち上がらなければ、出勤時間に影響が出る。なにより水道代とガス代がもったいない。
シャキッとしないとな。
暗い雰囲気で出勤したらまたミスの元となる。ここで気持ちにケジメをつけないとな。
何より俺は営業スマイルが売りなんだ。
いや、他は売ってない。だから死ぬ気で売らないと。
よし、今日も頑張るか!
意を決して立ち上がった直後、強烈な頭痛に襲われ視界がブラックアウトする。
ヤバい・・・!
急激に薄れていく意識の中。
必死に蛇口に向けて手を伸ばす。
お湯を出しっぱなしで倒れたらガス代と水道代が…
そこで意識は途絶えた。
※登場人物紹介
◯鳥羽 幽仙
この物語の主人公。入社5年目の相談援助職員。
介護施設勤務の経歴がある。
営業スマイルが武器。
余計な一言で人を傷つけ、言葉足らずが故に「何言ってるんだこいつ?」と誤解を生じることが多く人間関係に苦労している。
肝心なところでいつもミスをする残念系男子。
他者の評価や評判を第一に考える。
故にちょっとしたことで落ち込みやすい。
自称『サランラップのハートの持ち主』。