第一話:罪
人間は社会的動物である。
一人では生きられない弱い生き物である。
人は皆、どこかで恐れている。
孤立することを。一人ぼっちになることを。
私は優しくされることが苦手だ。
私は恩の返し方が分からない。
私は信頼されることが苦手だ。
私は信頼への応え方が分からない。
私は人の期待を裏切ってしまう。
期待の応え方が分からない。
感謝はしている。
感謝の伝え方が分からない。
多くの人を無意識に傷つけ。
多くの人を意図せず怒らせ。
多くの人を自然と落胆させ。
多くの人に結局疎まれて。
でも、自分は1人では生きられないのだ。
いや、1人で生きてはいけないのだ。
きっと、もっと酷い人間になりそうだから。
いつも迷惑かけて、いつだって心配かけて。
でもそのおかげで、自分は人並みにいられる。
人を傷つけなければ、心の痛みが分からない。
浅はかで、考えなし。
人に迷惑をかけるなら……。
いっそ、人との繋がりを絶つべきだ。
迷惑をかけないよう、1人で生きるべきだ。
それなのに自分は…。
呆れた…。呆れて、気を失いそうだ。
…そんなことを書いて、少し満足した。
人を傷付けてしまったときや、嫌なことがあった日の夜は、こうやってエッセイを書くのがマイブームである。
ほんの少し、何故だか少し、救われた気になるからだ。
自己満足だとは分かっているけれど。
それでも、明日の笑顔を維持するには欠かせない。
こんなマイナス思考だが、営業スマイルには自信があるのだ。否、営業スマイルしか、もはや自分に残っているものはないとも言える。だからピエロを演じる。こんな自分の仮面を頼りに、明日もお客様がやってくる…。
ああ辛い。
辛い辛い辛い辛い辛い。
他人に笑顔を振り撒く。
辛い自分を偽って、笑顔の仮面を被る。
ただそれだけなのに、何でこんなに辛いんだ。
いっそ死んでしまいたい。
死んで無になってしまったら、どんなに楽だろう。
死んで異世界でやり直せたら、どんなに幸せだろう。
………。
……………。
……ああ、そうさ。
俺は罰当たりだ。
すぐ、死にたがる。
自殺する勇気もないくせに。
車に轢かれないかな、とか、通り魔に刺されないかなとか、そういうことを何時だって願っている。
俺を轢き殺した人や、俺を刺した通り魔の罰と不幸の上に、あわよくば死んで異世界で人生をやり直すか、あるいは無の世界に逃げたいと願っている。
愚かしいにも程がある。
思えば俺は、今まで“普通に生きてきた恵み”に感謝して過ごして来なかったな…。
何か大きい病気を持って生まれたわけでも、何か身体に欠損があるわけでもない。この四半世紀、至って五体満足の健康体で生きてきた。
貧しい家に生まれたとか、親がいないとか、あるいは親が無法者だったとか、そういう不幸な出来事もない。
恵まれていたのだ。
イジメられたこともあったけど、今はいい思い出。
それら引っくるめて、今生きている自分を恨めしく思い、死んでしまいたいとすら思っている。
それの、何と罪深いことか。
目を閉じる。
最近、異世界転生ものの小説が流行りのようだ。
皆、希望を抱いているのだろう。
死後に、あるいは異世界に。
やり直したい、と。
来世で輝きたい、と。
来世で幸せになりたい、と。
でも、どうやら自分には……無理そうだ。
死んで異世界に行っても、きっと変わらない。
恵まれた環境に何一つとして感謝せず、何一つとして活かすことができず。
あまつさえ無意識的に人を傷付ける俺に、期待と信頼を裏切り続け、落胆させるような、どうしようもない人格を宿してしまった俺に。
たかが異世界転生ごときで。
たかが人生やり直した程度で。
幸せになれるわけがないのだ。
根本から腐っている俺が。
こんな罪深い俺が幸せになれる訳がない。
…………。
………………。
意識が落ちていく。
あぁ、明日も仕事か…。
せいぜい頑張るとしよう…。
俺こと、『鳥羽 幽仙』は眠りについた。
明日遅刻しない程度に起きれますように。
願わくばもう二度と目覚めませんように。
※登場人物
◯鳥羽 幽仙
物語の主人公。27歳。介護施設職員。相談援助職。
営業スマイルに自信ニキ。