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やがて消え行く君に  作者: 音無 響
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第十八話 波及と玲瓏(れいろう)

 謁見での皇帝と枢機卿の対立は、瞬く間に皇国内に広まった。翌日にはそれぞれの立場により行動を開始する者や、現状では身動きが取れない者などに分かれていた。 宗教関係者の多くは、第三皇女の言葉通り、西側貴族の領地に流れていった。移動した者の多くは、皇都周辺の宗教家に多く見られた。西と東の貴族領地にいる宗教関係者は、その殆どが移動する事無く、これまで通りの生活を続けていた。

 西の貴族領地にいる宗教関係者は、東の宗教関係者に対し、教会上層部の意向に従うように促したが、東側にいる者達はこれを拒絶した。さらに、西側にいる宗教関係者や西へ赴こうとしている信徒に対し、本来の宗教家としての職務と役割を放棄することに、ベストラ教の教えに反する行為だと激しく非難した。

 ここに至り、かねてより西と東で意見の食い違いを見せていた教会は、その対立が表面化すると西と東に別れて公然と反目した。


 皇国は、この状況に対し東側のベストラ教を国教として保証し、手厚く保護をする事を確約した。これにより西と東のベストラ教の分裂は確定した。この大きな動きに対して、他国や他大陸のベストラ教は沈黙を守り、積極的な介入などは行われなかった。


 そんな中、皇都にある小さな診療所で、最悪の事態に備えていた第三皇女は、安堵の吐息を漏らすのだった。皇帝に教会関係者の排除を提案し、最悪の場合、皇国内を飛び回る覚悟をしていたのだが、良心的な宗教家が思いのほか残っていた事に安心した。しかし、西と東の教会に関しては問題なかったが、皮肉な事に中央周辺が、最も宗教家減少の影響を受けた場所だった。その為、残された教会関係者を手助けする為に診療所としての役割の他、教会と同様に魔法の封印と開放をする予定なのだが、問題は宗教家でもない娘が魔法の封印と開放をすることが、果たして許されるものなのかだった。さらに第三皇女という立場も問題となる。信頼の置ける司教などが居てくれると、相談にも乗ってもらえるのだが、宮廷周辺に居た教会関係者の殆どが、西側に流れて行ってしまった。加えてこの混乱のため、辺境伯と一緒にエリシアもロンドール領に一時帰郷している。皇帝のベストラ教に対する宣言が、大きく国を揺らしてしまった為だ。貴族達は皆、一時的に領地に戻り、今頃は混乱を鎮めている最中だろう。取り敢えず、今は診療所として活動し、皇都の宗教関係者の動きを追わなければならない。エリシアがこちらに戻って来るまでは、宗教関係者に迂闊に接触することは避けなければならない。


 診療所を初めた頃は、誰一人近付く者もいなかったが、このところは徐々に街の人たちが訪れ始めていた。もちろん、表立って治療するのはマルティナだ。皇女はそのまま、目の悪い娘を演じ、マルティナから片時も離れる事なく、母の治療の真似をする子供の振りをしていた。

 こうして徐々に街に溶け込み、生活して行く中で少しずつ情報が集まり始めた。皇帝の宣言に、街の住人は概ね賛同していることが分かった。当然だが始めは驚いたし、魔法の封印の事を考えると、一概に喜べるものでもなかった。しかし、実際に都を去った教会関係者は、その殆どが金に汚く、宗教家というより悪質な金貸しと変わりのない者達だった。教会内部も当然のように揉めた。特に地位が高い教会関係者は率先して西へ向かい、逆に地位の低い司祭や助祭は、魔法の封印の必要性から市民を見捨てる行為に納得出来なかった。結果的に教会上層部とそうでない者達が別れて行動を起こした。

 残ってくれた教会の人たちは、身分や階級は低かったが、市民の事を考え、少ない人員で必死に頑張っていた。これら第三皇女や市民達からの訴えが決め手となり、皇帝の東側ベストラ教への援助の話が決まったのだ。


 皇帝の宣言から数日経過した頃、少しずつ地方からの情報も入り始めた。それによると、東側は概ね落ち着いた状態で何の問題も無いが、西側は大きく揺れ始めていた。元々定数以上の教会関係者がいた西側へ、さらに大勢の教会関係者が流れ込んで行った。さらに流れ込んだ者は、地位が高く金に汚い類いの者達で、元々西側貴族領地にいた者達との確執が問題になりつつあった。西側貴族達も事あるごとに、金を無心する宗教家達に対して辟易していた。そして、中央から東側に掛けて正常化した宗教関係者の話が伝わると、その西側地域の空気は、さらに重く淀んで行った。


 地方から様々な情報が流れ込み始めたとき、東側にあるロンドール領方面へ向かった元第一騎士団の面々が戻って来た。彼らは予め用意されていた、診療所の隣にある屋敷に帰還した。その知らせを受け、宮廷からは皇太子と宰相の子息が二人でやって来た。二人とも第一騎士団に所属する騎士であることから、身動きが取れない皇帝と宰相に変わり、こういった宮廷外での緊急性を要する、重要な案件への対応を率先して行っていた。


 その騎士団からの報告によれば、皇帝の宣言は瞬く間に地方まで広まり、東側では概ね好意的に受け止められていた。心配した宗教関係者の移動もほとんど無く、問題となるのは帝国の動きだけであった。領地へ戻られたロンドール辺境伯から、第三皇女の伝言を受けた元第一騎士団の者達は、六年前の事を知る人物や実際に逃げて来た者達に話を聞いて回った。

 当事者の口は非常に重く、元々生存している人数が極端に少なかった。調査は、当時を知るものや関わりのある者に広げ、出来るだけ多くの情報を収集する事に努めた。それでも生存者の数は年々減少し、当時、実際に逃げて来た者から話を聞いた者の証言は、言葉を失うほど驚かされた。

 実際に話を聞いた団長達からは、余りに非道で極悪な行為だと言われた。その話を聞いただけで皆が怒りに震え、感情を抑えるのに苦労したらしい。魔法士達には聞かせられないと判断した団長は、自分と副団長のみに制限し、聞き取り調査をしたそうだ。


 一通りの話を聞いた全員が、重い溜息を吐いた。これからどのように対処するかも問題だが、この話自体を聞かせる事に躊躇してしまう内容だった。ロンドール領の者達が慎重に対応した理由が理解出来る。皇太子と宰相のご子息は、この話を持ち帰り宮廷内でこの問題をどのよう扱うか、まず検討するようだ。そして、さらに問題となるのが、例の大司教への対応だった。

 こちらで少し調べたら、大司教自体は皇都に残ろうとしていたようだが、しかしあの枢機卿が強引に西側へ引っ張っていった。その様子から、この皇都に大司教の息の掛かった者が、必ず残されている可能性が大きいと考えられた。

 その者への対処は、エリシアがこちらに戻り次第、対応することが決まった。問題は大司教本人だが、こちらが手を出して、虚無の空間を作られたりしたら、目も当てられない。ゆえに一撃で、確実に絶命させることで対処する事が決まった。具体的な方法や実行部隊に付いてもだが、大司教を処分すれば、確実に帝国に感づかれる。

 ロンドールとグランスローには伝えておきたいが、悟られるのは大きな問題となるため、現在も西側で調査を続けている元第二騎士団の帰還と報告を待ち、再度検討することで話は打ち切られた。


 第一騎士団の報告も終わり、各自がそれぞれの持ち場へ戻るなか、皇太子が第三皇女を呼び止めた。何事かと訝しむ第三皇女に、皇太子は微笑みながら一つの指輪を授けるのだった。皇女は、手の中にある指輪の感じから、玲瓏れいろうの指輪と気付いて声を上げた。


「兄上、なりません。これはもしや皇帝陛下より賜った玲瓏れいろうの指輪ではありませんか?私などが持っていて良いものではありません。」


 その言葉に、その場にいる全員が驚きを隠せなかった。玲瓏れいろうの指輪は、古くからアストリアに伝わる指輪であり、国の宝と言われていた。その美しい装飾は現在のアストリア調の作りとは明らかに異なり、またその素材自体が今なお不明なものであった。しかも長い年月が経過しているにも関わらず、その指輪にはめ込まれた、青みがかった透明の石は、台座の指輪と共に光り輝いていた。

 この指輪の効果が八面防御と言われていた。つまり、守りの指輪の最上級ランクの指輪だった。そのため、皇帝陛下や皇太子など、国を継ぐ者が身を守る為に身につける指輪であった。


「大丈夫だ。皇帝陛下の許可は取ってある。まさか許可無しに渡す訳には、いかないものだからな。今は、私よりもフェリが残らねばならない状況なのだよ。このことは皆が知っている。それに私は第一騎士団で鍛えられた。多くを学び、それなりに備えている。明らかに自分などよりも、危なっかしい皇女にこそ相応しいのだよ。」


「しかし、私は…。」


「直に旅立つ事も知っている。そんな妹にしてやれる事が、これくらいしかないのだ。私も少しくらい、格好の良い所を見せねば、立場が無くなってしまうのだ。だからお願いだから、これを持って行け。まぁ、当然だが貸すだけだぞ。必ず持って帰って来ること、分かったね。」


 この言葉と優しさに涙が零れた。そんな私に、兄は優しく微笑むだけだった。


 皆がそれぞれの戻るべき場所へ向かい、診療所へ私とボードレック、それとマルティナ三人で戻ったとき、留守の診療所に残っていたセフィードが、私の持っている指輪を見て驚いていた。何故それを持っているのかと、落ち着かない様子で尋ねてきた。皇女はセフィードが興奮する様子が伝わって来て、不思議に感じた。そして、しきりにその指輪を付けろと促して来る。実際皇女は、手が小さ過ぎて指輪をはめていなかった。何だか疑問に思いながらも指輪をはめた、その瞬間に意識は何処かに繋がっていた。


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