第十二話 決意と盟友
翌日、宮廷の発表に皇国が揺れた。発表された内容は以下の通り。
昨日、宮廷内で第三皇女の暗殺未遂事件が起こった。その際、皇女の乳母が身を挺して皇女を守ったが、乳母は大けがを負ってしまい、皇女もまた、心に深い傷を負った。犯人など詳しい事は調査中であるとされたが、どうやら犯人は帝国の間者らしいというもの。事件当時、大勢の人間が宮廷内の職務に従事していたにも関わらず、犯人らしき人物の目撃情報は皆無だった。そのため、犯人は宮廷内を自由に動き回り、尚かつ疑われる事がない者、つまり既に宮廷内に居る何者かという事であった。
この事件を切っ掛けに、宮廷内に従事する侍女や文官、騎士、衛兵、そして貴族に至まで、その出身や身辺を再度調査された。もちろん、宮廷に出入りをする宗教関係者も例外ではなく、この事に大貴族や教会などは激怒し、宮廷に乗り込んで来た。しかし、現在の宮廷内は混乱し、それら全てを次回の皇帝謁見に、まとめて対応することとした。
そんな中、今回の暗殺未遂事件の責任を取り、各騎士団長並びに副団長が退任した。ある者は、これを機に後進の指導に力を入れたいと語り、またある者は、諸国を巡る旅に出たいと申し出た。この処分に対し騎士団からは、厳し過ぎると批判の声も上がったが、団長達は自分の好きな事をさせて貰えると喜んだため、批判や不満は解消された。
そして、団長達と共に処分された騎士が一人。その者は、街のスラム地区にほど近い、小さな診療院の門をくぐるのだった。
「姫様、用意が出来ましてご座います。」
その言葉に、診療院内で何やら作業をしていた少女が振り返る。その顔は、明らかに不満の表情が読み取れた。そして、ちょっとした意地悪をするときの、女性独特の笑顔が張り付き、可愛らしい声で喋りだした。
「お父様!何度言えば分かるのです。ダメダメではありませんか!可愛い娘の顔を忘れるなんて、酷過ぎます。」
そう言った娘は、あからさまな泣きまねをする。男はそんな娘の対応に、オロオロするだけで、優しい言葉をかけてやる訳でなし、何か特別な事をする訳もなく、ただ途方に暮れるだけだった。
「姫様、ボードレック殿をいじめるのも程々にして下さい。慣れないものは、仕方ないではありませんか。ボードレック殿は、娘思いのやさしい父親役。これに徹して頂き、娘をまさにお姫様のように大切にしているということで、今後は、姫様呼びで固定しては如何ですか。」
この意見にフェリエスは、なる程とも思ったが、やはり恭しい対応や言葉使いが丁寧すぎて、やはり不自然と却下するのだった。姫様に進言したのは、宮廷内で皇女付き侍女のマルティナであった。第三皇女が魔力暴走を起こしたとき、最初に皇女の部屋へ駆け、部屋の中の壮絶な状態に気を失ってしまったのが彼女であった。宮廷では今回の事故を帝国の間者の仕業として、強引に話を進める予定になっていた。本当の事を知っている彼女は、身の安全を考えて皇女と共に行動していた。ただ、皇女は知っていたのだ。マルティナの気持ちを。
「あら、お母様まで。どうしたのですか。何が父親役ですか。役とは何のことですか。良いですかお母様!父上の事は、“あなたもしくは旦那様”です。ボードレック殿ではありません。お母様まで、何度申し上げれば、ご理解して頂けるのですか。ほら、お父様をちゃんと呼んで下さいませ。“あなたもしくは旦那様です”。」
そう言いつつ、皇女は元侍女であるマルティナに詰め寄るのだった。皇女に詰め寄られたマルティナは、生唾を飲み込み消え入りそうな小さな声で、旦那様と囁くのが精一杯だった。顔は真っ赤になり、頭から湯気が出そうなマルティナを眺めつつ、どれだけ初なんだと呆れる皇女だった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
次の日、ボードレックは街の中にある酒場を目指していた。酒場と一口に言っても、夜の営業を主体とした本格的な酒場もあれば、午前中が食事中心で、夜は飲み屋になる形態など、さまざまな酒場があった。いま向かっているのは、食事が中心の酒場だ。旨くて安くて、なるべく量が多い店。まだ騎士団に入りたての頃、地位もお金もなく、ただ気力と体力だけが自慢の若かりし頃、散々お世話になった料理屋兼酒屋の店だ。
開け放たれた扉から店に入ると、久しぶりと女将に声を掛けられた。そして目的の男を見つけた。その男はカウンターの一番奥に陣取り、豪快に飯をかき込んでは、咀嚼しながら中空を見据えていた。
(あいつ、俺に気付いてシカトしてやがる。さっき、女将が声掛けた時、こっち見ただろ。)
そう思いながら、無愛想に飯をかき込む男の横に座る。女将が、ニコニコしながら注文を取りに来る。横で無言を貫き、ひたすら飯をかき込んでいる男の料理を見て、同じものを注文した。
ボードレックは特に何も言わず、運ばれて来た飯を、隣の男同様に豪快にかき込み始めた。しばらく、二人とも何も言わず、無言で飯を食べていた。先に飯をかき込んでいた男が食事を終え、挨拶と共にお代をカウンターに置いて出て行こうとする。ボードレックは、通り過ぎる男の服を掴んだ。服を掴まれた男は、剣呑な目を向けて来る。
「まぁ、待てよウィドック。お前に折り入って話しがあるんだ。」
「俺には、無えよ。」
服を掴まれた男は、無愛想に言い放ち、掴まれた服を引き剥がした。ボードレックは男の雰囲気に、自分は戦う気がない事を示すポーズをした。そんなボードレックの様子に、男は不機嫌そうに腕を組むとその場にある椅子に、ドスンと腰を下ろした。そんな男の様子を見たボードレックは、残りのご飯をかき込み始めた。不機嫌そうな男は、腕組みをしたまま、無言で中空を見据えていた。
「話しと言うのは簡単な事で、俺に力を貸してくれないか。ウィドック。」
食事が済んだボードレックは、突然話し始めたと思ったら、今度は頭を下げて来た。この行動に、ウィドックと呼ばれた男は拍子抜けした。第一騎士団でも、義理堅く仲間思いの熱い漢と言われていた相棒が、突然何も言わず騎士団から離れてしまった。団長や副団長が、騎士団から離れるのと同時期だったため、彼らに同行するのではと思われていたが、実際は違っていた。ウィドックは、相棒から詳しい話しを聞く事なく、気が付いたら相棒の姿は宮廷から消えていた。第三皇女の暗殺未遂事件が起こってから、まだ数日しか経っていないのに、宮廷や騎士団の内部は大きく様変わりしていた。
「俺に、どうしろと?」
腕組みしたままの男は、冷めた目でボードレックを見詰めていた。実際、騎士団をやめていく者は、それなりに居る。その大部分は、人としての道を外れてしまったりと、真面なものではなかった。故に落ちて行く者には、手を貸さないのが、騎士団の常識だった。ウィドックもそんな人間を散々見て来た。本当のところは、話しすら聴きたくも無いのだが、長年の親友が悪事に手を染めているのであれば、その時はと覚悟を決めるのだった。
「取り敢えず、着いて来てくれるか。話しはそれからだ。」
そう言ってボードレックは立ち上がる。連れて立ち上がったウィドックは、まだ職務中だから、日が暮れてからにしてくれと説明したが、今は時間が無いので、直ぐに来てくれとお願いされた。
「なに、時間は取らせない。それに万が一、時間が掛かっても、全く問題はないよ。この俺が保証する。」
和やかに言い放つボードレックに対して、ウィドックは怪訝な表情のまま、のど元まで出掛っていた言葉を飲み込んだ。
本当はこう言ってやりたかった。
そんな軽い保証の、何処に安心できる要素があるのかと。