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やがて消え行く君に  作者: 音無 響
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第十一話 動顛と決意

 暗く長い廊下を脇目も振らずに歩く。

 普通の人であればこんなに早くは進めないだろう。目に頼ることなく、そこにあるものを捉える事が出来る、その能力を持つ自分だからこそ、明かりのない暗闇を迷い無く進む事が出来る。


(そう私だからこそ、私にしか出来ない。だから、私は前へ進む。)


 第三皇女フェリエスは確かな決意を胸に、暗い廊下をひたすら歩く。

廊下の先、騎士が扉を守る部屋を目指して。


 第一騎士団所属のボードレックは、扉の前で微動だにせず待機していた。皇帝陛下と皇后様は、夕食後、急ぎお部屋にお戻りになられた。その際、侍女やお付きの者を全て下がらせると、それ以降はお二人だけで何かを話し合われているご様子だった。そんな中、暗闇を近付いて来る小さな足音に気付いた。ほとんど明かりのない暗い廊下を、迷い無く突き進んで来る。不審に思い廊下の先に目を凝らすと、小さな影がこちらへ近付いて来た。驚いた事に、皇女殿下がたった一人で皇帝陛下の部屋へ参られた。ボードレックは我が目を疑った。いかに利発とは言え、まだ五歳の子供だ。お供の誰も連れず、ただ一人きりで歩いて来られた。あの有名な籠もり姫が。皇女殿下は、自分の目の前まで来るとはっきりと用件を申された。


「騎士殿、わたくし第三皇女フェリエスでございます。先触れも無く大変失礼かと思いましたが、事が急を要するため、斯様かような時刻にご迷惑とは思いましたが、直接参りました。お許しを頂けるのであれば、皇帝陛下と皇后様へお会いしたく思います。夜分遅くに失礼とは存じますが、何卒、お取り次ぎの程、よろしくお願い致します。」


「ハッ。しばしお待ち下さい。」


 ボードレックは条件反射で返事をしてしまった自分に舌打ちが漏れるそうになった。よくよく考えてみると、皇帝陛下も皇后様もお付きの者を下がらせ、何か重要な案件を話されている最中だった。ただ、その話は目の前にいる、第三皇女のことを話されている可能性が非常に高かった。ボードレックは、こぼれそうな溜息を飲み込むと、覚悟を決め背筋を伸ばしドアに向かった。


 夜遅くにフェリエスが私の部屋を訪れたとき、私は何かの聴き間違いかと思った。あれほど部屋から出る事を拒み続け、周りに人を寄せ付けようとしなかった皇女が自らやって来た。初めは明日の朝早くにしてはどうかと、説得するつもりだった。だが皇女の一刻を争うという言葉に、私は渋々承諾してしまった。しかし、その話を聴くうちに、私は驚愕に目を見開き、言葉を失ってしまった。


(他の子供とはどこか違うと思っていた。本当に利発な子供だと感じていた。言葉使いは幼いままだが、どこか大人びていた。子供の頃は無邪気で天真爛漫なものなのだが、この子はどこか違っていた。まるで、何か取引をしているような錯覚を受けるのだ。さらに言えば他の皇女や皇太子などへの対応が、落ち着き過ぎているのだ。それは、とても五歳児には思えなかった。しかし全ての話しを聞いた今だから理解出来た。この子が今までどれ程苦労をしていたのか。そしてこれからの事を考えると言葉を掛けてやることすら出来なかった。正直、何故このような幼い子供に、こんなにも過酷な運命を背負わせてしまったのか。他に方法は無いのか必死に考えていた。)


 皇女の話をアスティアナ皇后は静かに聴いていた。そして涙を流しながらも、簡単に納得する訳には行かないと語った。やはり、何と言っても幼過ぎるのだ、たかだか五歳の子供に何ができる。目も碌に見えず、足下も覚束ない皇女には、荷が重すぎるのではないかと。


「確かに、お母様の仰る通りでございます。私自身も当然、そう考えております。しかし、この国を虚無が飲み込むのであれば、赤子であれ、年寄りであれ同様に飲み込まれてしまうのです。その最悪を回避するためのヒントを、私は幾つか見知っている。これは私だけなのです。他に代わりはおりません。そして、時間が無いのです。二年前後というのは正確な時間ではないのです。これは、あくまでも目安とお考えください。必ず間に合わせなければいけない事なのです。先程も申しましたが、帝国にも私と似たギフトを持つ者がいる限り、油断は出来ません。確かに現段階では、同じようなギフトの可能性があるだけですが、全く可能性が無い訳ではないのです。むしろ同じようなギフトを持つものがいる可能性は、かなり高いと考えています。故に私が見た予想される未来を、予想する事が出来ない未来、見る事が出来ない未来にする事が、第一の目標と考えています。そして、帝国と未来予想という舞台では、お互い先が読めないという対等の立場にしておくことが最低限度の条件なのです。そして、私は更にその先を考えなければなりません。ここからはお願いになります。」


「つまり、未来の先の先か。そんな事が可能なのか。それは、すなわち常に変化を続けると同義なのだろう。」


 皇帝は半信半疑ながらも、事の重要性を理解していた。本当にそんな事ができるのか。


「正直に言って私にも分かりません。しかし、起こった事に対しての対応では遅いのです。起こる前に対処出来なければ、そこで終わってしまうのです。もし、私の話が信用できないのであれば、近々こちらへ来る予定の辺境伯令嬢に確かめさせて下さい。それではっきりすると思います。そしてその辺境伯令嬢のお力も是非お借りしたいのです。」


 この辺境伯令嬢のギフトは、皇女にとってどうしても必要なものだった。私は目が殆ど見えない、だから人を捜したくても見つける事が出来ない。私の見た夢の光景を事細かに話して聴かせたとしても、似たような人物がいた場合、違う人物に行き着く可能性ある。そんな時にエリシアのギフトがあれば、確認ができる。さらに、我々の味方になる人物を探す場合、皇女が見つけてエリシアが確認すればいい。そして帝国からの間者など、本人が隠しておきたいことなどの場合、尚更有効になるギフトだった。エリシアはこの計画に外す事ができない人物なのだ。故に、また一枚カードを切ることにした。


「このことは、まだお二人だけに留めておいて下さい。我が国の宗教関係者の中に帝国に加担する者がいます。それも極めて地位が高い者です。さらに帝国の協力者が、相当数いると思われます。もし、そうでなければこれほどまでの、宗教関係者の腐敗はあり得なかったでしょう。我が国を攪乱かくらんし、皇帝陛下の地位を脅かす。周囲の貴族達を骨抜きにし、国の守りを崩す。これは明らかに帝国が、裏で糸を引いています。そして更に、帝国と隣接するロンドール地方の領主は殺されます。つまり謁見にやって来る辺境伯は二年後に亡くなられます。表面上の死因は病死ですが、その死に不審な点があります。」


「なんだと!まさか!!」


 皇帝陛下はこの情報に驚きを隠せなかった。そして気付いてしまった。未来を見ると言う事は、これから死んでしまう者が分かっているということ、先程から話しを聞いていて、身近な人間が死ぬことのイメージが欠如していた事に気付かされた。


(迂闊であった。人の生き死になど、聴かれたくも無いし聴きたくもない筈だ。しかし、中には自分が何時まで生きられるか、何時死ぬのかを知りたがる。そのような人間は必ず出て来る。そんな輩めいめいに構ってなどいられない。更に言えば未来予知が不完全な場合、その人物の身近な人が死んでしまったとき、周りの人間はどう思う。“見捨てた!”と思うのではないか。いくら本人が、未来予知は完全ではないと言おうと、誰も信じないだろう。そんな危うい立場にいる事に、考えれば簡単に気付く事に、全く気付いてやれなかった。)


 それから随分と長い時間話し込んでいた。皇女はこの話しを信頼出来る必要最低限の者にのみ、伝えて欲しいと言って来た。これは当然の配慮だと思う。皇女自身これからの行動によって、先が見えなくなる可能性が大きいとも。そして今、扉を守っている騎士を貸して欲しいと言われた。皇帝陛下は少し驚いていたが、何か重要な目的がある事に気付いて、最後は黙って頷いてくれた。


 部屋を去って行く第三皇女を皇帝と皇后が見送る。やはり、余りにも幼過ぎる。皇帝と呼ばれているにも関わらず、この無力さはいったい何だ。父親としてもっと手助けをしてやらねば成らないはずが、逆にこちら側が助けられていた。助言を受け、国を揺るがす一大事に、一人で立ち向かおうとしている。それも人知れずに。いつの間にか奥歯を噛み締め、流れる涙に視界が歪んでいた。


「皇后よ、改めて礼を言う。良い子を産んでくれた。あの子は我が国にとって救世主であり、英雄であるな。余の自慢の娘じゃ。願わくばフェリエスの前途に、幸多からんことを。」


 皇帝は震える声で、これから過酷な運命の中に、身を投じようとしている娘を見送った。その皇帝を隣から、そっと支え寄り添う皇后は静かに頷いていた。


「私達は、私達が出来ることをやるのですね。旅立つあの子が戻って来る事が出来る、この地を残す為に。そうと決まれば、泣いてばかりはいられませんね。あの娘に恥ずかしくない母親であろうと思います。」


 その夜、皇帝陛下の部屋の明かりは、いつ迄も消える事が無かった。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 ボードレックは護衛任務を交代した後、皇女殿下の部屋を訪れていた。皇帝の部屋から出て来られた皇女フェリエスは、ボードレックに交代後に自分の部屋を訪れるように申し付けていた。真夜中過ぎにお部屋にお伺いするなど、承服致しかねますと告げたのだが、人目が無い方が良いとそれだけだった。


 皇女殿下の部屋を訪れたボードレックに対して、皇女は深々と頭を下げた。通常であれば考えられない行為であるが、これはこちらの一方的な事情で、巻き込む事への謝罪だった。皇女が頼み込んで断われる騎士など、まずはいないのだから。それ知って尚、頼まなくてはならないのだった。


「皇女殿下。頭をお上げ下さい。」


 正直なところボードレックは、第三皇女の事をただの我侭わがままな子供程度にしか思っていなかった。どんなに周りの者が諭そうが、聞く耳を持たず、部屋に籠りきりの姫という印象しか持てなかった。騎士団内部で噂になることなど殆どなく、人づてに話を聴く程度なので、そうなのだろうとしか思っていなかった。しかし、実際に会っている皇女は、驚くほど聡明であり、しかも思慮深いと思われた。もしかして、この歳で自分などよりも遥かに優れているのではないかと思えた。


 皇女から語られた話しは驚きの連続だった。自分などで本当にお役に立つ事が出来るのだろうかと不安になった。事が余りにも大きく、全体がまるで見えない。自分などでは役不足ではないだろうか。騎士団長やそれに準じる騎士が相応しいのではないか。考えれば、考える程その思いは強まって行く。


 しかし、そんな不安を見抜いてか、フェリエス皇女は更なる驚愕の真実を語った。それによると我が国には、帝国の息のかかった宗教関係者が多数いるとのこと。さらに、その宗教関係者と上級貴族との癒着。我が国を内部から揺さぶり、骨抜きにし、帝国の傀儡にせんと日夜暗躍中とのことだった。もともと貧しい男爵家出身のボードレックなどには無縁の話しだが、その者達の目が、常に宮廷に向けられている。従って目立つ人員の移動は、間者に気付かれる危険性がある。皇女が旅立つ前に、この間者達を何とか捕まえるなり、身動きが取れない状態にする為に、行動する事も教えて頂いた。正に驚愕の真実だった。


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