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やがて消え行く君に  作者: 音無 響
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第十話  紐帯と動顛(どうてん)

 宮廷内の執務室に集まったのは皇帝と皇后、そして第一騎士団から団長と皇太子、第二、第三騎士団からはそれぞれ団長が、そして宰相が呼ばれていた。集まった者達は、すでに周囲の者などから話を聞いていたが、実際に現場へ駆けつけた第一騎士団長ファルゴスの説明から始まった。


「第三皇女は、本日の午後に庭園の散策をされておいででしたが、お体のご様子が思わしくなく、お部屋へお戻りになられました。その際、侍女たちは抱えられるようにお部屋へ戻される皇女を目撃しております。その後、お部屋で休まれておられたのですが、突如、皇女のお部屋で魔力暴走が起こりました。」


 ここまで話した騎士団長は、一呼吸置き辺りを見渡した。実際、魔力暴走が起きた時点で大騒ぎになっていたので、知らない者などいないのだが、敢えて初めから状況を説明していた。執務室にいる全員が深刻な顔をしている。一歩間違えれば、大惨事を引き起こしかねない状況を考えれば、当然のことと言えた。そして、騎士団長の話しは続く。


「お気付きの方もおられますが、この場に教会関係者は敢えて呼んでおりません。それと、これからお話することは他言無用にお願いします。事故関連の関係者には、一切の口外を禁止し、誓約させました。万が一秘密が漏れるようなことがありましたら、それ相応の対処と責任をとって頂きます。」


 その言葉と共に騎士団長は周囲を見渡した。皇帝と皇后は、僅かに顔を伏せて表情が読めない、他の出席者はこの厳しい対応に当然の顔をして無言で頷くのだった。周囲の者達の了承を得て、団長は再び話し始める。


「私が皇女殿下の部屋へ駆けつけたとき、宮廷内はかなり混乱しておりました。皆は何が起きたか、薄々は分かっていたのだと思います。ただ、実際の魔力暴走は、もう何十年も起こっておりませんから、誰もが半信半疑だったと思います。皇女様のお部屋は内側から破壊されており、魔法によるものと推測出来ました。廊下には侍女など、お付きの者が遠巻きに皇女様のお部屋を窺っておりました。話しを聞くと、しばらく前に皇女付きの侍女が部屋に入ったきり出て来ないとの事でした。私は急いで皇女のお部屋に向かいました。お部屋の前まで行くと、室内から皇女殿下の呼ぶ声が聞こえました。私は急ぎ部屋へ入り、その惨状を目の当たりにしました。ベッドの上に血まみれの女性が横たわり、その脇で皇女殿下が呼んでおられました。正直に申しますと、その時の血の量を見る限り、その女性は助からないと思いました。それよりも私は、皇女殿下の安否を気遣い、もし皇女殿下がお怪我をされている場合に備えて、教会へお連れするつもりでいました。しかし、皇女殿下はベッドの上で倒れている乳母を助ける為、手を貸せと申されました。私は治癒魔法など使えませんので、直ちに教会関係者をお連れしますと伝えたのですが、そうではないと申されまして…」


 そこまで一気に喋った団長は、少し呼吸を整え、驚愕の真実を語った。


「皇女殿下が申されるには、その乳母の足の付根に結びつけられた紐を切れと申されました。状況はよく解りませんでしたが、すぐさま紐を切り教会に運ぶものと思っておりました。しかし、皇女はその場で治癒魔法をかけられたのです。これは、目撃した侍女に確認したのですが、乳母の足は両方とも太もも辺りで切断されていたそうです。私が見たときは、既に足は付いておりました。」


 師団長は、そこまで語って周囲を見渡した。


「まさか、そんなことが。」


 そう言ったのは、宰相だった。確かに切断された足をつなげるなど、教会の大司教でも出来ない。通常、腕や足を切断された場合は、切断面を炎の魔法で焼くなどの対処をするのが精々なのであった。故に切断された足を繋げることなど不可能と考えられていた。


「それだけではありません。皇女殿下が治癒魔法を使われた時に傷跡が消えて行きました。乳母の衣類を見る限り、両足が切断されていたことは間違いありません。しかも、傷跡すら残らず治しました。これは奇跡に近い魔法です。皇女殿下は、失われたはずの治癒魔法が使えるのです。」


 その話を聞いた全員が、更なる問題に直面した瞬間だった。


「皇女様のお体は、何処も犠牲にされてないのか?」


 この質問は第二騎士団長からだった。通常、強力な攻撃魔法を行使する場合は体の一部を犠牲することが多く、歴戦の魔法士などは、体の一部が欠損している者が多かった。かつて、帝国軍が大森林を抜け皇国に攻め込んで来たとき、帝国軍の後方から強力な魔物達が押し寄せて来た。このとき帝国軍と魔物が衝突することで、お互いの数を減らしてくれた。その後、帝国軍が魔物に全滅させられ、残っていた魔物を皇国軍がなんとか殲滅した。魔物達は大きく数を減らしていたが、当時の皇国軍の魔法士の多くは、体の一部を犠牲にしつつも、国を守ってくれた。それ故、年老いた魔法士の多くは、義足や義手を付けている者が殆どだった。


「皇女殿下のお体の欠損は無い。ただ、……。」


 それまで滞りなく説明していたファルゴスの口が重くなる。ファルゴスが皇帝に目を向けると、皇帝は静かに頷き、皇后は俯いたまま目頭を押さえた。

ファルゴスは暫しの沈黙の後、再び説明を始めた。


「このことは皇女殿下に直接確認した訳ではないが、恐らく皇女殿下の目は、殆どお見えになられていないと思われます。どのようにして、それぞれの人物を認識しているかは不明ですが、独自の方法で我々を識別されています。それが魔法なのかギフトなのかは不明です。そして、失われたはずの治癒魔法を行使できること。このことが教会関係者に伝わった場合、第三皇女のお立場は、聖女扱いになる可能性が非常に高くなります。」


 その言葉を聞いた全員が、険しい表情になる。もともと教会は皇国の制度基盤として、皇国内でその存在価値と信者を増してきた。全ての人間の魔法を封印し、そして後に開放するなど、魔法に関する一切を取り仕切っていた。魔法に関する事柄や儀式が、巨大な権力と利権を生み、教会をこれ以上ない程に巨大化させていた。その結果、教会関係者は金と権力にまみれ、腐敗の一途を招いてしまった。かつての清貧で敬虔な雰囲気はお金と欲に塗り潰され、真面な宗教関係者を探すことが難しくなっていた。そんな嘆かわしい現実が皇国を蝕む中、皇国は皇帝派と教会派に分かれつつあった。かつての貴族らしい貴族は姿を消し、欲と利権につられた亡者の如き者達が、次々と教会派に飲み込まれていった。


「まず、状況は理解できたと思う。皇女については、まだ目を覚ましてないので、至急確認するとして、その上で今後の皇女の扱いと対応について議論する。明日の同時刻にここへ集まることで、よいな。」


 皇帝は騎士団長の言葉を継いで、皆に厳命した。集まった者達は、事の重要性を理解し神妙に頷くのだった。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 フェリエスが再び目を覚ましたとき、既に夜は更けていた。自分の感覚では随分と長い間眠っていたように感じられたが、実際は数時間しか経過していなかった。暗闇の中で音を立てると、自分の部屋ではないことが理解出来た。


(セフィード……いないの。)


 ややあって、微かな返事が聴こえた。ここ数日の不自然な精霊の様子に、思うところはありはしたが、今は他に優先しなければならないことが山積していた。目を閉じ心を落ち着かせ、夢に見た光景を思い出す。薄汚れた染みのように、苦い思いが心に拡がる。それでもしっかりと思い出さなければいけない。あの家族を助けるために、そしてあの子供だ。森の家族の子供と暗殺者の子供は同じ顔をしていた。双子かしら?でも、あのおぞましい感じはいったい何だったのか。そして本当の問題は、暗殺者の子供が明らかに私を見ていたことだった。


 あのとき、確か森の子供に殴り飛ばされた後だった。顔は変形し、義眼を飛ばされた後、立ち上がった子供はこちらを見据えた。その瞬間、息が止まりそうになった。暗く深い空洞と化した二つのまなこで、こちらを見ていた。心底、ゾッとした。


 私は恐怖した。あの子供は真っ直ぐこちらを見て何かを聴いて来た。残念なことに、夢の中の言葉までは聴こえない。だからあの子供が何を言っていたかは分からないが、あの恐怖が魔法の暴走の引き金になってしまった。あまりの恐怖に体は硬直し、こちらへ飛びかかろうとする不気味な子供に対して、一切の拒絶と絶叫が風魔法を具現化させてしまったのだ。


 結果的にマリエルに大けがを負わせてしまった。直ぐに様子を見に行きたいが、何処にいるのか分からないし、たぶん会わせてもらえないだろう。それよりも今は優先させるべきことがある。マリエルはきっと無事だ。これは夢の中と同じで、確信出来ることだった。


 皇女はベッドに座ったまま、夢の中の状況を思い起こしていた、気になるのは暗殺者の子供の能力。あれは私と同じ力なのでは?自分がその場を見ていることに気付いた。自分と同じ未来を見る能力なのか。それとも、また別のギフトによるものか。考えるとそれは非常に厄介な存在だった。そして、二人の子供が闇に飲み込まれるシーン。あれが、もし虚無だとすれば、この国は非常に危険な状況にある。あの夢の感じから、あと二年位先だろうか。とにかく全力で回避する為に、皇女は自分にできることを開始するのだった。


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