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勇者が魔女になった理由《わけ》

作者: みなかた こだま
掲載日:2015/05/01

むかしむかし、あるところに、とてもつよくてかしこい女がおりました。


女は知らないことはないというほど、たくさんのことを知っていました。女は女の子のころから、勇者になりたい、そしてぼうけんにでたいとおもっていました。だから剣術を磨き、魔法を覚えようとたくさんたくさんけいこをし、魔道書をよみあさったのです。

はれて国の剣術大会でいちばんになり、そしてたくえつしたまほうつかいになったおんなは、おうさまにゆうしゃのしょうごうをもらいました。

西にモンスターがでたといえばたいじにいき、

東に呪いをかけられたものがいるといえば、のろいをかけたものをみつけだし、のろいをといてあげました。

また、冒険者といっしょに、たくさんの伝説のちしきやひとびとにきいたはなしから、おたからのありかをみつけだしたりしました。

「お宝の取り分は、ゆうしゃさんがいちばんおおくていいよ。」と仲間に言われ、勇者は魔法の本と魔法の剣、魔法のよろいをとり、ほかの冒険者は金銀ざいほうをとりました。

ゆうしゃはさらにつよくかしこくなりました。

さらに盗賊団にとらわれた王子様を助け出し、

「是非ともおきさきになってください」

といわれましたが、これはていちょうにおことわりしました。

勇者はたくさん冒険をして、もっともっとつよくなりたかったのです。

ゆうしゃはたくさんのひとに、「すごいひとだ」「つよくてかしこいひとだ」「たよりになるなあ」とほめたたえられ、助けによばれたらすぐにとんでいきました。たすけられたひとたちは、「さすがゆうしゃさんだ」とかんしんしました。ゆうしゃはほめられてうれしくなりました。


 しかしある日の朝、冒険にでようと装備を調えドアに向かってあるきだしたとき、

「おや?」

きゅうにあしがおもたくなりました。ゆうしゃのよろいはまほうのよろいなので、羽のようにかるいはずなのですが。

おかしいなとおもいながらも、まほうのつえをついて一歩あるくと、てにちからがはいらなくなりました。

からんからんと杖をとりおとしてしまいました。

これはおかしいとさらにいっぽまえにでると、きゅうにまほうのよろいがおもたくなりました。立っていられないほどでした。

がしゃりとひざをつくと、せなかにせおったけんにおしつぶされそうになりました。

そのままうごけなくなり、ゆうしゃははあはあいきをつきながら、一言二言呪文を唱えて、なかまをよびました。

すぐになかまたちがかけつけてきました。

「どうしたっていうんだ?今日はぼうけんのひだろう。」

「もうすこしででんせつのいずみのありかをつきとめられそうなのに。」

「それにはきみのちしきとちからがひつようなんだ。」

「うん、うん、わかってるわ、僧侶はいる?具合を見てほしいの。」

それもそうだと、僧侶がゆうしゃのからだにてをかざしました。そして回復の呪文をとなえました。

「よし、ぜんかいふくだわ。ぼうけんにいきましょう!」と、ゆうしゃはせんとうにたってあるきはじめましたが、ドアをでたところでまたうずくまりました。

「どくをうけたのかな?」

たしかにそうだとおもい、そうりょはどくけしの呪文を唱えますが、なにもこうかがありません。

薬草で2・3歩あるけるようになりましたが、すぐうずくまってしまいました。

「これではまるで、のろいだ。」

そうかもしれないと、のろいをとく呪文もとなえてみましたが、こうかはありませんでした。

のろいだとすると、のろいをかけたものをみつけないと、うまくなおらないことがおおいのです。

「きょうのぼうけんはどうする?」

「ゆうしゃがいないと、パーティへんせいをくみなおさないと。」

「僕たちだけでどうにかならないかなあ?」

「不安だけどいってみようか。」

「ごめんね。ほんとごめんね。」

「まあこのところぼうけんつづきだったし、一晩よく寝ればぜんかいふくだよ。」

「よくやすみなよ。」

「いや、わしたちもやすもう。」

僧侶が言いました。

「どうしてだい?」

「回復呪文を使いすぎた。きょういくと、途中でたいりょくがなくなってしまう。」

ゆうしゃはもうしわけないきもちでいっぱいです。

「本当にごめんね。」

仲間たちはいいよいいよと口々にいい、どやどやと家をでてきました。


独りぼっちになった勇者は、ともかくもなにかたべようと、パンやほしにくをとりにいきましたが、それですらなんぎをするのです。じぶんに回復呪文をかけながら、どうにかしょくじをし、たおれこむようにねむりました。

つぎのひになっても。

またつぎのひになっても。

勇者はごはんを食べるのに体力を使い切ってしまい、いつまでたってもぼうけんにいけるようになりませんでした。おうちにいるしかできなくなったゆうしゃは、せっかくだから魔法の本を読んでいようと、さらにべんきょうをかさねました。本を本棚にとりにいくのも、ひとくろうではあったのですが。


むらびとたちは、ゆうしゃがのろいにかかったときいて、おみまいにきました。

そして寝台で魔道書を読む勇者をみて、

「もうすぐぼうけんにいけそうですね。」

とよろこび、いつものように、勇者におのやけんを強くするまほうをかけてもらったり、びょうにんやけがにんをつれてきて、治癒してもらったりしていました。

勇者は気のいい人でしたので、もちろん村人たちのお願いをきいてあげました。勇者ですもの、そのくらいのまほうならかんたんです。

しかし冒険者たちは心配しました。なんにんかのこうめいな僧侶を連れてきては、勇者ののろいをといてあげようとしましたが、うまくいきませんでした。

おうさまからも手紙が届き、またぼうけんができるようにいのっていること、剣術大会にでられるようになることを暖かい文字でつづってありました。

また何人かの冒険者は、勇者の卓越した知識をかりにきました。

ゆうしゃはおしげもなく、そのちしきをさしだしました。

ぼうけんしゃたちは、ありがとうといってかえっていきました。そして、たくさんのぼうけんをせいこうさせました。



 そしてあるひ、なかまたちがやってきて、

「ついにあのでんせつのいずみをみつけたよ。」

といいました。

「えっ」

「これも勇者さんの助言のおかげだよ。ありがとう、ありがとう。」

なかまたちはこうふんして、そこにいたるまでどんなくろうがあったのかということ、どんなにきれいな泉かということ、また水を飲むとげんきがわくこと、まだまだときあかされないなぞがありそうだということをはなしました。

ゆうしゃはそれをきいて、よかったねえといいながらしずかにわらっていました。


ゆうしゃはなかなかよくなりませんでした。魔法の本をとりにいくのもおっくうになってしまいました。しんだいにねていることがおおくなりました。

そのうち、ひとりでパンをとりにいくこともたいへんになってきました。

それでも時折村人がやってきては、勇者になくしもの探しの魔法を頼んだり、怪我したきこりをなおしてほしいとたのみにきました。ゆうしゃはできるかぎりのことをしました。

だんだん勇者の様子がおかしくなっていきました。

気づいたのはひさしぶりにやってきた仲間の冒険者です。

 「こいつはひどい。のろいにからだじゅうをむしばまれているじゃないか。」

「何でこんなになるまでほうっておいたんだ。」

「うん、でも私はゆうしゃだから。たくさんのひとのおやくにたたなければ。」

ゆうしゃはそういってわらいました。そのほおはひどくやせこけていて、濃い死の影がみえました。

なかまたちはいいました。

「なにかやりたいことはないのかい?」だって、いままでゆうしゃはひとのねがいばかりかなえつづけていたんですもの。ぼうけんしゃたちもたくさんおせわになりました。

もしかしたら死んでしまうかもしれない…さいごのねがいをかなえるつもりで、なかまたちはゆうしゃにこえをかけたのです。


ゆうしゃは正直考えるのもおっくうだったのですが、ふと、

「泉…」と、ぽつりとつぶやきました。

「え?」

「いずみにいきたいわ」

それは、冒険者たちがみつけた、あのでんせつのいずみです。

そういえば、たくさんゆうしゃに助言してもらったけど、勇者はいずみに行ったことがありません。

「そうだ!あのいずみなら、ゆうしゃさんののろいをといてくれるかもしれない。」

「いこう!いこう!」

冒険者たちはもりあがり、ゆうしゃをふりかえると、ゆうしゃはことんとねむりについていました。

あわててゆうしゃのそばにあつまると、ゆうしゃはすうすうとねいきをたてていました。お話して、つかれてしまったのでしょうか。


ぼうけんしゃたちはそっと部屋を出て行くと、むごんでそうびをととのえはじめました。

ゆうしゃのために荷馬車にわら布団を敷き詰め、きゅうな坂道でもぐらぐらしないよう、車輪にくくりのまほうをかけました。あめがふっても大丈夫なようにほろをかけ、ほしにくややくそうもよういしました。じょうぶな馬をつれてきました。うらないしが安全な道を見つけ、商人は暖かな服をさがしてきて、つみこみました。魔法の本と剣とよろいも、つみこみました。

新しい朝。

なかまたちは勇者の家の扉をたたき、「いこう。」とだけいうと、一番力持ちの戦士がゆうしゃをそっとかかえました。勇者はこんなに軽かったんだとびっくりしました。

そうして馬車のたびがはじまりました。


泉に行くまでの道は、平坦ではありませんでした。モンスターも襲ってきました。でもなかまたちが必死で戦いました。勇者も剣を取りました。でも馬車を苦労しておりると、頼りになる仲間たちによって戦闘は終了していて、勇者はまた馬車に戻るのに手を借りなければなりませんでした。

盗賊も出ました。「ゆうしゃさんはじっとしていて!ザコだからだいじょうぶ!」とみんなが守ってくれましたが、ほろの外から聞こえる剣戟の音やごおっという魔法の音、盗賊や仲間の怒号に、あんしんしてねていることなどできません。ついついかおをだしましたが、ひゅうッと飛んできた矢にうでをかすめられて怪我をしてしまいました。

盗賊たちを片付けた後、いそいで勇者の手当てをしました。勇者はたたかえないじぶんにがっかりしました。

「のろいなんだからしょうがないって。」

なかまたちはなぐさめました。


そして、おおきながけのふちにさしかかりました。

「このさきだ。このがけを、のぼって、おりて、やっとみつけたのさ。こんなところにいずみがあるなんて、さいしょはしんじられなかったよ。」

あそびにんはいいました。

うらないしがきついめでにらみました。

「だって、どううらなってみても、こちらのほうがく、としかでなかったんだもの。ゆうしゃさんのでんせつのちしきともあわせて、みんなできめたんじゃない。」

「ふふん。きみだってさいしょは、うらないまちがいじゃないかとしんぱいしてたくせに。」

「なっ!」ずぼしだったのか、うらないしはまっかになりました。そして、ぷいとはずかしそうにむこうをむいてしまいました

とてもいっこうをのせたにばしゃはとおれそうもありません。すると、みんなはうまとにばしゃをちかくのきにつなぎました。にばしゃからゆうしゃを連れ出し、せんしがしっかりせなかにくくりつけて、ほかのみんなもにもつをわけもちました。

そして、ゆっくりゆっくりがけをおりました。

どうにかきけんながけをおりたら、ごうごうななれるかわがありました。いっけんとてもわたれそうもありませんでしたが、じつは、よくよくみるといわがつきでて、むりすればわたれるところがあるのです。そこをみんなで、「ながれがはやいぞー!」「すべるからきをつけてねー」とこえをかけながらわたりました。それから、かりうどとあそびにんがさきにがけをゆっくりゆっくりのぼり、ろーぷをたらしました。

みんなはひとりずつ、かけのあしばとろーぷのたすけをかりて、がけをのぼりました。

みんなははあはあいきをつきながらいいました。

「ゆうしゃさんがぜんかいなら、こんながけさっとのぼるか、そらとぶじゅもんでいけるのにね。」

まだまだおれたちしゅぎょうがたりないな、とわらいました。

そして、深い深い森を越えて、やっとやっとたどりつきました。

きれいないずみでした。まわりはのはらと、こだちに囲まれていて、とてもしずかでした。

勇者はいずみのほとりに下ろしてもらい、水をひとくちのみました。

つめたくてふしぎによいかおりのするみずは、ひんやりとのどをすべりおりていきました。

からだがうるおうきがしました。


ゆうしゃのあたまのきりがはれるようなきがしました。「ありがとう」となかまにむかってつぶやきました。

勇者のこけた頬はなおりませんでした。げんきいっぱいではなそうでした。それでも、つれてきてよかったなと、なかまたちはおもいました。

じっさい、いずみのみずをのんだらもうだいじょうぶというわけではなさそうでした。ゆうしゃはあるくといきぎれがするし、そのたびにいずみのみずをのんでいたのです。

きょうはそこにてんまくをはって、野営することにしました。

みんなが寝静まった後、勇者はそっと天幕を出て、いずみでみずあびをしました。もうだいぶながいことねていたので、久しぶりのみずあびでかみもからだもきれいにながしました。なんてしずかなところだろう。見上げると満天の星です。ゆうしゃはここがきにいりました。


商人が選んでくれたのは、いままでゆうしゃがきていたようなせんしのチュニックやズボンではなく、やわらかいぬののふくとと、かんそな、でもあたたかいマントでした。それにきがえて、ひさしぶりにとてもよい気分で、わら布団によこになりました。わらぶとんがふわふわの雲のように感じられました。


あさ、おきたなかまたちといずみをみつめました。戦士たちはからだをのばして、がしゃがしゃとそうびをととのえて、すぐにでも動きたそうです。勇者はそれを少し騒がしいなと感じる自分にすこしおどろきました。そして、みんなにつげました。

「ここに、住んでみたいの。」

「ええ?ここに?」

「うん。つれてきてくれてありがとう。ここで、しばらくくらしてみたいの。」

なかまたちはうーんとかんがえました。でもじっさいのところ、ゆうしゃはまだうまくひとりであるけないし、見慣れたよろい姿でなく、ぬののふくを着て笑う勇者は、ゆうしゃでなくふつうの女のこのようにたよりなかったので、もうすこし静養の必要があるきがしました。

幸いここは隠されたいずみで、おおきながけもあります。めったにはいってこれるものもおりません。

なかまたちはてんまくをしっかりとはりなおしました。まんいちのために、たくさんのわなをいずみのまわりにしかけ、まどうしは攻撃魔法が出る護符を、僧侶は身を守る護符をたくさんわたしました。商人は日持ちのする食料をはこいっぱいつめました。占い師は暇つぶしにと占術書を、遊び人は物語の本やあそびどうぐをおいていきました。

そして、なごりおしそうに、みんなでかえっていきました。


だあれもいなくなりました。

いずみからくぷくぷとわくみずのおとと、とおくでなくかっこうのこえ。あとは、もりとくさをふるわせるかぜのおとだけです。

ゆうしゃは、さみしいとはおもいませんでした。そういえばこんなに静かにすごすのはひさしぶりだったなとおもいました。

まいにち、かぜのおとをきいてすごしました。

よるは、せいざをながめてすごしました。

ときどき、けがをしたどうぶつがやってきました。とあるきつねがひょいとけがしたまえあしをだすので、ゆうしゃはきつねをかかえてじゅもんをとなえました。どうぶつはなおるなり、ゆうしゃのむねをけってさっともりのおくへいきました。

『なんだい、せっかく治してやったのにさ』

「え?」振り返ると、そこにはいずみしかありませんでした。たしかにこえがしたようなきがしたのでした。

ゆうしゃは、そのばん、ひをおこして、ひさしぶりにぱんとほしにくをたべました。このところいずみのみずばかりで、ごはんをちゃんとたべていなかったのです。むらでねているころには、ごはんをたべるのもおっくうでしいたが、きょうはなんだかもりもりと、ごはんをたべました。

つぎのあさ。いちばんにいずみでかおをあらったあと、おにくとぱんばかりじゃなんだなとおもい、もりにはいってやくそうやきのこをあつめました。たべられるやそうもありましたが、つかれたのでいずみにかえりました。

かえってくるとずいぶんつかれていましたが、いずみのみずをひとくちのみ、火をおこして、きのこをあぶってたべました。ずいぶんおいしくかんじました。

つぎのひ、わなをよけながら、もりにはいってやそうをあつめてきました。りょうてに持ちきれなくなったころ、いずみにもどってくると、くまがいました。

くまは勇者の姿をみるなり、におうだちになってがおうとこえをあげました。ゆうしゃはどうすることもできませんでした。

ばさりとおとがし、くまがたおれました。くまがたおれたら、そこにはひとりの戦士とおぼしき、よろいをきたおとこがおりました。

「やあ、あぶないところだったね。だいじょうぶかい?」

「え、ええ。」

野草を抱えたまま、ぽかんとした勇者はおとこをみつめていました。

「やあ、やっとでんせつのいずみを見つけたぞ。」ばんざーいとよろこぶおとこのそばで、勇者はただただたちつくしていました。ふと、おとこは勇者を見つめ、「きみみたいなおんなのこがどうしてこんなところにいるんだい?」

えっとゆうしゃはおどろきました。

「だって、ここにくるまでに、おれはすごくくろうしたんだよ。でんせつをしらべ、森のなかのみおとしそうないりぐちをみつけ、がけをのりこえ、そしてたくさんのわなをかいくぐって。」

そのわなをしかけたのはゆうしゃのなかまたちです、とはちょっといいだしにくいくうきでした。

「そうか、きみはいずみのばんにんだね?」

「う?うーん、そうじゃないのよ、わたしは、ゆうしゃ。」

「ゆうしゃだって?」

ぷっと男が笑いました。

「きみみたいなほそいこがゆうしゃなわけ、ないじゃないか。それに、このくにのゆうしゃは、ぼくだよ。」

「えっ!」

ゆうしゃはやそうをとりおとしてしまいました。そういえば、きのうのよぞらのうごきをおもいだすと、くにのけんじゅつたいかいはだいぶまえです。

ゆうしゃは、いいえ、もとゆうしゃは、ぐっとにぎりこぶしをふるわせ「そう…ね、わたしはゆうしゃじゃ、ないわ。」といって、ひざをつき、おとしたやそうをあつめました。ぴょんぴょんとうさぎがあらわれました。うさぎはみみにけがをしており、もとゆうしゃのひざにぴょんとのりました。いつものとおり、もとゆうしゃはちゆのじゅもんをちいさくとなえて、うさぎのみみをなおしてあげました。うさぎはゆうしゃのひざをけって、もりにもどっていきました。

おとこの勇者は顔を輝かせて「すごいや。やっぱりきみはいずみのせいじょなんだね」というと、じぶんがたおしたくまをきまずそうにみて、「ちょっとむこうにいってくるよ」とずるずるひきずっていきました。

しばらくすると毛皮とおにくをたくさんもってきました。おにくはたくさんありすぎて、まだまだあるでしょう。

女はいいました。「わたしのにもつに、ほしにくをつくるたながあるわ。かしてあげるわよ」といいました。「そんなのもっているのかい?やあ、たすかるよ」そうしてふたりで、たくさんたくさんのほしにくをつくりました。

よるになると、ふたりでしんせんなくまにくをやき、やそうといっしょにたべました。

「せいじょもにくをたべるのかい?」

「せいじょなんかじゃないわ。」がぶりっと、やけくそのようにおんなは、くまにくにかぶりつきました。ほしにくいがいのおにくはひさしぶりだったので、ずいぶんおいしくかんじられました。

そのようすをみていたおとこは、「…もしかして、冒険者だったのかい?」

「そうよ」そっけなくおんなはこたえました。

「あーそうか!それでほしにくのたなをもっていたんだね!ちくしょう、いずみにいちばんのりだとおもっていたのになあ!」おとこはかみのけをがしがしとかきむしりました。

「ざんねんね。いちばんのりがよかったの?」

「そりゃそうさ。なんでもかんでもいちばんがいいにきまってる。」

「どうして」

「どうしてってそりゃあ…」おとこはしばらくかんがえました。「剣術大会で一番になると、ゆうしゃのしょうごうがもらえるぜ?」

「ゆうしゃのしょうごうをもらって、どうするの?」

「えっ…」

おとこはことばにつまってしまいました。

「ゆうしゃゆうしゃとみんなにほめてほしかったの?」

「えっ…そんなわけじゃ」

「強くなってつよくなって、そのさきにはなにがあるの?」おんなはおおきなこえでさけびました。

「…ごめん。けんかがしたいわけじゃないの。ちょっとつかれただけ。」たしかにおんなはかたでいきをしていました。

「そうかい?ああ、おれもつかれたな。きょうはもうやすむとしようか?」

「ええ、わたしはもうすこしここでやすんでいるわ。」

おとこはおやすみといって、じぶんのてんまくにはいっていました。

おんなはひとくちいずみのみずをのんだあと、じぶんのてんまくにはいりました。そして、まほうのけんをもってもどってきました。

ぶんっとすぶりをしてみました。それだけでいきがあがってしまいました。けんにすがってすわりこみ、おんなはすっかりほそくなってしまったじぶんのうでをみました。それがなみだでぼやけてきました。

ぽちゃんぽちゃんと、なみだがいずみにおちました。

「こんなほそいうででゆうしゃだなんて、ちゃんちゃらおかしいわ。」

なきながらおんなはいいました。いつまでもいつまでもないていました。


あさになりました。

なきはらしたかおをひやそうと、おんながいずみでかおをあらっていると、おとこもやってきました。「おはよう」とわらってこえをかけました。

なんとなく、ふたりですわって、くまにくとぱんのちょうしょくがはじまりました。

むぐむぐとかためのぱんをかじっていると、おとこが、

「きのう、いわれたことだけどさ。」

とはなしかけてきました。

「う、うん。」

ぱんをのみこみながらおんなもこたえました。

「おれ、きのうかんがえてみたんだ。そういえば、どうしていちばんに、ゆうしゃになりたかったのかなって。」「うん」

「そうしたら、わからなくなっちまってさあ。」

おれ魔法の勉強はさっぱりだったんだよなあ、かんがえるのはにがてだよといいながらおとこはあたまをがしがしかきました。

「だからさ。」「う、うん」

「もうすこしぼうけんしてさ。ちゃんとこたえられるようにしてくるよ」

「そ…うなの?」「うん」

「それは…」「うん」

「その冒険の結果は、わたしもしりたいわ」

「そうかあ」にこっとおとこはわらいました。「ありがとな」

「え、なにが?」おんなはびっくりしました。だってお礼をいわれるおぼえなんかなかったんですもの。それどころか、男をせめるようなことをいってしまっていましたし。

「ぼうけんにでてみたはいいものの、剣術大会はもう終わったし、ここはさきをこされてるし、つぎにどこへいっていいかわからなかったんだ。もくてきがみつかったよ。」

そして、

「あんたもくるかい?」とさそってくれました。

「ごめんなさい。わたしはこのいずみをはなれられないの。」

「そうかあ。やっぱり、あんたはいずみのせいじょさまだな。」

「だ、だから…」ちがうって、とつづけようとしましたが、

「ここにくるまえに、たしかなじょうほうをてにいれたのさ。ここのいずみにはせいじょさまがすんでるって。」

おんなはぽかんとしました。

「俺に次の冒険のヒントをくれた。まちがいなくせいじょさまさ。」

おんなはふっとわらって、「そう」とだけいいました。


たくさんのほしにくと、やくそうをもって、おとこのゆうしゃはたびだちました。

「いってらっしゃい。あ、そことそこ、わながあるからきをつけてね。」おんなはしばらくみおくりました。たったまま、かぜにふかれていました。あのゆうしゃがこたえをもってきてくれたら。そんなふうにおもいました。

それからおんなは、のこりのくまにくをたべ、きのこをとり、やそうをあつめてくらしました。のどが渇いたらいずみのみずをのみました。よるは、まんてんのそらと占術書をひらいてみくらべたり、しずかにうたったりしていました。

しばらくして、おんなは、じぶんがだいぶもりのおくふかくまでいって、もどってこれることにきがつきました。くまにくをたくさんたべたからでしょうか。くまのほしにくは、もうすぐなくなりそうでした。

そして、きょうもくびをけがした牡鹿がやってきました。つのでつつきあいでもしたのでしょうか。おんながきずにてをあてて、ちいさくじゅもんをとなえると、くびのけがはたちまちなおりました。すると鹿は女のてをふりはらうように、くびをぶんとふり、びよんととびはねてにげてしいました。

 おんなは、とびはねたときにうしろあしでむねをけられ、しりもちをついてしまいました。さいわいむかしのかんでしょうか、とっさによけたのでほねはおれなかったようです。ですけど。

 むねがいたくていたくて。いずみにはっていきました。

 泉のでけがをあらっても、いたくていたくてしかたありませんでした。ぽろぽろぽろぽろなみだがでてしまいました。いずみにうつるおんなのかおも、ぐにゃぐにゃとゆがんでしまいました。いずみがあふれるくらい、ないてしまいました。


すると、いずみのほとりのくさはらに、きらりとひかるものがみえました。おんなはまばたきをしながらなんだろうとかおをむけました。それはひかりのせんでした。ひかるせんが、すーともりとはんたいの、いわばのほうへのびていくのです。

 「こっちよ。」

きゅうにこえがしました。おんなはびっくりしました。ひかりのせんからきこえたようです。だれかいるのかしら、といってもいわばのさきはがけだし、とくびをかしげてたちあがると、

ひかりのせんはいずみのみずでした。いずみのみずがかわとなり、いわばのあいだをひくいほうへいくので、おいかけていくと、がけにたどりつきました。

そこに、ちいさなたきがいくつもできて、がけしたのどうくつにそそいでいたのです。

いままで、とてもきゅうしゅんながけだとおもっていたところは、かわにそっていけば、とんとんとかいだんのようにおりていくことができるようでした。

 おんなはそこにいってみたくなりました。ふとおもいたっててんまくにもどり、けんをさやごと腰につけ、さいきんはもっぱらお料理に使っていた、たんとうももちました。そして、あしもとにきをつけながら、いっぽいっぽ、おりていきました。

 ぴちょん。ぴちょん。

どうくつのなかはみずがしたたっています。ちょうどここは、いずみのましたになるはずです。どうくつはまっくらでしたが、しばらくめがなれるのをまって、なかにすすみました。ひかるせんをたどって、どうくつの、そこへ、そこへ。どんどん地下へすすんでいきました。

 そして、もうずいぶんくだったところに、ひときわあかるいところがありました。ひかりのせんのしゅうちゃくてんは、みずがたまって、もうひとつのいずみができていたのです。

 ひざをついてひかるいずみをよくみると、じぶのかおがうつりました。めをおおきくひらいておどろいたかおが、きゅうにやわらかくにこっとわらいました。「いらっしゃい」

ずしゃっとおんなはしりもちをつきました。そうです、みずかがみのおんながしゃべったのです。ききまちがいではありません。「いらっしゃい」というこえが洞窟にひびいて、いろんなほうこうからきこえてくるのです。「あら、びっくりさせちゃった?」ざばーとおとがして、いずみのうえにひとりのおんながたちました。いずみのうえのおんなは、しりもちをついたおんなとうりふたつです。茶色のぬののふくと、しっそなマント。ちがいは、こしにけんをはいていないだけ。

「あ、あなたは…」

「わたし?わたしは、わたしよ。」ふしぎなこたえをして、いずみのおんなはてをさしだしました。おんなはてをかりてたちあがりました。ひんやりした、でもしっかりしたしつかんのある手でした。

「いずみの…せい、なの?」おんなはたずねました。

「いずみの…せい、なのかしら?」いずみのおんなはこたえました。

「じぶんでわからないの?」

「だって、あなたがいないとかたちをとれないのだもの。」いずみのせいのいうことはどうもふしぎです。

「あなた、みずをそそいでくれたでしょう。」

「え?」なんのこと?とおんなはとまどいました。

「ここにくるれんちゅうときたら、」いずみのせいは、おんなとそっくりなかたをすくめていいました。

「だれもかれもが、わたしのみをけずるだけ。どうぶつも、めったにこないけど、にんげんも。でも、」

にっこりといずみのせいはわらいかけました。

「あなたはたくさんおかえしをくれたわ。いずみがあふれるほど。」

「そ…あ、そうなの?」

「そうよ。そんなモノははじめてだったから。ありがとう。」

「あ…ん…」

女はことばにつまってしまいました。

「わ、わたしこそ、いつもかおをあらったり、のどをうるおしたり、おせわになってたわ。ありがとう。」

こんどはいずみのせいが、おんなとそっくりなめをみはり、びっくりしました。

「ありがとう?まあ…ありがとうなんていってもらったの、はじめてだわ。うれしいわ。ありがとう。」

「そうなの?」

「まあ、まずここにたどり着くいきものはめったにいないし。みんな私からとるばかりで、くれたものもいないし。ましてやおれいなんていってくれたこともないわ」

「そう…」おんなはなんだかかわいそうになってきました。

いずみのせいはぺちゃんといずみのうえにひざをかかえてすわりました。ゆうしゃもひざをかかえてすわりました。そっくりなので、ふつうのおんなのこがすわってうわさばなしをしているみたいです。ただ、いっぽうはみずのうえ、いっぽうはどうくつのじめんのうえなのですけど。

おんなはききました。

「さみしかった?」

いずみのせいはうん?とたずねるようにかおをあげました。

「さみしいって、なに?」

「うんと、ひとりで、」そういえばいずみのせいは人間にあったことがないのだ、とおもいなおし、「だれも、そういう…ええと、いやだなっておもうことをきいてくれたり、するひとは、いなかったのね」

「うん。ああ、それが、さみしいってことなの?」

「うん」

「じゃあ、さみしかったわ」

「そう…」おんなはなんだかかわいそうで、かなしくなってきました。そしてまた、ぽろぽろないてしまいました。

「あらあら、またわたしにそそいでくれるの?」「ん…」

おんなと、いずみのせいは、りょうてをぺたんとあわせました。ふたりはみずかがみにうつったようにうりふたつでした。

「ありがとう」「うん…」


ひとしきり女は泣いて、いずみのせいはしずかにそれをみていました。ふたりは、どちらからともなく、手をはなしました。

おんなはいいました。「また、くるかも」

いずみのせいはいいました。「うん。また、きて」

そうしておんなは、ひかりのせんにそって、まっくらなどうくつをぬけ、がけをのぼり、そらのしたのいずみへゆきました。

もう夕方になって、おそらはあかくそまっています。ゆれるくさはらとてんまくがみえ、そういえばずいぶんつかれたとおもいました。いずみのみずをのみました。ふとおもいついて、

「おいしいわ。ありがとう」

と、どこへともなくこえをかけました。

すると、はなのあたまをけがしたいのししが、もりからどどどとあらわれました。そして、おんなにむかってけがしたはなをつきだし、ぶひぶひといっています。

おんなは、ひをたきました。くまにくやきのこをあぶって、ごはんにしました。いのししは、はなづらをいずみにつけて、おみずをのんでいるようでした。

ごはんをたべたおんなは、てをあらってひのしまつをすると、てんまくにはいろうとしました。とことこといのししがあとをつけてきました。

おんなは、「きょうはつかれてるの」といって、てんまくのぬのをぴしゃりとしめました。わらぶとんにもぐりこむと、ふかいふかいねむりにおちていきました。いのししのぶひぶひいうこえなんか、きこえませんでした。


ちゅんちゅんというとりのこえでめをさまし、てんまくをあけると、それはそれはいいおてんきでした。ひをおこし、ごはんをたべると、いつものようにきのこややそうをさがしに、もりをあるきました。だいすきなきのみもとれて、うれしくなってかえってきました。

もうすこしだけからだをうごかしたくなって、ひさしぶりにけんをとりました。抜き身の刀をかまえ、めをとじて、しばらくじっとしていました。こころがしずかになってから、「はあっ」とけさがけにふりおろし、そのままあしもとをなぎはらって、けんをひきつけ、つきをいれました。すぐにとびすさって…と、ぐらりとからだがゆれました。

やっぱりもとのようにはいきません。おんなはマントをはずし、おなじかたちをなんかいかしました。ひさしぶりにからだをおもいきりうごかして、きもちがよくなりました。あせをかいたので、みずをのみ、ぬらしたぬのでくびすじをぬぐいました。「ああ、きもちがいい。ありがとう。」

つかれたので、そのひはおひるねをすることにしました。

ゆうがた、おきたおんなは、きのこや、やそうをやいていました。ほしにくはすくないですが、せつやくしなければとおもいました。ちゃんとたべたほうが、げんきになるきがするのですが。

そこへ、いっとうのいのししがやってきました。はなづらがきずまみれになっています。またけんかでもしたのでしょうか、だいぶよわっていました。ておいのけものです。だいぶこうふんして、ぶひぶひとはなづらをみせてちかよってきました。

おんなは、てんまくへもどりました。そして、けんをてにもどってきました。

そして、いのししのくびをきりつけました。でもずいぶんうでのにぶったおんなは、いちげきでしとめきれませんでした。あわてておんなはきょりをとりました。いのししはぷぎーとなき、どどどどとおとをたててせまってきました。

おんなはどこかしずかなきもちで、こしだめにけんをかまえ、せまるいのししのみけんにまっすぐけんをむけました。

どすっとおとがしました。おんなもいきおいでだいぶうしろへはねとばされましたが、みけんにけんのささったいのししも、どうとたおれました。

 おんなはよろけながらたちあがると、ようじんしながらいのししのそばにちかづき、けんをひといきにぬくと、いっとうのもとにいのししのくびをきりおとしました。

それから、ちょうどいいたるに、いのししをさかさにたてかけ、ちぬきをしました。

おなかをさいてけがわとおにくをわけました。けがわをきれいにあらって、きときのあいだにろーぷをはり、せんたくばさみでとめました。おにくやあしをいくつかにきりわけてよくあらい、あしたになったらほせるよう、かわぶくろにいれていずみにひたしてひやしました。

すべてのさぎょうがおわると、おんなはもういきがあがっていました。それで、ひのしまつをして、ねることにしました。


あさになると、おんなはいのししのしっぽと、あしのおにくと、やそうをひであぶって、ごはんにしました。

「ああ、ひさしぶりのしんせんなおにくだわ。おいしいわ。」ゆっくりとあじわって、いのししにかんしゃしながらたべました。

ごはんがすむと、のこりのおにくを、せっせとほしにくだなにならべて、かんそうさせていきました。

ぜんぶならべて、ひといきつきました。

「これでとうぶん、おにくにはこまらないわ。」

ふう、といきをついて、おんなはあしをなげだしてすわり、そらをみあげました。とてもよいおてんきでした。

すると、またいずみからつーとみずがながれてきました。どうくつへとみちびくようでした。おんなはよっこいしょとたちあがり、おみずのせんにそって、がけをおりていきました。そして、くらいくらい、どうくつのそこまであるいていきました。

どうくつのおくがみえてくると、いずみがぱしゃんとゆれました。そして、おんなとそっくりないずみのせいがあらわれました。

「いらっしゃい!まっていたのよ。」

「そうなの?ありがとう」

おんなはにっこりわらって、いずみのまえにどっかとすわりました。

「きのうもたくさんくれたわね。ありがとう。」

「え…?」

おんなはくびをかしげました。きのうないたおぼえはないのです。

「あかいみずがたくさんだったわ。うれしかったわ。」

「ああ、」いずみのせいはいのししのちのことをいっているのです。「そういうことなのね。どういたしまして。」こんなことでよろこばれるとはおもっていませんでした。

「ああ、おれいをいうことばっかりね。おれいをいうのはあなたがはじめてだわ、わたし」

「そう…」

「もっといっぱい、あかいみずがほしいわ」

「えっ」

おんなは、びっくりしました。。

「もっといっぱいって。あのあかいみず、ちっていうのはね、いきものからたくさんとりすぎると、しんでしまうものなのよ。それに…」

すこしかんがえていいました。

「しょうじき、こんかいはわたしもつかれたわ。ておいのけものはあぶないのよ。しばらくけんもつかっていなかったから、うまくしとめられたのは、ほんとうにうんがよかったの。わたしがしぬかもしれなかったの。こんなことをなんかいもするのは、つらいわ。」

「つらいの?」

いずみのせいがきょとんとしていいました。

「ええ、つらい。つらかったわ。」

「つらいって、なあに?」

おんなはめんくらいながら、かんがえかんがえはなしました。そういえば、つらいってなにかなんて、いままでかんがえたこともありません。

「うーんと、あせをたくさんかいて、…ちがうわ、こころがおもたくなって、からだもおもくなって。もうゆびいっぽんうごかすのがつらくなって。ええと、くるしくてできなくなるの。」

そういいながら、おんなはすこしきもちがしずみました。なにかとてもつらいことがおこったようなきがしました。

「そう、くるしくなるの。それはいやね。…あなた、くるしそうなかおしてる。つらそうなかおしてるわ。」

「うん…」

おんなはしずかにいいました。

「いのししをころして、よかったのかしら。」

いずみのせいはくびをかしげました。

「よかったのかしら?」

「けがをしてたわ。私をたよってきたわ。でも、おにくがたべたかったの。」

「おにくがたべたかったの?」

「お肉がたべれたら、げんきになれるきがしたの。」

「げんきになれるきがしたの。」

どうくつのなかに、おんなのこえと、おんなとそっくりないずみのせいのこえがひびきます。

「うん、そうよ。」

「そうよ。わたしもげんきになったわ。」

「そうなの?」

「そうよ。」

おんなといずみのせいのいうことは、まるでこだまのようでした。

「わたしは、やさしくなくていいの?」

「あなたは、やさしくするの?」

「だって…」ゆうしゃだし、といいかけて、そういえばじぶんがゆうしゃじゃないことをおもいだしました。

「ずっとやさしくしてきたし。」

「どうして、ずっとやさしくしてきたの?」

「それは…」

なんでだろう。

「わからないわ。」

「わからないわねえ。」

いずみのせいもちょこんと、みなもにすわりました。そしてくびをかしげながら、

「わたしも、おもいだせないくらいむかしから、いきものにわたしをあげてるわ。どうしてだか、わからないわ。」

「そうよね。きっとあなたは、とおいとおいむかしから、みんなにじぶんをわけあたえてきたんでしょうね。」

ほんとに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

いずみのせいが、ぱしゃんとりょうてをうっていいました。

「あら、じゃあ、いのししにも、わけあたえてもらったのかしら?」

おんなもふっとかおをあげました。

「そうね…いのししも、わけあたえてくれたわね。」

「それじゃあ、いのししにも、ありがとうだわ。」

「そうね。いのししにも、ありがとうね。」

ふっと、おんなはわらいました。

「いのししにありがとうをいいたいわ。つれてきてよ。」

いずみのせいはむじゃきにいいました。

おんなはあきれていいました。

「さっきいったでしょう。いきものから、ちやにくをとると、しんでしまうのよ。」

「ああ、そういえば、」

もういちどいずみのせいはくびをかしげました。

「しんでしまうって、なに?」

「そうね、こうして、あって、ありがとうとはいえないことね。にどとあえないことね。」

「そう、なの。」

いずみのせいはかんがえこんでしまいました。

「ざんねんだわ。ありがとうをいうのがたのしいって、あなたにおしえてもらったばかりなのに。このながいながいときのなかではじめておしえてもらったばかりなのに。」

「そうね…」

おんなはしばらくおもいめぐらせました。

「みじかいときをいきるものでも、ありがとうをしらずにいきていくものは、いるわ。」

「そうなの?かわいそうね。いのししはありがとうをしっていたのかしら。」

「たぶんしらないわ、だって、」

ふっとふまんそうに息をついて、女はいいました。

「もりのどうぶつたちときたら、ようがすんだらさっさとにげていくもの。にんげんだって、ありがとうをしらないものは、いたわ。」

そうです、さすがゆうしゃさん、とほめたたえてくれるものはいました。でも、それだけじゃあ、

「それだけで、じゅうぶんだったはずなのに。さすがゆうしゃさん、ていってもらうだけでじゅうぶんなはずだったのに。」

おんなはくびをかしげました。それではふまんだったのでしょうか。

「そうなの?わたしは、さすがでんせつのいずみ、なんていわれても、なにもおもわないけど。あなたみたいに、のむたびに、おいしいわ、ありがとう、っていってくれるほうが、すきだわ。」

おんなはふっとかおをあげて、いずみのせいをみました。

「あら、きこえてたの?」

「きこえてたの。」

「そう。よかった。」

いずみのせいはぱっとかおをかがやかせました。

「あら、じゃあ、いのししにもきこえるのかしら、ありがとうって。」

「そうかもしれないわね。」


そうして、おんなはいずみのせいとわかれて、ふかいふかいどうくつから、がけをのぼり、お日様のしたのいずみまでもどってきました。

りっぱなほしにくができていました。ずいぶんながいことはなしこんでいたようです。

おんなはほくほくがおできばこにほしにくをつめ、きょうはおにくをやいて、ゆうはんにしました。


つぎのひのあさ。いずみでかおをあらって、いずみにうつるじぶんのかおとめがあいました。にこっとわらって「ありがとうね」とおんなはいいました。

それから、けんをとって、やそうやきのみをとりにいきました。

かえったら、かるくけんのれんしゅうをすることにしました。このあいだのいのししや、しかのように、いたいめにあうかもしれません。少しはつよくなっていたいなとおもいました。

そうして、じかんがすぎました。

このひ、おんなはけがをして、ひざにのっかってきたうさぎがいました。おんなはしずかにこしのたんけんにてをのばし、さっとうさぎのくびをかききりました。

よくちをぬいて、おなかをさいて、じょうとうなうさぎにくと、ふわふわのうさぎ皮をてにいれることができました。

「ありがとうね。」ほしたけがわに、そんなことをつぶやきかけて、うさぎのあしをあぶってたべました。

ちでよごこれたふくをせんたくすると、すそがほつれていることにきがつきました。そういえば、かえのふくもだいぶいたんでいます。仕方なく、今日はチュニックとズボンをはくことにしました。

きのあいだに、うさぎのけがわとローブをつるし、ほとりでよこになっていると、つうといずみからひかりのせんがのびました。お、とおんなはつぶやいて、またがけをおりていきました。くらいくらいどうくつのなかを、ゆっくりゆっくりとおりていきました。

「こんにちは!」

「こんにちは!」

ふたりはどちらともなくいいました。いずみのせいがさきに、いつもとちがうことにきがつきました。

「あら?きょうはいつものふくじゃないのね。」

「うん、おせんたくちゅうなの。」

「それに、なんだか…ちがうわ。」

「そう?」

「ああそう、きょうもたくさんちをくれたわね。ありがとうね。」

こちらこそとおんながいおうとしたときに、いずみのせいがいいました。

「あ!それでわかったわ。」

「わかったって?」

いずみのせいとおんなは、いつものようにどっかりとこしをおろしました。

「あなた、にくがふえてるのよ。」

「にくが、ふえてる?」

ほら、といずみのせいがうでをのばしました。いずみのせいはであったときのまま、ローブとマントのおんなそっくりのすがたをしています。

たいするおんなは、ふくこそちがいますが、かおはそっくりです。でも、おなじようにうでをのばしてみると。

「たしかに…だいぶ、ふとくなったわね。」おんなはいいました。そうです、このところ、おにくややさいをちゃんとたべて、けんじゅつのけいこをずっとしていた女は、だいぶうでがふとくなってきました。

「というか、もともとは、もっとふとかったのよ。もとにもどってきたのかしら。」

とおんながいうと、いずみのせいがいいました。

「ふとかったのに、ほそくなったの?あなた、だれかに、じぶんをわけあたえてたの?」

そうじゃなくてのろいが、といおうとして、おんなはこおりつきました。

「わ…わたしは…だれかに、じぶんをわけあたえたのかしら?」

「そうよ。そうでもなきゃ、こんなにほそくならないわ。」

おんなのこえがふるえはじめました。

「わ…たしは」

ちしきをわけあたえました。

「わたしは…」

ちからをわけあたえました。

「わたしは…のろいにかかっても…みんなをたすけることにしゅうちゃくしていたわ…」

「どうして、みんなを助けることにしゅうちゃくしたの?」

「だって…だって」

「のろいってなあに?」

「みんなにやさしくあるのが、」ゆうしゃなのだから。といおうとして、じぶんはゆうしゃじゃないことにきがつきました。おんなのあたまはぐちゃぐちゃでした。

「ああ、のろいって、やさしくあることなの?」

かみなりにうたれたようなきがしました。おんなはわけがわかりませんでしたが、『のろいって、やさしくあることなの?』ということばが、どうくつにいつまでもこだましていました。

おんながぼうぜんとしているのをよそに、いずみのせいははなしつづけました。

「わたしもね、じぶんがうまれていることにきづいたときは、たくさんのひとがわたしをもっていったわ。たるでもっていくひともいたわ。ちかくにたくさんのひとがすむむらもできたのよ。そうしたら、わたしをめあてにやってくるたびびとが、たくさんくるようになったの。」

いずみのせいにとっても、ずいぶんむかしのことでした。どこかとおいめをしながら、いずみのせいはいいました。

「わたしはずいぶんやせほそったの。だから、まいにちあめをふらせてもらったんだけど、それでもたりなかったの。」

女はいずみのせいのはなしに、ひきこまれました。

「だから、まいにちふらせたあめで、むらがながれたときは、ほっとしたわ。」

「え?」

「それから、もっともっとみずをながしてかわとがけをつくったの。それから、ふかいもりをそだてて、ひとがはいってこれないようにしたわ。」

おんなはびっくりしました。いまなにかすごいことをきいたようです。

「あ…あの…きいていい?」

「?どうぞ。」

「どうしてむらをながしたの?」

「わたしがなくなっちゃいそう、しんじゃんいそうだったから。」

いずみのせいはおんなのかおをして、むじゃきにほほえんでこたえました。

「むらをながして、がけともりでまわりをかこったら、ぐあいがよくなったわ。」

「ちょ!ちょっとまって。」

「なあに?」

「むらのひとたちはどうなったの?」

「ながれたわ。」

「そう…」

いずみのせいは、おんなとそっくりなかおで、にこにこしていました。

「ごめん、きょうは、もうかえるわ。」

「うん、まったねー!」ぱしゃんといずみのせいはきえました。

おんなはおもいあしどりで、どうくつからでてきました。

もうゆうがたです。ばんごはんのじゅんびをして、おんなは、よぞらをながめていました。

のろいは、おんなのやさしさだったのです。そして、急に女のやさしさのいずみはそこをつきてしまいました。それでもみんなをたすけることにしゅうちゃくしたのは、やさしさというなののろいでした。どうしてだかはわかりません。いずみのせいとおなじように、なぜかきがついたら、ひとびとにわけあたえていたのですから。

でも、それはとりすぎるとなくなるいずみだったのです。

女はこの、ひとのこないばしょにいやされました。のろいはとけているかもしれません。干したローブを見て、おんなはおもいました。

「あたらしいろーぶと、つくろいものをするはりといとがいるわ。」

おんなはけっしんしました。あしたのあさ、たびにでてみようと。いずみをはなれてみようと。でも、そうおもうと、ねむれなくて、わらぶとんのうえでなんかいもねがえりをうちました。ついには眠りのじゅもんをじぶんにかけてねむりました。

つぎのあさ。かばんによくかわかしたやくそうとほしにく、いのししのけがわとうさぎのけがわちいさなてんまくとちずをしまい、まほうのけんとたんけんだけつけて、ローブとマントをはおり、おんなはいいました。

「いって、きます。」

ところが、いってきますをいったのに、おんなのあしは、しかけたわなのまえでとまってしまいました。

まえのおうちのときのように、ちからがぬけるのではありません。やっぱりまほうのおふだももっていこうとか、よろいもあったほうがいいとか、いやよろいはおもいからぎゃくによくないとか、いろいろにもつをいじっていて、ちっともすすめないのです。おんなはふーはーといきをはきました。一度いずみにもどって、かおをあらい、ごくんとひとくちのみました。ゆらめくすいめんにむけて、「いって、きます。あるける、ところまで。」といいました。

それで、やっとあるきだしました。もりをぬけて、がけをくだって、かわのすいとうにおみずをくんで、またのぼって。そうしたら、ゆうがたになりました。てんまくをはって、いのししのほしにくをだしました。

「あるけたわ…」

どこかぼんやりと、おんなはいいました。とてもきびしいがけでした。それでも、のぼって、おりて、まるでじゅくれんのぼうけんしゃのようなことが、できたのです。


おんなは、あるきつづけました。よるになったらねむりました。あるよるは、さんぞくにであいました。さんにんのさんぞくは、おんながひとりでたびをしているのをみて、またぼろぼろのローブを着ているのを見て、ちょっとがっかりしているようでしたが、おんなをさらおうとしました。おんなはけんをぬきました。

(こんなやつらに、わたしをわけあたえてなるものか。)ぎらりとめをひからせて、「おねえさん、そんなあぶないものはしまいなよ。」とふよういにちかづいてきたさんぞくのはちまきを、すぱん!と、いっとうりょうだんしてみせました。さんぞくたちはあわててさがって、たんけんやこんぼうをとりだすと、ひとりがたんけんをかたてにちかづいてきました。おんなはぎいんとたんけんをはじきどばしました。かえすかたなをおとこのくびにぴたりとあてました。「かえってちょうだい」しずかに、ぎらぎらひかるめでいいました。

くびにけんをつきつけられたおとこは、「わ、わかったわかった」といってうしろにさがりました。おかねもとれずに、けがをしたらそんばかりです。さんぞくたちはかえっていきました。おんなはふうといきをはきました。そして、むいかたびをして、ひとつのまちにたどりつきました。

久しぶりにみるたくさんのにんげんにめまいがしました。馬車にぶつかりそうになり、あわててよけました。「きをつけろ!」とおこられて、ばしゃはいってしまいました。

とにもかくにも、おんなは、かわをあつかうおみせにはいっていきました。そこで、いのししのかわとうさぎのかわをうりました。とくにいのししのかわは、たたんでもおもたいくらいおおきかったので、

「これほどじょうものだったら、またもってきてくれよ。」

とおみせのひとにいわれました。おんなはうれしくなりました。すこしおみせをみてまわりました。いのししのかわはきっと、じょうぶなあまぐやふゆのまんとになって、たびびとをかぜからまもるのでしょう。うさぎのかわはおんなのこのえりまきになって、からだをあたためてくれるのでしょう。そんなことをふとおもいました。

おんなはふくやにはいって、あたらしいろーぶとまんと、それからはりといとをかいました。これでふるいふくもつくろうことができます。おしおやなんかもかいました。よかったなあとおもい、そのひはやどやにとまりました。久しぶりに、しょくどうでおりょうりをたべました。「おいしかったわ、ありがとう」もってきてくれたやどやのむすこににっこりわらいかけると、ちょっとかおをあかくして、ぺこりとあたまをさげました。やどやのむすこのゆびにほうたいがまいてありました。

「あら、これ、どうしたの?」

「おりょうりのとちゅうに、きってしまいました。」

「おてつだいをしているのね。えらいわ。」

おんなはこどものゆびにふれてちいさくじゅもんをとなえました。おとこのこはくびをかしげておさらをもっていきました。

おんなはふるいろーぶのすそをすこしつくろい、ひさしぶりにわたのしんだいによこになってよくねむりました。

ひるまえごろ、ざわざわとひとのこえでめがさめました。まちのざわめきかな、ひさしぶりにゆっくりねてしまったとおもい、おんなはにもつをまとめ、へやをでました。

「あっ!あのひとだよ!」

大きな声で、やどやのむすこがさけびました。ぜんいんにいっせいに見られておんなはびっくりしました。やどにはひとがあふれていたのです。「あのひとがぼくのけがをなおしてくれたのさ!」「まあまあどうも」おかみさんがあたまをさげました。「ありがとう、おねえさん!」「うん、よくおてつだいしてたから、ごほうびね。」とおんなはいいました。おとこのこはてれくさそうにわらいました。おかみさんは

「もうしわけないんだけど、うちのこがあさからあなたのことをふれまわっちまってね。びっくりしたでしょう。ま、うちはしょうくどうのうりあげがあがるから、うれしいんですけどね。」

なるほどそういうことかと、おんなはなっとくし、おかねをはらってやどをでていきました。うしろからひとびとがついてきました。

「もし、せいじょさま。」

ひとりのおんながかたをたたきました。

「あの、あたしはせいじょじゃ」

「うちのこがかぜでねているんです。なおしてやってはいただけませんか?」

「は?」

そのおんなをおしのけて、べつのおばさんがわってはいりました。「うちのじいさんがしにかけてるんです。どうかたすけてやってください。」

そんなふうにして、われもわれもとおんなにひとびとがむらがってきました。

「あの!」おんなはおおきなこえをあげました。

「かぜなら、あたたかくしてねていれば、なおるとおもいます。しにかけているひとをなおすのは、わたしのてにはあまります。」

「どうしてだい、やどやのこはなおしてやったんだろう。」

「あれは…あれは、おてつだいしててえらいなとおもったから。」

「うちのこだっておてつだいしてるさ。」「うちのじいさんだってはたらきものだったさ。」

そうだそうだとみんながいいます。

「でも、でもこんなにたくさんのひと…!わたしがしんでしまいます!」

「じゃあうちだけでもなおしてくれよ。」「ずるいぞ、うちだけでも。」

「ごめんなさい、おことわりします。」

とたんにみんなもんくをいいはじめました。何でもなおしてくれるってのはうそだったのか。けちなことをいって、だしおしみをしているんだろう。

だんだんなんだか、おんなもむかむかしてきました。みんなじぶんかってなことばかりいって。女はちいさくもごもごなにかをとなえると、ぱっとそらをゆびさしました。町のひとはいっせいにうえをむきました。

…なんにもおきません。

ふしぎにおもってめをもどすと、おんなはそこにいませんでした。

おんなはろじうらにひっこんでいました。どうしようかまよっていると、うしろからかたをつかまれました。ばっとふりむいてとびすさると、みしらぬおじさんがたっていました。

「あ、どうもこのたびは、うちのせがれがすみません、こんなさわぎになってしまって。」わたしやどやのしゅじんです、とおじさんはいいました。

「さあ、うらみちをぬけてまちのそとへでられるみちがあります。ごあんないしますよ。」といって、はしりだしました。おんなもあとをついていきました。ぶじにまちのもんまでつきました。

「どうもすいません、恩をあだでかえすようなことになってしまって。これにこりずに、またこられたときは、とまっていってくださいよ。」と、なんどもぺこぺこあやまりながら、おじさんはかえってゆきました。おんなはおれいをいって、いずみにかえりました。

このひも、よるはさんぞくにじゅうぶんちゅういしながら、やえいをしました。

おんなは、またわからなくなりました。なんのきなしに、けがをなおしてあげたのがはじまりでした。おいしいりょうりと、お手伝いをするおとこのこに、きぶんがよくなったからです。「ありがとう」だけでよかったんじゃないかしら、とはんせいしました。

それにしても、まちのひとたちにははらがたちました。かれらは、さんぞくとおなじです。おんながみをけずってあたえないとおこりだしました。いずみのせいが、むらをながしてしまったきもちが、ちょっとだけわかりました。

と、おんなはぶるぶるとあたまをふりました。でも、かわのおみせはたかねでかわをかってくれたし、やどやのおじさんはおんなをにがしてくれました。まちをこわしてしまうほど、おんなはひじょうにはなりきれませんし、かわのおみせやふくのおみせにときどきはいきたいのです。それから、やどやのおとこのこやおじさんみたいな、いいひとたちとであうと、こころがぽっとあたたかくなるのでした。まわりをがけでかこってしまうほど、ひととへだてられたくはないのです。

おや、とおんなはおもいました。

おんなは、おとこのこにやさしくしたけど、ちゃんとおじさんのあとをついてはしれました。やさしくしたけど、のろいにはかかっていません。これはどういうことだろう。

そんなことをかんがえながら、おんなはまた、いずみまでもどってきました。

 ひさしぶりのいずみに「ただいま」とこえをかけ、みずあびをしました。するとすぐに、つーとひかりのせんがのびました。おんなはたびができたのだ、のろいはとけたのだとしらせたくて、すぐにいずみのせいのところにいきました。

暗いどうくつを、そこへそこへとおりていきました。いずみのせいはほそいのすがたでまっていました。おんなはかけよりながら、

「あのね!わたし、たびができたのよ!」

「どこにいってたの?」

ふたりがどうじにさけびました。

「え?」

「え?」

「たびができたの?」

「がけのむこうよ。」

いずみのせいはぺちゃんとへたりこみました。

「ああ、よかった、いなくなっちゃうんじゃないかとおもった。」

心底ほっとしたようにいずみのせいがいいました。

「せっかくありがとうをいうあいてができたのに。ありがとうはたのしいってわかったのに。いなくなっちゃったらたのしくないわ。もどってきてくれてよかった。」

ここにきたばかりのおんなのすがたのままでした。ほそいおんなのこが、こころぼそそうなかおをしているすがたは、いたいたしいものでした。おんなはつきんとむねがいたみました。

「さみしがらせてごめんね。」

「さみしかったわ。ずっとここにいてくれるでしょう?」

「ん?うーんとね、こんかいは、のろいがとけたかどうか、たしかめにいってたの。それから、はりといとや、おしおをかいに。」

「はりといと?」

「そうよ。このフードが、すこしやぶれているでしょう。こういうのを、なおせるのよ。」

「じゃあ、やぶれたら、またでかけたりするの?」

「そうね。」

「そう…でも、もどってくるでしょう?」

「そうね、とちゅうでしんだりしなければ。」

「やめてよ!しんだりしないで」

「そういわれても…」

おんなはこまってしまいました。

「こんかいも、さんぞくにであってあぶないところだったし、にんげんはいつか、かならずしぬのよ。」「そうなの?いやだわ、こまったわ、あなたがしんだら、わたしさみしいわ。」

「…そう、こまったね。さみしいね。」

寂しいということを教えてしまったのも、ありがとうをおしえてしまったのも、おんなです。どうしたものかとおもいました。

「そう、それから、またにんげんにわけあたえてしまうところだったわ。」

「わけあたえてしまったの?」

「ちょっとだけ。でも、なくなるまえに、にげてきたわ。」

と、にげてきたてんまつをはなしてあげました。ふたりは、くすくすとわらいました。おんなはいいました。

「つまり、私もにんげんから、すこしわけあたえてもらっているのよね。ありがとうや、ふくやなんか。」

「たしかに、あなたみたいなにんげんがいるんだから、ほかにもわけあたえてくれるにんげんがいても、ふしぎじゃないわねえ。」かんしんしたように、いずみのせいはいいました。

おんなはふっとおもいだしたようにいいました。

「でも、みんなのだまされたときのあのかおったら」

「ふふふ、いたずらってたのしそうね」

くすくすふたりはわらいました。


そうして、おんなはいずみのはたで、ズボンをはいては剣の練習をし、新しいローブを着てはうきうきときのことりにでかけ、ときにはかりをしました。だんだんとけんこうになっていきました。そうして、いずみのはたでハーブティーをのんでいたとき。

そんなときに、あの、おとこのゆうしゃがあらわれました。

「よお、ひさしぶりー」

「ああ、あのときのゆうしゃさん。こんにちは。」

「ああ、おれゆうしゃじゃないんだ。のどがかわいたな。ああ、ここのみずはいつもうまいなあ、いきかえるよ。」

「はあ?」

男はいずみから直接水を飲んでいたので、おんなは木のカップ(まちでかいました)をすすめました。

「ありがと」ふう、とおとこはいきをつくと、あらためて「ゆうしゃはやめてきた」といいました。

「いちばんになるいみなんか、なかったんだよ。けんがいばんつよくても、おおぜいでかこまれりゃ、にげるしかないよな。投石器なんかもちだされたらおしまいだ。それに、ゆうしゃっていうと、たしかにみんなのあこがれのまとだし、たよりにしてくれるけど、」おとこはハーブティーをくれというようにかっぷをだしました。おんなはだまってつぎました。

「なんでもしてくれるとおもってやがる。しかも、みかえりなしで。」ごくんとひとくちのみました。「おれにはできないっていったらすごくもんくいわれるしさ。せいぎのみかたは、もうあきたよ。」

 ふっふっふとおんなはわらってしまいました。

「それに、ゆうしゃじゃない、ただのけんしが、しんせつでさんぞくたいじをしたほうが、おかねももらえるし、たくさんおれいをいってもらえるんだ。だったらこっちのほうがおたがいにたのしいよ。ゆうしゃはやめだ。おれはながれのけんしか、ようじんぼうになる。」

「あーっはっはっは!」

おんなはおなかをかかえてわらってしまいました。

「おかしいか?おかしいよな。」

「うん、どうもこのいずみは、ゆうしゃにつかれたひとがあつまるところみたい。」

「?ふうん?」

「ねえ、あなたにしょうかいしたいともだちがいるの。それから、ともだちをずっとさびしがらせないほうほうをおもいついたわ。」

「?ともだちならだいかんげいだけど?ほうほうって?」

「わたしは、まじょになる。」



とある森の奥に、魔女が住んでいました。

魔女の盛につづくやまみちには、わなやまものでいっぱいです。

魔女の屋敷の後ろは、きりたったがけっぷちです。魔女は恐ろしい魔力を持っていて、そのがけをとびこえることもできるのでした。時折がけのむこうで、おそろしいまものとはなしているといううわさもありました。まものをみようとしたり、まじょのたからをねらったとうぞくを、がけにながしたり、じゅもんでもりごとふっとばしたこともありました。

「それで?そんなわたしになんのよう?」

それでもまじょをたずねてくるものがおりました。なぜかというと、

「むらのはたけがからからなんです、このままじゃむらびとみんなうえじにです。」

くるとちゅうにとらばさみにひっかかったのでしょうか、足に怪我をしたおとこがやってきました。

「で?」

「あの、まきわりでもなんでもします。わたしにはらえるものなら、なんでも!」

「いいよ」

「へ?」

「まきわりひとふゆぶんね。じゃ、むらにいくとしようか」

みかえりさえくれれば、かならず助けてくれるという、すごくかわりもののまじょだったからです。このひも、かわのながれをあやつって、あっという間にむらのはたけをうるおしてしまいました。

「ひとつきはみずやりしなくてもだいじょうぶよ」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」むらのひとたちはおおよろこびでいいました。まじょはにやりとわらうと、

「じゃ、このおとこはかりてくよ」とおとこをつれてとびさりました。むらびとはなすすべもなくさらわれていくおとこを、おそれおののいてみおくりました。

おとこはおのをもたされて、「てんまくはかしてあげるわ。そこのほしにくてきとうにたべなさい。まきわりは、まあひとふゆぶんの、はんぶんにまけてやるよ。かえりもおくるからあんしんしな」

「へ?まけてくれるんですか?」

「あんたたちはただしいただしいたいかをはらった。ほれほれ、きりきりはたらきな!」


また、まじょのもとには、ほんとうにときおりですが、つかれたゆうしゃや、そうりょが、おとこのけんしにつれられて、そうだんにやってきました。このけんしも、ゆうしゃをやめてしまったというまったくかわりもののけんしでした。

「…くにいちばんのそうりょといわれて、たくさん、たくさん、かいふくじゅもんをつかいました。たくさんのひとが、なおしてくれとやってくるようになりました。でも、なぜかじゅもんがつかえなくなってしまって…」

「そうかい」

「きぞくが、しんだひとをいきかえらせろとまで……!わたしは、やくたたずだ…それで、そのきぞくにおわれているんです」

「そうかい、じゃあ、だれもてがだせない場所を用意してやる、そこでしばらくかんがえな。ただし、そこでみたもの、きいたものは、しゃべらないこと。しゃべったら、のろわれるよ」

「は、はい…」

こうしてかえってこなかったものもおりました。あるいは、げんきになってかえっていったものもおりました。ただし、まじょののろいでなにがあったかはいえないし、そのものたちにたすけをもとめにいくと、「まじょののろいであんまりすごいことはできなくなってしまったよ。」とみんないうのでした。

「うん、あとつぎには、こまらなそうだわ。さみしがらせずにすみそうね。」まじょはにっこりわらいました。


そうして、ときおりまじょはがけを飛ぶのです。みずあびをして、どうくつをかけていって、

「ひさしぶり!」

「ひさしぶり!ねえ、きのうのおとこのひと、わたしにありがとうをくれたよ!」


くすくす、くすくすと、わらいごえがひびいています。


おしまい


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