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 雨の日に海に行ったことのない天水と夏川は一も二もなく賛成した。実家が海の近くにあるという水上は、「雨の日の海なんて行ったって何もないだろ」と言ったが、反対はしなかった。

 水上が喫茶店の支払いをするとき、古泉は少しだけ気になった。少額とはいえ、奢られるというのは落ち着かないものだ。気にしないなんて事はできず、当たり前のことだと思うこともできない。バイトを始める前にはそんなことを思いもしなかっただろう。

 神社の参詣道の店で昼食にした。神社の社の建て替えに伴い、参詣道の整備も行われたので新しい店が多い。

 線路の先まで歩き、そこからバスに乗った。国道を過ぎると車通りが急に減った。しばらくは田んぼに挟まれた道を進んだ。稲の背はまだ低く、風になびくこともなかった。

 古泉はこの道を自転車で通ったことがあったが、バスで通るのは初めてだった。大学に入学したての頃、天水と一緒に自転車で市内を回った時にここも通った。

 かつて運河として使われていた川の河口の近くには工場が多くあった。大きなクレーンを横に見ながらバスは橋を渡った。この先は三角州になっている。

 バスを降りる前にカメラに防水カバーをかぶせた。バスから降りるとかすかに潮の香りがした。波の音は、そこからは聞こえなかった。傘をさして、海の方に歩いた。堤防の階段を上ると海が見えた。

 海は重そうな空の灰色をうつし、水平線はぼやけていた。砂浜を歩いて行くと、穏やかな波の音が聞こえて雨の音をかき消していた。砂浜には他に人はおらず、砂が濡れていてどこが波打ち際かわかりづらかった。

 水上は左手で傘を持って、右手でカメラを構えていた。珍しいことにコンパクトデジタルカメラだった。その姿を見て、

「傘、持とうか」

 と、古泉は声をかけた。

「ああ、頼む」

 水上はカメラを海に向けてシャッターを切った。船すらも見えない鉛色の海は、彼の目にはどう映っているのだろう。

 依然として細雨が降り続いているが、雲の間からわずかに空が顔をのぞかせている。

 傘を返そうと思い横を見ると、水上が古泉の方にカメラを向けていた。少し離れたせいで雨が当たっている。

「何してるの」

「写真を撮ってもいいですか?」

「どうぞ」

 今さら、確認するまでもないことだった。部活の最中は互いの写真を撮っていいことになっている。むしろ、あらためて言われると、意識してしまい気恥ずかしい。海の方を見て、気にしないふうに装った。


 砂浜はゆるやかな曲線を描いていた。古泉はその先端を目指して歩いた。湿った砂の上は歩きやすく、波の音に自分の足音が混ざって聞こえた。

 足音が増えた。目印になるものがないせいで、砂浜の端までの距離がよくわからない。

 立ち止まって、三人が追いついてから振り向いた。彼女の後ろには四人の足跡が重なったり離れたりしながら遠くまで続いていた。それを見ていて、気付いたら三人は少し先で古泉を待っていた。彼女は小走りで三人の元に行った。

 さほど時間はかからずに着いた。砂浜の終わりは河口だった。水の色のためか、川の大きさのためかはわからないが、流れがないように見えた。水面に打ちつける雨粒だけが川に動きを与えていた。

 町の東側を流れる川だった。対岸も市内だが、あまり行くことがないので別の町のようでもある。川沿いを遡っていくと町中から遠ざかるので、帰りは戻った方がはやい。

 帰ろうと思ったときに川面が光った。仰ぎ見ると、雲の間から日が出ていた。雨はまだ降り続いている。

 雨の波紋が日光を不規則に反射している。古泉は光を写真におさめようとシャッターを切った。

 太陽が見えたのはほんのわずかな時間だった。振り向くと、町の向こうに光芒が降り注いでいた。古泉の目線に気付いた天水も同じ方向に目を向けた。

「あ、天使の梯子」

 その声を聞いて二人も同じほうを見た。古泉は三人と光芒が画面に入るように、しゃがんで写真を撮った。


 帰りのバスの中で天水と古泉は写真を見せ合った。

「これ、いつ撮ったの?」

 古泉が聞いたのは、夏川が小さなカニを捕まえてカメラに向けている写真だった。

「着いてすぐだったね。夏川君がカニを見つけて」

 答えて、古泉のカメラのダイヤルを回していった。天水が「おっ」と言って手を止めた。

「この写真、いいね。かっこいい」

 河口で光芒を背景にした写真だった。空に明るさを合わせたので、三人は影になっていて、真ん中に写っている天水が光芒に向かって手を伸ばしていた。

「私も、そう思う」

 そう言った古泉は、以前ほど雨が嫌いではなくなっていた。

「雨、止んだな」

 後ろの席の水上が外を見ながらつぶやいた。

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