七
奢ってもらうのは飲み物だけということに落ち着いた。
「で、これからどうするの」
天水は紅茶の入ったカップを置いてから言った。雨の風景を撮ることは決まっていたが、どこに行くかはこれから決める。窓からはバス停のある広場と神社の入り口の橋が見える。空模様は相変わらずだった。
「家の車かりれば遠くでも行けるよ」
「雨だぞ、誰が運転するんだ?」
「私」
古泉はこれから行く場所について、コーヒーを見ながら考えていた。先週行った神社は、雨のおかげで普段とは違う雰囲気を味わうことができた。
「夏川、免許は?」
「去年取りましたけど、あまり運転する機会がなくて」
雨によって普段とは異なる表情を見せる場所、行くのならそんな場所がいい、と古泉は思った。それは雨の日には行こうとは思わないような所だろう。コーヒーの表面で時折かたちを変える光をぼーっと見ながら、色々な場所を思い浮かべた。
「冷めるぞ。もう冷めてるか」
古泉の正面に座っている水上が言った。水上のグラスには氷しか残っていなかった。
「冷ましただけ」
「猫舌か」
「うん。ネコ舌」
猫という単語に嬉しくなったが、コーヒーを口に運んでごまかした。熱いのは苦手なので少し冷ましていたのは本当だが、思ったよりもぬるくなっていた。
「じゃあ、高速乗ってどこか行こうよ」
「もう昼ですし、あまり遠出はしないほうがいいと思いますよ」
ぬるくなったコーヒーは味が落ちていた。喫茶店でバイトをする者として、コーヒーを淹れた人に申しわけない気持ちになった。
「雨の日に高速って、あれ思い出すな。スピード出し過ぎるとスリップするやつ」
「あー、あったねそんなの。なんていったっけ?」
「ハイドロプレーニング現象ですか?」
「そう、それ」
古泉は三人の話を懐かしく聞きながら、残ったコーヒーを飲みほした。彼女が通った教習所では路上教習の時、海の近くの道を走った。運転している時は海を眺める余裕はなかった。
「海に行こう」
古泉は三人に言った。梅雨の雨の海、いったい誰が好んで行くというのだろうか。そんな場所に今は行ってみたい。