六
翌週の土曜日も雨が降った。霧のように細かい雨が舞っていて、傘をさしていない人もちらほらいた。古泉は少しでもカメラを濡らさないために傘をさしている。先週と同じ待ち合わせ場所に行くと、今回の発案者が一人で本を読んでいた。
火曜日の部活で、水上がお見舞いのお礼をしたいと言ったので、今日出掛けることになった。ついでに、先週は中途半端になってしまったので、また雨の町中を撮ろうと天水が提案した。結局は先週と同じ予定になった。
多くの人にとってどうかは知らないが、幸いにも雨が降った。
「おはよう」
古泉が声をかけると、水上は顔をあげて挨拶を返した。
「雨、降ったな」
「うん。予報通り」
会話はそれきりだった。水上は読書に戻り、古泉も鞄から文庫本を取りだして読み始めた。
雨に限らず、湿気というものは本にとって厄介な相手だ。古泉はふと、中学生の時に雨に遭い教科書やノートがへなへなになったことを思い出した。今取りだしたのは貴重書でも大切な本でもないので、濡れたら乾かせばいいと思って読み進めた。
雨音は聞こえず、車の走る音が聞こえる。会話はないが、気まずいとは思わなかった。互いに無理に会話をしようとしない。そんな距離感がいつの間にかできていて、それを心地いいと感じている。
本に集中していたので、天水と夏川が来たことに気付かなかった。水上も声をかけられるまで気付かなかったようで、その後の動作が示し合わせたように一致したので、後から来た二人に笑われた。
水上が「この前のお礼になんか奢ろう」と言ったので、四人は近くの喫茶店に入った。和風の大店といった雰囲気で、古泉好みの檜造りの建物だった。一階は高級な土産物屋だが、二階は神社が眺められる喫茶店だった。
「奢るとは言ったが、思いやりと遠慮を忘れてはならない。ただし、辞退されても困るから、俺の財布に優しいメニューを選んでくれ」
椅子に腰掛けてメニュー表をのぞき込む三人に水上が言った。外見の印象とは違い、メニューはそこまでの値段はしない。一部を除いて。
「それはつまり、そういうことだね」
「言葉通りだ。それ以上の配慮はいらん。具体的に言うと五百円程度がベストだ」
「夏川君、これにしなよ」
天水が不敵な笑みを浮かべて指さしたのは『白玉ぜんざいスペシャル』というメニューだった。値段は税込みで千四百七十円。
「すごいですね。この器、お椀じゃなくて丼じゃないですか。まあ、これにしますけど」
丼の上に月見団子のように白玉が積まれている『白玉ぜんざいスペシャル』の写真はメニュー表の一ページを占拠していた。
「じゃあ私もー」
「同じく」
「なんだよこの規格外のは。善哉なのに何もよろしくねえよ」
静かになって、天水と夏川は哀れむような視線を水上に向けた。
古泉は水上の肩に手を置いて、ゆっくりと頭を横に振った。