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 雨のうえに周りが森に囲まれているため、境内は暗い。立ち止まっていると砂利を踏む足音が遠くに聞こえ、雨の音がより鮮明になった。

 こういった暗い場所ではシャッター速度が遅くなるため、手ぶれに気をつけなければならない。手ぶれのリスクはあるが、シャッター速度を遅くすることは表現の一つとして活用できる。

 古泉は以前、雨粒が針のように写っている写真を見たことがあった。雨粒が数センチ落ちる時間にシャッター速度をあわせたものらしかった。シャッター速度が速ければ雨粒として写っただろう。いうなれば、雨の軌跡をとらえた写真だった。

 写真は一瞬を切りとるだけではない。シャッター速度を遅くすれば、川の流れや風にそよぐ木が静止画としてとらえられる。

 以前見た写真のように雨の軌跡を撮ろうと思ったが、生憎三脚がない。三脚の代わりに、近くにあった杉の幹にタオルを添えて、その上からカメラで押さえつけた。長時間は無理だが、これならばぶれない。

 シャッターを押したが、思ったように写らなかった。雨粒が小さすぎるようだ。こればかりはどうしようもないので、前を歩く二人にカメラを向けた。後姿を写真におさめてカメラをおろした。並んで歩く二人を見て、それから振り向いて正宮の方を見た。誰もいなかった。

 入ってきたのと別のところから出た。入り口の脇には、去年できた記念館と池がある。

池の周りには遊歩道があり、その近くには紫色の花々が咲いていた。『菖蒲園』と案内板に書いてある。

「ショウブとアヤメって、どっちもこの字だよね。どっちなの?」

 天水が案内板を見て尋ねた。

「アヤメは乾燥したところに生えて、ショウブは湿潤なところに生えるからショウブだと思う」

「しょうぶえん、あやめえん。しょうぶえんの方が言いやすいね」

「そもそもショウブは花をつけない。花があるのはハナショウブ」

「杜若も見た目が似ていたと思うんですけど」

 夏川も疑問を口にした。三人は池のほとりにある長椅子に座っている。記念館の一部なのか、屋根があるので雨に当たらない。

「カキツバタも湿地に生える。見た目はハナショウブとほぼ一緒」

「わけがわからなくなってきた」

「確か、花弁の元の色の違いで見分けられる」

 雨が一時的に強くなり、池の水面は波紋で覆われた。たたきつけるような雨の音がした。

 一人だったら、こんな日にここに来ることはなかっただろう、と古泉は思った。

 雨の日は好きではない。起きたときに雨が降っていると、それだけで少し気分が滅入る。

 でも、きちんと対策をすれば雨の日にしか撮れない写真が撮れる。カメラにかぶせた不格好な防水カバーを見て、心の中で天水に感謝した。

 嫌がって避けるだけでなく、雨とうまくつきあう方法を考える。今はそれができているのだろうか。

「天水、夏川」

 古泉は池を眺めている二人に声をかけた。

「今から、お見舞いに行かない?」


 古泉の提案に天水は賛成したが、夏川はあまり乗り気ではないようだった。ひとまず、水上にメールをして返信を待った。雨が弱まってきたときに返信が来た。

「『来なくていい。』だって」

 天水がメールを読み上げた。無題で一行だけなのはいつものことだ。

「こう言ってますし、三人で行くと迷惑だと思いますよ」

 夏川がたしなめるように言った。

「それなら古泉、一人で行く?」

「それはない」

「そっか」

 天水はなぜか、少し残念そうに笑った。

 水上はなるべく人に頼ろうとしない。古泉自身にもそういうところがあるので、その気持ちはある程度はわかる。だから、心配だった。様子を見るだけでもいいから、多少強引にでも行ってやろうと思った。

 古泉は水上に電話をかけた。三コールで相手が出た。

『はい、水上です』

 少しかれたような声で聞き取りづらかった。

「今から行くから」

『いや、く』

 電話を切った。夏川はあきれたように、天水はにやにやしながら古泉を見ていた。

「古泉ぃ、今日はだいぶ積極的だね」

「そうでもない」

 照れ隠しで携帯の画面を見ていたら、水上からメールが来た。

『三十分の猶予をくれ』

 というメールだった。古泉は二人に画面を見せた。

「じゃあ、何か買っていこうか」

 水上に『昼ご飯は食べないように』とメールを送って、三人はスーパーに向かった。

 小雨が降り続いている。

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