四
雨のうえに周りが森に囲まれているため、境内は暗い。立ち止まっていると砂利を踏む足音が遠くに聞こえ、雨の音がより鮮明になった。
こういった暗い場所ではシャッター速度が遅くなるため、手ぶれに気をつけなければならない。手ぶれのリスクはあるが、シャッター速度を遅くすることは表現の一つとして活用できる。
古泉は以前、雨粒が針のように写っている写真を見たことがあった。雨粒が数センチ落ちる時間にシャッター速度をあわせたものらしかった。シャッター速度が速ければ雨粒として写っただろう。いうなれば、雨の軌跡をとらえた写真だった。
写真は一瞬を切りとるだけではない。シャッター速度を遅くすれば、川の流れや風にそよぐ木が静止画としてとらえられる。
以前見た写真のように雨の軌跡を撮ろうと思ったが、生憎三脚がない。三脚の代わりに、近くにあった杉の幹にタオルを添えて、その上からカメラで押さえつけた。長時間は無理だが、これならばぶれない。
シャッターを押したが、思ったように写らなかった。雨粒が小さすぎるようだ。こればかりはどうしようもないので、前を歩く二人にカメラを向けた。後姿を写真におさめてカメラをおろした。並んで歩く二人を見て、それから振り向いて正宮の方を見た。誰もいなかった。
入ってきたのと別のところから出た。入り口の脇には、去年できた記念館と池がある。
池の周りには遊歩道があり、その近くには紫色の花々が咲いていた。『菖蒲園』と案内板に書いてある。
「ショウブとアヤメって、どっちもこの字だよね。どっちなの?」
天水が案内板を見て尋ねた。
「アヤメは乾燥したところに生えて、ショウブは湿潤なところに生えるからショウブだと思う」
「しょうぶえん、あやめえん。しょうぶえんの方が言いやすいね」
「そもそもショウブは花をつけない。花があるのはハナショウブ」
「杜若も見た目が似ていたと思うんですけど」
夏川も疑問を口にした。三人は池のほとりにある長椅子に座っている。記念館の一部なのか、屋根があるので雨に当たらない。
「カキツバタも湿地に生える。見た目はハナショウブとほぼ一緒」
「わけがわからなくなってきた」
「確か、花弁の元の色の違いで見分けられる」
雨が一時的に強くなり、池の水面は波紋で覆われた。たたきつけるような雨の音がした。
一人だったら、こんな日にここに来ることはなかっただろう、と古泉は思った。
雨の日は好きではない。起きたときに雨が降っていると、それだけで少し気分が滅入る。
でも、きちんと対策をすれば雨の日にしか撮れない写真が撮れる。カメラにかぶせた不格好な防水カバーを見て、心の中で天水に感謝した。
嫌がって避けるだけでなく、雨とうまくつきあう方法を考える。今はそれができているのだろうか。
「天水、夏川」
古泉は池を眺めている二人に声をかけた。
「今から、お見舞いに行かない?」
古泉の提案に天水は賛成したが、夏川はあまり乗り気ではないようだった。ひとまず、水上にメールをして返信を待った。雨が弱まってきたときに返信が来た。
「『来なくていい。』だって」
天水がメールを読み上げた。無題で一行だけなのはいつものことだ。
「こう言ってますし、三人で行くと迷惑だと思いますよ」
夏川がたしなめるように言った。
「それなら古泉、一人で行く?」
「それはない」
「そっか」
天水はなぜか、少し残念そうに笑った。
水上はなるべく人に頼ろうとしない。古泉自身にもそういうところがあるので、その気持ちはある程度はわかる。だから、心配だった。様子を見るだけでもいいから、多少強引にでも行ってやろうと思った。
古泉は水上に電話をかけた。三コールで相手が出た。
『はい、水上です』
少しかれたような声で聞き取りづらかった。
「今から行くから」
『いや、く』
電話を切った。夏川はあきれたように、天水はにやにやしながら古泉を見ていた。
「古泉ぃ、今日はだいぶ積極的だね」
「そうでもない」
照れ隠しで携帯の画面を見ていたら、水上からメールが来た。
『三十分の猶予をくれ』
というメールだった。古泉は二人に画面を見せた。
「じゃあ、何か買っていこうか」
水上に『昼ご飯は食べないように』とメールを送って、三人はスーパーに向かった。
小雨が降り続いている。




