一
必修授業が休講になり、その分早く部室に向かった。以前はこのように休講になって時間が空くことに違和感があったが、今では幸運な拾いもののようなものだ。あれば嬉しいが、なくても残念だとは思わない。
しかし、今日はそんな拾いものも素直に喜べない。二号館から出て古泉は非難するように空を見上げた。朝と変わらず空一面が雲に覆われていた。表情のない空からは小降りだが雨が降っている。
古泉は鞄が濡れないように傘の角度を調整した。鞄の中にはカメラが入っている。彼女のカメラには防水や防滴の機能はない。少し濡れただけで壊れてしまうわけではないだろうが、できる限り濡らしたくない。
雨は好きではない。カメラを持つ者にとって、雨は迷惑な相手だと思う。
文化部棟の入り口で傘に付いた水滴を払い、傘立てに置いた。写真部の部室に入るとすでに水上がいた。彼は文庫本を読んでいて、挨拶を交わすと読書を再開した。古泉は鞄から雑誌を取り出して、入り口近くの本棚に入れた。
本棚にある雑誌は、部費で購入したものではなく、天水と古泉がそれぞれ別の写真情報誌を毎月買って、読み終わるとここに置かれる。加えて、気が向いたという理由で買って入れられる雑誌もあるため、本棚の中は雑然としている。
いつもは先延ばしにするが、雨なので本棚の整理をしてしまおうと思った。しかし、半数近くは天水のものなので、彼女が来てからにしようと決めた。
本棚を見ていると、古泉はまだ読んでいない雑誌を見つけた。天水が買ってくる月刊のカメラ雑誌の最新号で、特集は『雨の日の撮影』だった。雨中の撮影は経験がないというより避けていたので、なにかうまい方法がないかと思って雑誌を読み進めた。
紹介されていた撮影のテクニックには感心したが、それらはカメラが濡れないか濡れてもいいということが前提だった。カメラを濡らさない方法も紹介されていた。専用の防水ケースを買うというお金のかかる方法があったが、やろうと思えばすぐにできる方法も紹介されていた。
一枚の写真が目にとまった。窓に付いた水滴を内側から至近距離で写した写真だ。窓の向こうの景色が水滴の中に逆さまに映っている。
これならすぐにできると思い、真似することにした。が、窓を見て誤算に気付いた。部室の窓は曇りガラスだった。内心でため息をついて、おとなしく座って雑誌を読むことにした。
「こんにっちはー」
少し経ってから、天水がやたらと高いテンションで部室に入ってきた。入ってくるやいなや、鞄からエコバッグを取りだし、テーブルに中身をぶちまけた。百円ショップのものだと一目でわかるパッケージが四つとお菓子が出てきた。天水はお菓子だけ回収して、残った四つのシャンプーハットを示し、
「これは何に使うでしょう」
と尋ねた。古泉は心当たりがある、というよりもさっき読んだ雑誌に書いてあったことなので答えを知っていた。だから、水上が答えるのを待ったが、彼のほうも古泉に任せようとしているようだった。
古泉は目線で、水上に丸投げすることを伝えた。
「カメラの防水用か」
彼はしぶしぶ答えた。どうやらうまく伝わったようだ。さらに、
「模様がないのは、カメラにかぶせたときに液晶が見やすいようにってことだろ」
と付け加えた。
「おめでとう。お祝いにこれをあげよう」
天水はさっきしまったイカの駄菓子を水上にあげた。
「雨なのに楽しそうだな」
水上は少しあきれたように言った。彼は雨が嫌いなのだろうか、と古泉は思った。
「天候程度で私の気分は変えられないよ」
男前だが、参考にはならない。
古泉が読んでいた雑誌に、「手軽にできるカメラの防水」という記事があり、ビニール製のシャンプーハットを使った方法が紹介されていた。天水はそれを実践するつもりで、百円ショップに行ってシャンプーハットを買ってきたのだろう。わざわざ、雨の中。
「天水のカメラは防滴じゃなかった?」
以前そんなことを言っていたのを思い出して、古泉は聞いた。
「そうだよ。けど、なるべく濡らさないほうがいいっしょ」
天水は笑って答えた。計画を立てる時や準備をするとき、彼女はとても楽しそうに進める。想像しているよりも実際はつまらないものになるなんて露ほども思っていないように。「レンズのところに穴を開けて、レンズフードをつければほとんど濡れないよ」
そう言いながら、天水ははさみで切り込みを入れたシャンプーハットをカメラにかぶせた。レンズフードだけがビニールの外に出ている。
「フィルムだし、レンズフードがないんだが」
「天水のを見てから決める」
二人ともあまり乗り気ではない。カメラを持つ者の六十六パーセントは雨と相性が悪いようだ。今のところは。
「じゃあ、私のを三人で順番に使おうよ」
天水は自分のカメラを少し持ち上げて言った。二人の言葉に残念がることもなく、いつものように楽しそうに。
「せっかく買ってきたのに、いいの?」
「いいって。勝手に買ってきた物だし、私のカメラをどう使うか見るのも楽しそうだからね」
彼女のそんな前向きなところが、今では頼もしいと感じる。