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気ままな短編集

危ないのは――

作者: 辺 鋭一

   ●



 ……おかしい。


 昨日からずっと覚えていた嫌な予感は、もはや確信に近い物となっていた。

 部活を終えて少し暗くなった道を一人で歩いていると、いないはずの誰かから視線を向けられているような、そんな気がするのだ。

 それも、一度や二度程度ではなく、何度も。


 ……しかも、だんだん狙いがはっきりしてきてる……?


 自分の所属するチアリーディング部は、基本毎日放課後の練習を行っている。

 だが、毎週一回、金曜日だけは外部の講師をお迎えしてみっちりと練習を行う。

 当然滅多にない機会ということで、部員全員の熱も普段の比ではない。

 他の日よりもさらにみっちりと指導を受け、翌日が休みということもあって全力を出し切っている。

 そして必然的に、帰宅の時間も最終下校ギリギリ――下手をすれば制限を突破することもある。


 ……というか、今日も景気よく突破したけど。


 部長と顧問の先生が他の先生方に頭を下げるのが週末の恒例行事となりつつあるが、他の先生も苦笑いで済ませてくれるようになった。

 今度の大会が終わったら、先生と部長には何かお礼をしようと皆で話し合ったのがつい先週の事だ。

 そして、なんとなく見られているような感じがし始めたのが、二ヶ月ほど前のこと。


 ……最初は毎日のように見られてたのに……。


 毎日のように露骨に感じていた気配と視線は、だんだんとその頻度が変わってきている。

 毎日から二日に一度に、二日に一度から三日に一度に。

 そして最近では、毎週一回に。


 ……間違いなく、帰りが遅くなる日を掴んでる……。


 自分を狙っている何かが、自分を狙いやすい時間を掴んでいる。

 そうなれば、条件が整い次第すぐさま行動に移してしまうだろう。

 当然、狙われている私の安全は保障されない。


 ……だけど、この道を通らないわけにはいかないし……。


 今日は特に練習に熱が入ってしまい、学校を出るのがかなり遅くなってしまった。

 明るくて人通りの多い普通の道で帰っていたのでは、門限を守れなくなってしまう。


 ……もう何度か破っちゃってるし、これ以上でも一度でも破ったら部活をやめさせるって言われたし……。


 父と母は普段は優しいが、そう言う約束事に関しては絶対に譲らない人だ。

 おそらく、今日門限に遅れたら、有無を言わさず退部届を書かせるだろう。


 ……というか、もう私のサイン以外の所を書いて準備してそう……。


 その程度の事ならば普通にやっていると思わせるあの二人は大概だと、本当によく思う。

 だが、門限は私と両親が話し合って決めたことであり、それを破ることで得られたペナルティーに対して、私が拒否権を行使することができないことぐらいは理解している。

 だからこそ、私は遅れるわけにはいかないのだ。


 ……まあ、もし何かあっても、すぐに警察に駆け込めばいいし……。


 そう自分に対して言い訳をしてから、私は近道である裏路地へと歩を進めた。

 暗くてジメジメしたその場所は、もう二時間も時間を戻せば近所の小学生も近道として利用している通路だ。

 だが、すっかり日が落ちてしまった今のこの場所は、かろうじて月の光が差し込んでいるだけの暗闇の塊だ。

 ところどころに置いてある段ボールやプラスチックのケースなどの陰はより暗く、何かが潜んでいるような錯覚さえ感じる。

 今まで感じていた視線や気配のせいで余計に敏感になった恐怖を無理矢理抑え込み、私は家へと駆け足で――




「――ちょっと、そこで何してるの?」




 突然背後から響いてきた声にビクリと肩を震わせた私は、恐る恐る振り返る。

 するとそこには、灰色のパーカーにジーンズをはいた、同年代らしい影が立っていた。

 らしい、というのは、その影はパーカーのフードを目深にかぶっており、顔の下半分がうっすらと見える程度だったからだ。

 それゆえ年齢もなんとなくしかわからず、なんとなく幼げな口元と、自分よりも一回り程大きい背格好、さらに声変わりしたばかりといった印象を受ける声で判断するしかなかった。


「……え、ええっと……その……」


 その影が発した咎めるような声色に、私は警戒よりも先に恐怖で萎縮してしまう。

 そもそも学校でも『遅い時間に通ってはいけない場所』としてこの通路が挙げられており、もしばれたらお説教は確実である。

 ゆえに今までもここを通るたびに多少の罪悪感を覚えていたのだが、状況が状況だし仕方がない、と言い訳して使用していたのだ。

 今回は初めてその罪悪感を突かれてしまい、言い訳をしようにもできなくなってしまう。


「……まったく、この時間にこんな場所を通る女子生徒がいるなんて……」


 呆れたような口調でそうこぼす影は、ゆっくりと私に近寄ってきた。

 その口調はなんだか大人びていて、まるで両親や先生に怒られているような気がしてくる。

 見た目は同年代なのに、態度は大人。

 とてもちぐはぐだ。


「お嬢ちゃん、こんなところうろついてちゃだめじゃないか」


 嗜めるようにそう言いながら、影はさらに私に近付いてくる。

 その口元は咎めるようにきつくむすばれている。

 どうやら私は叱られているらしい。

 そのことに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、どこか安心している私がいた。


 ……悪い人、じゃないみたい……。


 悪人だったらそもそも声をかけることなく私はどこかに連れ去られているだろうし、もし声をかけてきたとしても誘い込むような甘言をささやいて来るだろうし、その表情はうっすらと笑っているだろう。

 どう考えても苦々しい表情を浮かべるメリットが思いつかない。


「ここは危険な場所だから昼夜問わず近寄るなって、学校の先生から教わらなかったのか?」

「――いや、でも、家に帰るのが遅れそうで……」


 私は思わず言い訳をしてしまうと、その影はさらに口元をゆがめ、


「そう言う時でも安全な道を通りなさい。急がば回れと言うだろう? それに、今は携帯という便利な物もあるんだから、どうしても遅れそうなら家に連絡するとか、何だったら迎えに来てもらうとか、いくらでもやりようは有ったはずだ。……違うか?」


 と、返してきた。

 それはあまりにも正論過ぎて、私は全く反論できずにうつむいてしまう。

 その様子を見て、影は一つ大きなため息を吐くと、


「こんな時間に、こんな場所を、君のような女の子が一人で歩くと危ないってことぐらい、わかるだろう?











 ――ほら、だからこんな目にあうんだ」










 と、影がそう言った途端、私の後ろから何かが飛び出してきた。

 私の顔の両脇を通り抜け、そのまま私の顔に向かって方向を変えてきたそれらが二本の手であると理解した時には、私の口元に変な布があてられたあとで――




   ●




 女子生徒が小柄な男と話している隙を狙って、その背後から忍び寄ってすばやくその口元に持っていたモノをあてた大柄な男は、数秒もしないうちに崩れ落ちた女子生徒を支えるようにしたのち、ゆっくりとその場に横たえた。

 そしてところどころに切れ目やこすれの入ったジーンズのベルト付近に手をやると、そこに差し込んであった細めのシンプルな懐中電灯を取りだし、女子生徒の顔に光を当てた。

 明るくなってはっきりと見えるようになったその顔を、小柄な男と大柄な男はじっと見て、それから小柄な男がパーカーのポケットから取り出した写真を同じようにまじまじと見つめる。


「……ケン、どう思う?」


 小柄な男が大柄な男にそう尋ねると、ケンと呼ばれた大柄な男はゆっくりと首を横に振り、


「どう見ても別人だろう。この娘は、木地原のお嬢様じゃない。……相手はよく見て話しかけろ、サル」

「仕方ねえじゃん、この暗がりじゃ、人の顔なんて判断つかねえよ。せいぜい制服で学校と性別がわかるぐらいだ」

「……それも、そうか」


 サルと呼ばれた小柄な男の言葉に、ケンは小さくため息を吐きながらそうこぼした。

 それから憐れな女子生徒を見下ろすと、


「それじゃあ、この娘はどうする?」

「どうするも何も、標的以外には手を出せねえよ。どうせしばらくは起きねえんだ、ちょっと離れた所に隠しとけ。堅い地面で寝て体が痛くなったり、軽い風邪をひくかもしれねえが、自業自得だ。こんなところに寄り付くもんじゃねえっていい薬になるだろ」

「そうだな。それじゃあそうしよう」


 方針が決まったと同時に、ケンは女子生徒を抱え上げ、少し離れた暗がりに連れて行く。

 適当な壁にもたれかけさせるように座らせた少女に、せめてもの情けか手ごろな段ボールを広げて被せ、周囲から隠すようにしてからサルの元へと戻っていく。


「さて、それじゃあ標的がくるまでしばらく待つか」


 暇そうにそう言うサルに、ケンは顔をしかめて、


「なあ、サルよ。この作戦、効率悪くないか?」

「何言ってんだよ。ここを標的らしき人物が通ったら俺が声をかけ、油断したところをケンが不意を突いて気絶させる。……完璧な作戦じゃねえか」

「……ここを標的が通るかは確実じゃないだろう?」

「何のために二ヶ月もこの周囲を見て回ったと思ってるんだ。標的はもちろん、標的と同じ方向に帰る同じ部活の奴らまで観察して統計を取ったんだ。この時間にこの場所を通る確率は85%。こんなさらいやすい状況に自分から飛び込んできてくれるんだ、最高だろう? あのガキは最初にここを通っちまったが、待ってれば次々に人が通る。それを全部捕まえて行けば、いつかは必ず標的に辿り着けるさ」


 誇らしげにそう言ったサルに、ケンはしぶしぶながらも頷く。

 その反応に眉を歪めたサルだったが、しかしその事は口に出さず、表情を笑顔に戻すとケンの手に握られているモノを指差した。


「しかし、随分いいモンを持ってきたじゃねえか、ケン」

「何のことだ?」

「とぼけんなよ、さっきあのガキを気絶させたアレだよ。普通、クロロホルムでさえしみこませた布を口元に一分以上あてなきゃ意識を奪えないのに、お前の持ってきたそれはほんの数秒で意識を飛ばせたじゃねえか、そんなすげえクスリ、どこで手に入れたんだよ?」

「……まあ、ちょっとした伝手でな」


 その問いに、どこか歯切れの悪い口調でモゴモゴと返したケンに対し、サルはちょっと首をかしげたが、またすぐに元の笑顔に戻って、


「まあ、秘密ってんならそれでもいいさ。裏の取引は秘密を守ることも取引の内っていうしな。そんないいモンを手に入れることができるんだ、それだけでも良しとしとくぜ」


 そう言って元の持ち場に戻っていくサルに、同じく持ち場である暗がりに戻るために背を向けたケンは、歩きながら手元を見る。








「……さすがに、一週間はき続けた俺の靴下だ、なんて言えねえよなぁ……」







 若干の哀愁を漂わせながら、ケンはとぼとぼと歩いて行った。




   ●

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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[良い点]  そこかよぉぉ!  もう一度。  そこかよぉぉ!  なんか教訓話とかそう言う話なのかなー、って、最後の最期まで思ってましたとも!  主人公は語り手なのかな、とも思ってましたとも!  …
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