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09:調律師の誘惑

09:調律師の誘惑







あの夢のような舞踏会から一夜がすぎた天気の良い午後。

マリアは一冊の楽譜を手中におさめ、ぼんやりと眺めていた。



いつもより遅めに起床したマリアの視線の先にある何時もの黒いグランドピアノ。しかし、その上に見慣れない一冊の冊子があった。


「………こんな楽譜、この部屋にあったかな…?」


その赤い表紙の楽譜を手に取りぱらぱらと捲れば、今まで見たことのないもので。

音符も今の時代のものとは少し違う、旧式に似たようなものが記載されていた。


軽く手をマッサージし、ピアノのカバーを開け楽譜をたてる。

流れるような動作で自らのブロンドの髪をその場にあったリボンでくくり、鍵盤に指を滑らせた。



「…………?」



初見であるため、勿論すらすらと弾けるはずがないのは分かっている。

寧ろマリアは普通の子より少し上手いというレベルだ。ピアノの演奏だけでご飯を食べていくような人物ではないため、躓くような演奏なんて日常茶飯事。


いや、それでも


なんとなくだが、不思議な違和感を感じる。

確かに所々つっかかっているものの演奏は続けることができる。しかし、そこまで難易度が高い曲でもないようで、寧ろ昨日舞踏会で演奏した曲のほうが難しい。

だが、何かが変なのだ。

音が、声が、不協和音を奏でるような、狂った曲調――――――――――――



「っ……」


サビの部分に入った瞬間だった、

ぞっとした何かが背をかけていくのを感じ、思わず手を鍵盤から離してしまった。



無音の世界に、自らの心臓の音だけがどくりどくりと不気味に響く。


「な、なに……?」


何とも言えない不安にマリアは自らの両手を胸の前で握りしめた。



その時、コンコンと軽いノックの音が響き聞きなれた声がドアの反対側から聞こえる。



「マリア様」

「っ………!は、はい!」

「国王陛下がお呼びでございます」

「………………へ?」



******




何故、自分はこんなにも場違いなところにいるのだろうか。

そういえば以前も同じような感想を持ったことを遠い昔のように感じながらも、深くお辞儀をする。


「お、お呼びくださいましてありがとうございます陛下。ほ、本日はお日柄もよ「よい、顔を上げよ」


優しさの含まれるその声に、慣れないながらも背筋を意識して顔を上体を起こせばいつもと同じく微笑む国王陛下。そしてその隣には女王陛下ではない、中年の男がにこやかに笑っていた。


「昨日はご苦労だったな、マリア譲。素晴らしい演奏を聞かせてくれた」

「い、いえ…それは、楽団のかたの手助けがあったから、こそで…あの、私は…そんな」

「よいよい。今日は、そなたに是非とも会いたいという者を連れてきた。ボンローヴ…」



王の声に、中年でひげを豊かに蓄えた男は一歩前へ進む。


「こんにちは、美しい小鳥よ。私はボンローヴ、この国で洋裁店を営んでいる者です」

「は、はぁ…?」

「これをまず、貴女に」



すっと差し出された中ぐらいの箱をマリアは受け取ると首をかしげた。


「こ、これは…?」

「まずは、開けてみてください」

「は、はい…」


美しく包装されているリボンを解くのがなんだかもったいなく感じるものの、言われた手前開けないとは言えず、マリアはゆっくりと美しいリボンを引く。


「昨日の演奏は、とても素晴らしいものでした。まるで目の前に雄大な景色が広がるようで…私は貴女の演奏を聞き、すぐさま思いついたデザインを描き上げました」


箱を開ければ、薄い紙で包まれた布が見える。


「っ…すごく、きれい…」


そこには、水色と白のたてじまを布地にし、白く凝ったレースが襟元や袖にふんだんに使われているワンピースが入っていた。


「是非、貴女に一日も早く着てほしいと思い仕立てに作らせたのです」

「っ……あれ、この…紋章は…」


マリアは服を手に取りじっと眺めていたのち、首元にある小さな刺繍に目をやった。

この国の女子なら誰もが憧れる有名洋裁店の流れるようなデザイン性のある文字。昔、カインズの実家にいたとき一度だけ誕生日にねだったことがあるが、田舎の伯爵令嬢には無理な代物であったという苦い思い出を持っている。


「コット・ルエンダのっ、お洋服ですか!?」


目をきらきらとさせてボンローヴの顔を見つめるマリアに、彼は優しく微笑みながら頷く。


「マリア譲、このボンローヴがコット・ルエンダのオーナーだ」

「へ……!?」

「改めまして、マリア様。コット・ルエンダのオーナーのボンローヴです。どうぞ、よろしく」

「っ、よよよ、よろしくお願いいたします!!!」


勢い余ってお辞儀をすれば、ゆるく結んでいた髪のリボンがほどけブロンドの髪がふわりと宙にまう。


「っわ!す、すみません…お見苦しいところをっ」


マリアが慌てる姿に、優しい視線をおくるボンローヴは床に落ちた青いリボンを拾うとマリアに差し出した。


「マリア様、貴女にお願いがあってきました」

「え…?」

「是非とも、私の店の看板娘になっていただきたい」

「…………」


目の前のおじさんが何を言っているのかわからなかった。

頭の中が真っ白で、耳から声は入ってくるものの思考回路が追い付かない。


ぽかんと開いた口は、きっと間抜けだったのだろう。

国王陛下の高らかな笑い声が室内に響く。


「なに、難しいことではございません。演奏会で、マリア様が演奏なさる時にコット・ルエンダの衣装を着ていただきたいのです」

「っへ?」

「素敵な演奏をしていただける、それだけで絶大な広告になりますから。勿論、衣服はすべて無償で提供させていただきます」

「っ、そ、そんな…」


「マリア譲」


マリアがスカイブルーの瞳をさまよわせていると、国王がゆったりと呼びかける。


「何を戸惑う、こんな貴重な機会は滅多にないのだぞ」

「で、でも…私…こんなに、よくしていただいて…。何も、返すものが…」

「あるではないか」

「?」


国王の黒い瞳がマリアをとらえる。


「そなたの、そのピアノの演奏が。マリア譲、そなたの演奏にはボンローヴが言う程の価値がある。演奏で、返すのだ」

「っ……はい!」


無意識に口先から零れ落ちた、言葉。

どくどくと心臓の音が加速する。





これが、運命






これが、宿命

















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