08:はじけ飛んだ鍵盤
08:はじけ飛んだ鍵盤
「この度はお招きいただきありがとうございます」
「御機嫌ようマーブル夫人。是非とも楽しんでいってくださいね」
広いホールには、美しく着飾った各国の女性達や各国の正装に身にまとった男性たちの姿があった。
色とりどりの花で飾られた室内、天井から吊り下げられるシャンデリアはまばゆいほどの輝き。
中央には入口から玉座まで続く赤じゅうたんが真っ白な大理石によく映えていた。
「あら、今来られたのはノルダン帝国の王女様でなくって?」
「まぁ…なんて美しいのかしら」
女性達は数人にまとまり、互いに会場にいる人々についての話に花を咲かせていた。
一人の女性が熱い熱のこもった視線で真っ白な正装を身にまとった男性を見つめる。
「それもそうだけど…トゥルーサ帝国の王子も素敵よね~」
その言葉に同意するように複数の女性が頷けば、ある一人が両頬に手を添えうっとりとした様子で遠くをみる。
「で、も……やっぱり…」
「グランディア帝国の、クランツ様よねえええ!」
「えぇ!あの、燃えるような赤い髪と、黒曜石みたいな漆黒の瞳…!」
「一度でいいからお話したいわぁ!」
「今日の舞踏会で踊れるように頑張らなくっちゃ!」
「あら、でも難しいかもね。クランツ様の横に立つのはそう簡単でなくってよ」
「噂じゃ、エルトリナのお姫様も狙っているとか」
「きゃああああ!ますます、負けられないわ!」
女性たちが色めきあうなか、当の本人は国色である黒の正装を身にまとい、次々に来る客とあいさつをかわしていた。
「これはこれは、クランツ王子…ご立派になられて」
「いえ、まだまだ父の足元にも及びません。これからも、貿易では我がグランディアをご贔屓におねがいいたします」
「えぇ、こちらこそ」
真紅の髪は正装用の髪型としてオールバックに纏まっている。
片耳に開けられたピアスは髪と同じ真紅の宝石がつけられていて、より一層彼の美しさを引き立てていた。
「男の私でも惚れ惚れする美しさだな、クランツ」
「それは光栄だ、グレンダ王子。君も人のことは言えないけどな」
「王子はよせ。親友の前だぞ?」
クツクツと笑いながら、クランツの目の前に現れたのは、隣国の王子である緑の髪の美しい男。
目鼻立ちもくっきりとしており、現在の王子の中でも珍しくクランツと同じ年齢の王子だ。
白と緑そして黒の色を巧みに使った正装は、暖色は入っていないものの人目を惹くように華麗。
まさに、クランツとグレンダが並べば各国の姫たちがざわめき始めるほど絵になるのだ。
「そういえば、クランツ」
「なんだ」
「…………最近、後宮に人をいれたとか、そうじゃないとか…。俺の国でも話題になってるぞ」
「後宮にいれてはない……鳥籠にいれているだけだ」
「ふーん…、ま…いいけど。どういう風のふきまわしだ。今まで女なんて避けて生きてきた色男が?」
「それを言う前に、おまえはそろそろ遊びをやめたらどうだ…うちの国にまで噂がながれてきてる」
「っははは、それぐらいが丁度いい」
グレンダがふと、入口に目線を向けるとつぶやいた。
「お前の好みは、青い瞳を持った小鳥か」
会場が一気にざわめき始める。
そう、始まるのだ。
夢のような、物語のような、華やかで欲望に満ちた時間が。
王国お抱えの楽団が入ってくると、人々はパートナーを探すために動き出す。
薄黄色で合わせた楽団が一斉にチューニングを始めると、より一層会場が音に満ちる。
勿論、クランツとグレンダと踊ろうとする各国の女性や国内の令嬢は我先にと歩みを2人のもとへよせた。
「クランツ様っ、是非わたしと!」
「いえ!私と!」
「グレンダ様、私のこと覚えてらっしゃいます?」
「グレンダ様と口をきかないで。この方は私と約束してますのよ」
女性が集まったせいでむせ返るほどの香水の香りに包まれたクランツはそこから逃げるように、にこやかに笑いながらもすっと目線を楽団の方へ向ける。
コツリ
視界に入った金色の美しい髪
コツリ
オレンジとオフオレンジの可愛らしいドレスに身を包んだ姿
コツリ
遠くて聞こえない距離であるはずなのに、なぜが聞こえる彼女のヒール音
クランツは目を見開いた。
瞬間に、その青い瞳と視線がぶつかる。
「っ…………」
いつもの不安げで、恥ずかしがり屋の彼女はそこにいなかった。
まっすぐで、澄んだ瞳がクランツの漆黒の瞳を見つめ返していて。
会場にいる者の大半がパートナー探しで見ていない中、彼女は会場にむかって一礼し、ピアノの椅子に腰かける。楽団の者たちと視線を交わした後、指をさっと鍵盤に滑らせた。
クランツの表情が面白そうに変わるのをみて、グレンダも口端をあげる。
「………あの小鳥、できるな…」
ピアノの音が、ホールに響き渡った瞬間に人々の表情が一変した。
静かな入りから、音が流れるように広がってゆく。
静かな中に、心に響く音色。
アップテンポなのに、不思議な心地よさが人々の心を満たしてゆく。
木管楽器、そして次々と様々な楽器が加わり、壮大な世界が広がる。
マリアは、ただただ夢中で演奏していた。
指が勝手に動くような。
そう、まるで魔法にかかったような心地だった。
****
最後の一音が静かに消える。
気づいた時には、会場中は割れんばかりの拍手でいっぱいで。
マリアは何も考えることができず、ただ茫然としていた。
「………マリア、素晴らしい演奏だった」
「っ………?え…………クランツ、さま…?」
ゆっくりと手を握られ、椅子から立ち上がらせられる。
優しい瞳がマリアを見つめた。
「流石だ、君を選んだこの目に間違いはなかった」
「っ…そんなっ!」
慌てて楽団の方を振り返ると、演奏者全員が笑顔でマリアに拍手を送っていた。
「さぁ、これじゃ…舞踏会にならない。マリア」
「は、はい!」
すっと、マリアの手を取ったままクランツは床に片膝をつき、もう片方の手を自らの胸にあてる。
まっすぐな目線は、顔を真っ赤にしてきょろきょろと落ち着きがないマリアの顔を見つめた。
会場の全員がその光景を興味深げに見つめ、楽団は再び楽器を手に取った。
「私と、一曲踊ってくれませんか」
「っ!?な、なななな何を言ってっ…!クランツさまっ!!」
ぐっと握られる掌に力が入る。
すかさず腰にまわされた腕がマリアをとらえた。
曲の始まりと共に二人は踊り始めた。
「っ……わ、わたし踊れないんで「大丈夫」
「っ…、クランツさまっ…!」
「泣かないで、……本当に君は、ピアノを弾いているときと違うな」
「?」
マリアのドレスがふわりと舞う。
それを見た、ほかの人々も徐々に踊りに加わってゆく。
様々な色のドレスがふわりと舞った。
その日の舞踏会は近年にまれに見ぬほどの興奮と熱狂で包まれたという。
****
「ふーん……」
舞踏会のホールで一人の男がつぶやいた。
「………あぁ、これはよくない、な」
漆黒の髪が彼の片目を隠す。
「どうされましたか、モール侯爵?」
「いえ、なんでも。さぁ、私たちも踊りましょうか…可愛いプリンセス」
「はいっ、よろこんで」
その呟きをだれも聞き取ることができなかった。
使用BGM
「人/生/の/メ/リ/ー/ゴ/ー/ラ/ン/ド」 久/石/譲




