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03:メトロノームは軽やかに

03:メトロノームは軽やかに




窓越しに見えるのは、見事なほどに整った城下町の景色。何処を見渡せど、赤レンガの…そう、まるで物語に出てくる様な美しい街並みがマリアの瞳に映りこむ。カインズ家が治めていた領地は、この国の南部にあるところで一言で表せば「田舎」であった。広大な草原に、野生の動物達がのんびりと目の前を歩いている。はっきり言って、何も無いところだった。



「……本当に、来てしまったんだわ…」



広い部屋に、マリアの声が木霊する。淡いブルーの壁に、金色の縁取りの鏡。真っ白なクローゼットと机に椅子、それに本棚。オフホワイトにブルー系で統一された刺繍の入ったカーペット。そして、部屋の真ん中に置かれた黒く、美しいグランドピアノ。カインズ家の屋敷に居た時に与えられていた部屋の3倍はある新しい部屋にマリアはただただ、溜息をつくことしかできなかった。


コンコンとドアを叩く音が響き、マリアは小走りでドアに近づく。マリアが返事をする前に、がちゃりというドアノブを回す音と共に目の前の扉が開いた。


「やぁ、この部屋は気に入ってくれたかな…マリア」

「っ……、お、王子様!は、はいっ…!とても美しく…」

「あはは、そんなに気を負わなくていいよ。楽にしてくれ。今回は、私の無理なお願いを聞いてくれてありがとう…私の事はクランツと呼んでくれ」

「そ、そのようなことは…」



戸惑うマリアに、クランツは後ろ手にドアを閉め、一歩、また一歩とマリアに近づく。王宮から支給された水色のレースがふんだんに使用されたドレスを身につけているマリアの姿は、いつもよりも一段と可愛らしかった。クランツはほほ笑みながらマリアの髪に自らの手を滑らせる。


「クランツと呼んでくれると、嬉しいんだが」

「っ……は、はい……クランツ様」


その行動にマリアは顔を真っ赤にしながら、消えそうなほど小さな声で言葉を発する。それの様子に満足したのか、クランツは右手に持っていた一冊の薄い、しかし豪華な装飾が施された本を手渡す。


「これは……?」

「さっそくだが、マリアにお願いがあるんだ」

「……楽譜、ですか?」

「あぁ、その通りだ。今日から三週間後にこの城で舞踏会が開かれる。そこで、是非…君の演奏を披露してほしい」

「へ!?そ、そんなこと無理です!!王族お抱えの音楽団の方がいらっしゃるではないですかっ!田舎の子爵の娘ごときが…そんな…」


あまりの申し出に、マリアはその美しいスカイブルーの瞳を不安の涙でいっぱいにした。自分は、ピアノが大好きだ。何事にもドジで上手くこなせない自分が嫌で、何でもいいから家族にほめられたい一心で始めたのがピアノだった。何時しか夢中になっていて、たまたま頼まれて出た地方の演奏会で高評価を得た。ただ、それだけなのに。



「頼む、マリア…。私は、君の演奏が、聞きたいんだ」

「っ、でも…私にはそんな能力もございません……ただ、自分の感じるがままに弾いているだけで…」

「それでいいんだ」


黒真珠のような美しい瞳がリアの水色の澄んだ瞳をじっとみつめる。ドキドキと心臓が加速する。彼とカインズ家のお屋敷で初めて出会った時もそうだった。どうしても、この瞳に見つめられると断れない自分がいるのだ。


「っ……わかり、ました」

「ありがとう、マリア」


にっこりと笑うその姿は、今まで何人の御令嬢や王女を虜にしてきたのだろうか。女性であれば誰しもがその笑顔に顔を赤らめるはずだ。もちろん、マリアもその一人だった。無意識に頬の熱が上がるのを感じる。


「マリア、もしよければ…今、何か一曲演奏してくれないか?」

「……え?今、ですか」

「あぁ、君の演奏を思い出しただけで…なんだか、胸が熱くなるんだ」

「っ…そんな、買いかぶりすぎでございます」




ゆっくりと手を引かれ、立派なグランドピアノの前に誘われる。そのピアノには指紋一つついておらず、見事に磨きあげられており、素人目でも決して安ものではないことが伺えるほどだった。

クランツがピアノの蓋を開け、鍵盤の上にあるキーカバーである手触りのよい布を取る。


「っ……凄い…」


マリアの口から思わず感嘆の声が漏れる。見事な白と黒の鍵盤は、まさに職人技というだろう。一見人目を引くようであるが、その中にも気品を保った美しさで演奏者の心を虜にしてしまうようなものを持っている。


気づいたら、惹きこまれる様に椅子に座り、鍵盤に指を滑らせていた。



部屋に響き始めるピアノの音。

最初はゆったりと、そして滑らかに奏でれらる曲は、まるで春の朗らかな景色を思わせるもので。サビに近づくにつれ、テンポは速くなる。それと共にマリアの身体が揺れ、音も大きくなる。それは、物語の開幕を暗示しているかのようだった。マリアの周りには、美しい街並みと青空に羽ばたく多くの鳥達が現れ、音を拾い、また、飛んでゆく。そんな情景が広がっていた。



最後、鍵盤からそっと引くように指を離せば余韻が部屋に充満する。

久々だった。こんなにも心が晴れ晴れとする演奏ができたのは。まるで夢の世界に旅立ったように、心も体も軽い。


無音が暫らく続いたかと思えば、ぱちぱちと手を叩く音がマリアを現実世界に引き戻した。



「……やはり、素晴らしい」

「も、申し訳ございませんっ…私っ、何の断りもなしにいきなり演奏を初めてしまって…」

「いや、とても良い音を聞かせてもらったよ。今日は、疲れただろう。マリアには、アノという侍女をつけるから、何かあったら彼女に言うといい」

「ありがとう、ございます」

「また来るよ、マリア」


ちゅっという軽い音と共に額に降り注ぐ口づけ。

その途端マリアの顔は真っ赤にそまり、今にも煙を上げそうなほどだった。その様子にクランツはくすりと笑いながら、部屋を後にする。


その後、侍女のアノが来るまで、マリアはピアノの椅子に座ったまま放心状態だったという。












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