10:夏の交響曲
10:夏の交響曲
夏の暑さがじわじわと肌を焦がす頃。
マリアは既に一か月に一度のペースで演奏会をこなすようになっていた。
主催は国王陛下や王子、孤児院を運営する女王陛下。はたまた、マリアの演奏に虜になった豪商など様々である。
夏仕様の衣服を着た、アノが今日の予定を読み上げる。
「今日は、お昼までに昨日もらった手紙全てにお目通しお願いいたします」
「はい」
「午後は、次回の演奏会の曲目の練習を」
「はい」
今日も日差しは一段と強い。
パタリ、と扉が閉じた瞬間にマリアは、はぁと大きなため息をついた。
自分の演奏がこんな形で多くの人に認められるなんて思ってもいなかった。
嬉しさ半分、戸惑いが大きいのが現状で。
「………ちょっと、つかれた…かも」
「少しは休むかい?」
「っ……く、くんんんん!?」
「しー…、抜け出してきたんだ」
いきなり後ろからお腹の部分に腕がまわされたかと思えば、一瞬にしてその手はマリアの口を塞ぐ。
耳元に響く、低い声。
首元にかする赤いサラサラとした髪がみょうにくすぐったくって。
「大きな声を出さないなら、離してあげよう」
「ん!」
「本当?」
優しげな問いかけに全力で首を縦に振れば、くすくすと笑い声が聞こえ封じられていた口元が解放される。
振り返れば予想通り、美しい美貌をたずさえた王子の姿があった。
「く、クランツさま」
「やぁ、おはよう。昨日は、母の孤児院で演奏したんだって?」
「はい!…子供たちが、凄くよろこんでくれて…!」
「うん」
「みんな、目をキラキラさせて演奏を聴いてくれるんです」
「それで?」
「いつの間にか、みんな、私のピアノの周りに集まってきちゃって!」
楽しそうに話すマリアの顔をまっすぐにクランツは見つめる。
きっと、他の女性たちが見れば頬を赤く染めるに違いないほど、その視線は柔らかく、穏やかなものだった。
一通り喋り続けたマリアは、はっと目を見開く。
「っす、すみません!!!私、つい…喋りすぎちゃってっ」
「いや…とても楽しかった。マリアは、本当に可愛いね」
「か、かわ?」
「じゃぁ、そろそろ行くよ。口うるさい側近がそろそろ来そうだ」
「え、あ…」
ぽんぽんとマリアの頭を二、三回なでるとクランツはマリアに背を向け扉を開ける。
「あぁ、そうだ、マリア…こっちへ来てくれるかい?」
「?はい、なんでしょうか、クランツさ」
クランツの呼びかけに、小走りで彼のもとへ近づいたとき。
ぐっと背を抱えられ、唇がふさがれる。
「元気になる、おまじない」
にっこりと笑うその笑顔。
「また来るよ、マリア」
扉が閉じる音と共に、マリアは両手で顔を覆う。
今にも顔から火がでそうだ。
「っ……また、不意打ち…」
どくどくと鳴り響く鼓動は、止まることを知らない。
******
美しい木々と、花々が咲き誇る小さな庭園に彼女はひっそりとたたずんでいた。
色素が薄いクリーム色の腰ほどまである髪が、風に吹かれて揺れる。
木陰に立つその姿は、一枚の絵になるほど美しい。
愛おしそうにそのエメラルドの瞳が一本の木を見つめる。
澄んだ声が風に乗る。
何の曲なのかわからない、誰も知らないであろうメロディーをくちずさむ。
「甘い音色は、蜜の味」
「人の心をとらえてやまない、その音色」
「次は、どこをとらえるの?」
「あなたの、気持ち?あなたの心?」
「それとも――――――」
ざわりと、木々が揺れ、そして鳥がはばたく。
「さぁ、おいで」
白く、細い指が木に巻きつく蔦をなぞる。
「はやく、あなたにあいたいわあ」
甘い声が空間を揺らす。
蔦にある棘がずぷりと、指に刺さった。
「あら、困ったわ」
言葉とは裏腹に笑う、その顔は―――――
棘がささり、ぱっくりと切れたその白い指から、真っ赤な液体が流れ出ることはなかった。




