プロローグ 魔物アイドル『月都星奈』
「おまえらー! 盛り上がりが足りてないぞー!!」
ステージを縦横無尽に駆け抜けながら叫ぶ。
満員、それも日本で最も有名な競技館。
照明が瞬き、汗が飛び、鼓動が音楽と混ざる。
客席からの歓声が波のように押し寄せる。
けどまだ足りない。
「そんなんで終わりかー!?」
さらに煽る。
「男どもー!!」
ステージの端まで走り込み、アリーナ席へ身を乗り出す。
地鳴りみたいな低い叫びが押し返してくる。
床が震えた気がした。
「女の子ー! 負けんなー!!」
ぐるりと身体を回し、スタンド席へ指を突きつける。
弾けるような黄色い歓声。
悲鳴に近い高音が天井を突き抜ける。
音が、熱が、渦を巻く。
低音と高音が混ざり合う。
会場がひとつの生き物みたいに一体感を増す。
いいぞ。
まだ終わらせない。
「さいっこうだよ、おまえら!」
とびきりの笑顔を放つと会場が爆発する。
その反応がたまらない。
「今日ここに来てくれたこと
―――人生で最高の思い出にさせてやるからな!!」
思いきり跳躍する。
ふわりと広がる自慢のアイドル衣装。
銀色の髪が視界の端で揺れる。
ライトを浴びた金の瞳に視線が集まる。
客席からさらに歓声が上がる。
「さあ、次の曲いくぞ!」
息を整える暇も与えない。
「これを聴いたらどうするか、わかるよな?」
客席がざわめく。
ニヤリと笑う。
次は会場を巻き込む曲だ。
叫んで、返して、弾ける。
声と声がぶつかって、溶けて、混ざる。
ステージも客席も関係なくなる。
ただ一つの音になる。
ここにいる全員の声を重ねて、巨大な歌に変える。
今夜、この場所を――ひとつにする。
「いくぞ! ―――スペル・オーダー!!」
白い指先を高く掲げる。
合図と同時に、客席から寸分違わぬレスポンスが返る。
揃った響きが天井を震わせる。
これだ。
これがやりたかった。
夢みたいだ。
人前で話すことすら怖かった。
今はこの巨大な空間の中心で一万以上の人を前にして歌っている。
叫んで、跳んで、走って、また歌って。
息が切れても胸が焼けても止まらない。
ああ、楽しい。
嬉しい。
どうしようもなく、幸せだ。
客席の笑顔が光になる。
その光に包まれてまた歌う。
本来なら受け入れられるはずのない存在。
それなのに――
こんなにも、求められている。
なぁ、あの頃のオレ。
そんな場所で悩んでないでさ。
――もったいないだろ。
早く来いよ。
このステージに。
オレはスポットライトの中心で、天を仰ぐ。
喉が裂けるほど叫ぶ。
「ここだ! 待ってるぞ!!」
声は天井を突き破る。
――過去の『月都星奈』に届くように




