第18話 ひとつ、ゲームをしよう
「アタシが提案するゲームに勝てたら、友達になるかどうか……考えてあげてもいいわ」
その言葉に、周囲の視線が一斉に集まった。
訓練をしていた冒険者や兵士たちが動きを止め、二人の方を見る。何人かは止めるべきか迷ったように足を動かしたが、当事者同士のやり取りだと判断し、距離を保ったまま様子をうかがうだけだった。
「……なにをするの?」
マールが真っ直ぐに問い返す。
レティシアは肩をすくめた。
「別に殴り合いをしようってワケじゃないわ。ただの鬼ごっこよ」
そう言って、レティシアは指先で軽く円を描いた。視線はすでに街の方角へ向けられている。
「場所は、このカルデサックの街全体。制限時間は一時間。その間、アタシは逃げる。アンタは追う。ただそれだけよ」
ちらりとマールを見下ろし、口の端を吊り上げた。
「簡単でしょ? アンタがアタシに指先でも触れられたら、アンタの勝ちにしてあげるわ」
一拍置いて、口元をさらに歪める。
「でもアンタが負けたら……二度と、アタシに話しかけないこと。どう? やる?」
挑発的な問いに、マールは少しも迷わなかった。
「うん、もちろん!」
その即答に、レティシアが眉をひそめる。
(この子、本気でアタシに勝てるとでも思ってるわけ? 本物の馬鹿なのかしら)
「……じゃあ、今からスタートよ」
次の瞬間、レティシアが地を蹴った。衝撃音を残して、赤い影が一気に距離を取った。
「ほらほら、どうしたの? さっさと追いかけないと見失うわよ?」
振り返りもせず、挑発的な声だけが飛んでくる。
マールは慌てて地を蹴った。
だが、速度がまるで違う。視界の端に捉えたと思った次の瞬間には、もう遠い。
(……はやい……)
それでも、止まらない。
角を曲がり、路地を抜け、マールは必死に結界を張り直しながら追いすがる。
「意外としつこいわね!」
思わず零れた声には、苛立ちが混じっていた。
(なんなのよ、この子……)
ただの鬼ごっこ。そう割り切ったはずなのに、背後から伝わってくる気配が消えない。足も決して速くはない。それでも、諦める気配だけがまるでない。
(どうして……アタシなんかと、仲良くなりたいのよ)
理解できなかった。
強さを求めるなら、一人でいればいい。
誰かと並べば、必ず遅れが生じる。守るものが増えれば、判断は鈍る。
それなのに、あの子は――。
(弱いくせに。何も分かってない顔して……)
苛立ちを振り払うように、レティシアは振り返り、短く息を吐いた。
次の瞬間、細く絞られた氷のブレスが地面を走る。逃げ道を断つように凍結が広がり、デコボコな氷の岩肌となって、マールの進路を塞いだ。
「っ……!」
反射的に足へ結界を展開させる。そのまま氷の障害物跳び越えようとした瞬間、足裏がわずかに滑った。
「――あ」
足裏が空を切った感覚が遅れてきた。
(すべる……)
そう理解したときには、もう身体は前に投げ出されていた。視界が回り、次の瞬間地面に叩きつけられる。
頬に、肘に、膝に。
鈍い衝撃が走り、遅れてじんわりとした痛みが広がった。
(……いたい)
息が詰まり、喉の奥がひくりと鳴る。
身体を起こそうとして、手のひらにべっとりとした感触が伝わった。
泥。
見下ろした自分の手も、服の裾も、すっかり汚れている。
そのとき、少し離れた場所から声が落ちてきた。
「……あはは、なにそのひっどい顔」
レティシアの、軽い笑い声。
「もう諦めたら?」
その言葉が届いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
周囲で誰かが動く気配がする。駆け寄ろうとする足音が、いくつも重なる。
――でも。
「だいじょうぶ!」
マールは、思ったよりも大きな声を出していた。
痛い。
膝も、手も、たぶん顔も。
それでも。
(……まだ)
歯を食いしばり、地面に手をつく。
震える脚に力を込めて、ゆっくりと身体を起こした。
立ち上がるたびに、擦りむいた場所がひりりと主張する。けれど、視線だけは前から逸らさない。
「まだ……マール、負けてない!」
声は少し掠れていたが、はっきりしていた。
レティシアは、その様子を見て足を止める。
(どうして、そこまで……)
転んだことでも、汚れたことでもない。
痛みを抱えたまま立ち上がる、その一連の動きを。
レティシアは、初めてマールのことを意識して見ていた。




