第17話 抑えきれない気持ち
ギルドに併設された屋外訓練場は、昼下がりでも独特の緊張感に包まれていた。土を踏み固めただけの簡素な演習区画。普段なら冒険者や傭兵が入り乱れ、武器の音や掛け声が飛び交う場所だ。
――だが今日に限っては、その一角が妙に空いていた。
「おい、例のレティシア様が訓練しているらしいぞ!」
「マジか! 見に行ってみようぜ!」
だが誰も話しかけようとはしない。正確には、近づけない空気がそこにあった。
赤い閃光が、地面を裂くように走る。
小さな影が地を蹴った瞬間、爆ぜるような衝撃音が遅れて響いた。幼い体からは想像できない踏み込み。脚部だけが瞬間的に龍化し、地面に爪痕を残して加速する。
次の瞬間には間合いは消え、手甲に包まれた拳が、木製の標的を正面から打ち抜いた。
それだけでは止まらない。
振り向きざま、レティシアは息を吸い――小さく、しかし鋭い吐息とともに、 指向性を絞り込んだ灼熱のブレスを放った。
赤熱した空気が一直線に走り、次の標的に小さな穴を空けた 広がらない。散らない。撃ち抜くためだけの炎。年齢は幼い。だが、動きはベテランですら舌を巻く域にある。
「……はや……」
少し離れた場所で、マールはその光景をじっと見つめていた。
怖さはない。
圧倒されてもいない。
ただ、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(すごい……)
一つ一つの動き。迷いのなさ。何が起きても己の拳で打開できると言わんばかりの自信。
マールは、無意識のうちに一歩、前へ出ていた。そして――小さく息を吸い込み、意を決して赤髪の少女に声をかける。
「……あの」
自分でも分かるほど、声は小さい。
それでも、確かに届いた。
レティシアの動きが止まる。
ほんの一瞬。
「誰?」
視線は鋭い。
けれど、マールを威圧するためのものではなく、ただ“価値があるかどうか”を測る目だった。
「あ~、はいはい。誰かと思えば、この前レグルスと一緒に居たチビじゃない。なに? 今忙しいんだけど」
突き放すような言葉。
視線をマールに向けたのは一瞬だけで、今度はシャドーボクシングを始めた。
だが、マールは下がらない。
少しだけ背筋を伸ばし、はっきりと言った。
「……あの、戦い方がすごいなって、思って」
「アタシが凄いなんて当り前じゃない。そんなこと言われても、困るんだけど」
その態度に、マールは少しだけ考え、続けた。
「マール……レティシアちゃんと仲良くなりたくて」
今度こそ。
レティシアの動きが、はっきりと止まった。
ゆっくりと振り返り、マールを見た。
「……は?」
その目には、苛立ちと――ほんのわずかな戸惑い。
「嫌よ。弱っちいアンタなんかとつるんだって、何の意味もないじゃない。むしろアタシの鍛錬の邪魔になるわ」
「……ともだち、なると……よわく、なるの?」
「当たり前でしょ? 守るものが増える。感情が増える。判断が鈍る。足を引っ張られる可能性だってある」
一歩、前に出る。
「だからアタシはね、一人で強くなるって決めてるの。誰かに合わせたり、守ったりするために力を使うつもりはない」
きっぱりとした言葉。
そこには迷いがなかった。
マールは、すぐには返事をしなかった。
小さな指を胸の前で絡め、しばらく考える。
周囲のざわめきも、レティシアの鋭い視線も、気にしていない。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「でも……マール」
一拍。
「みんなと一緒に……つよくなりたい。ひとりじゃなくても……つよく、なれると……思う」
その言葉に、周囲が静まり返る。
説得でも、反論でもない。
ただの、願い。
レティシアは、思わず鼻で笑った。
「……はぁ」
額に手を当て、心底呆れたように息を吐く。
「別に良いんじゃない? アンタがそう思いたければ、勝手にそう信じていれば。でもね、その考えをアタシに強制するのだけはやめてくんない?」
その目には、先ほどまでの即断の拒絶とは違う色が混じっていた。だが、マールが諦めて引く様子はない。
(――ちっ、しつこい奴。こういうおバカなタイプは、身をもって理解させないと諦めてくれないのよね……)
「……いいわ」
ふっと、挑発的な笑みを浮かべる。
「じゃあ、こうしましょ」
人差し指で、くいっとマールを指す。
「アタシが提案するゲームに勝てたら、友達になるかどうか……考えてあげてもいいわ」




