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第15話 新たな幼女レティシア登場


 受付の女性は、まだ上機嫌の余韻を残したまま書類をまとめており、その視線は折に触れて、名残惜しそうにマールの方へと滑っていた。


「約束ですからね。絶対ですよ」


 念を押すような声に、マールは少しだけ照れたように、小さく頷く。


「……うん」


 そのときだった。


 ――バン!


 ギルドの扉が、乱暴な音を立てて開く。

 ざわめきが、一瞬で止んだ。



 現れたのは、ひとりの幼女だった。


 年の頃は、マールとそう変わらない。

 だが、纏っているものがまるで違う。


 高級素材の軽装鎧。

 魔力加工が施された装備品。

 どれも実用性と格式を兼ね備え、無駄がない。


 靴底には、土汚れ一つ付いていなかった。

 まるで戦場など歩いていないかのような清潔さ。


 額には、小さな角。

 その背後には、はっきりと感じ取れる――龍の気配。


 そして、ギルドの外。

 扉の向こうには、無造作に積み上げられたポイズンフロッグの死体の山が見えていた。


 十体以上。

 どれも急所を正確に貫かれ、一撃で仕留められた痕跡。



「……おい、あれ」

「龍帝国の……」


 誰も、その名を口にしない。

 だが全員が理解した。


 ――格が違う。



 幼女は周囲を一瞥する。

 そこに映るのは、興味とも侮蔑ともつかない無関心。


 そして、まっすぐ受付へと向かった。

 列など、最初から存在しないかのように。

 ずかずかと歩き、割り込む。


 その拍子に――


「あ……」


 受付前にいたマールの肩が押され、身体がよろけた。

 小さな体が、床に崩れる。


 一瞬。

 ギルドの空気が、凍りついた。


 次の瞬間、レグルスが一歩前に出る。

 低く、抑えた声。


「おい、気をつけろ。集会所でのゴタゴタはご法度だぞ」


 だが、幼女の尊大な態度は変わらない。

 ちらりとマールを見下ろし――炎のように真っ赤な長髪をかきあげながら鼻で笑った。


「ふん。チビ過ぎて視界に入らなかっただけよ」


 レグルスの気配が、鋭くなる。その場の全員が「お前だってチビだろ!」と内心で思っているが、誰もそれを口にはしない。



 だがその直後。

 幼女は、面白いものでも見つけたかのように目を細めた。


「って、誰かと思えばレグルスじゃない」


 何倍も年の離れた男の名を、当然のように呼ぶ。


「アンタのことは、パパから聞いてるわ。実力は認めてるって」


 一拍。


「……過去に何かあったみたいだけど、こんなところで燻ってるなんて、がっかりね」


 周囲が、息を呑む。

 かつてレグルスが所属していたのは、王国の軍だ。退役軍人をどうにかできるのは、軍でもかなりの上層か、それ以上の――。


 レグルスは、表情を変えない。



「……俺は、今の立場で十分だ」


 幼女は肩をすくめる。


「ふーん。まあいいわ」


 それだけ言うと、幼女は受付から報酬を受け取り、踵を返した。



 小さな背中が扉の向こうへ消える。

 それを合図にしたように、止まっていた声が戻り、ギルドの中にざわめきが広がった。


「……なんだ、今の」

「見たか? あのポイズンフロッグの数……」


 抑えた声が、周囲から漏れてくる。

 レグルスは短く息を吐き、マールの肩にそっと手を置いた。



「大丈夫か」


 マールはこくんと頷く。転ばされたことも、言われた言葉も、特に気にしている様子はなかった。


 一行はギルド内の一角へ移動した。レグルス隊の面々が自然と集まり、マールもその輪の中に座らせる。最初に口を開いたのは、レグルスだった。


「……さっきの子だけどな」


 声を落とし、続ける。


「名前はレティシアといって……実は龍帝国を治める“龍帝”の末娘なんだ」


 アッポロが腕を組む。

「純血に近い高位龍人だ」


 ドクペインが淡々と補足する。

「最近このカルデサックの街にやってきたようですが、ベテランでも対処が難しい魔獣を、単独で制圧しています」


 マールは黙って話を聞いていた。

 膝の上で手を重ね、視線を上げたまま耳を傾けている。


 フリッツが短く言った。

「だけど、性格に難があるんすよねぇ」


 ドクペインは事実を並べる。

「龍人は実力至上主義。つまり強ければ何を言っても許される。結果、レティシア様はどんどんと我儘な子に……」


 一瞬、沈黙が落ちた。


 レグルスが低い声で告げる。

「そういうわけで、もし見かけてもマールはあまり関わらない方がいいだろう」


 マールは、その言葉にも反応を示さなかった。しばらく何かを考えていたようだったが、ぽつりと口を開いた。



「……すごい」


 全員の視線が集まった。


 マールは、少しだけ視線を落とす。

 床を見つめたまま、ゆっくりと言葉を選んだ。


「あんなに、たくさん……ひとりで、たおした」


 それは結果ではなく、そこへ至る過程を思い浮かべての言葉だった。


(きっと……いっぱい、頑張ったんだ。誰かに、言われたからじゃなくて……だからあんなに、自信満々でいられる)


 小さな拳が、膝の上でぎゅっと握られる。


「マールと同い年なのに、自分で決めて、自分の足で……進んでる」


 顔を上げる。

 その瞳には、怯えはなかった。



「マール……ああいうの、できない。いつも……ながされて、いわれたとおりで……」


 一拍置いて、はっきりと続けた。


「だから……あんなふうに、つよくなりたい」


 少し照れたように、でも誤魔化さずに笑う。

 新たな目標をみつけた幼女を見て、周囲の隊員たちは互いに顔を見合わせた。


「あぁ、なれるさ。マールなら」

「ほんとに? ばばーんって、ポイズンフロッグも倒せる?」

「うーん、同じようには無理かもだが、結界をもっとうまく使えるようになったらできるかもな?」


 そんな会話を交わすレグルスとマール。はたから見たら完全に親子である。集会所にいる他の傭兵隊が物珍しそうな目で眺めているが、当の本人たちは気づいていない。



「それと……マール、あの子と友達に、なりたい」


 その場の空気が止まった。

 フリッツが額を押さえる。


「……マジか? さっきあんなことされて、仲良くなりたいと思えるか普通?」


 ドクペインは小さく息を吐いた。


「そういえばこの子も大概、変でしたねそういえば」


 レグルスだけが、マールを見ていた。彼女の中にあるのが、負の感情ではないことを、すぐに理解した。


 他人に与えられた力ではなく、自分で選び、積み重ねてきた強さへの憧れ。だからこそ、レティシアの強さの根源を知りたい。それが友達になりたい理由の一つなのだろう。



(また、会えるかな?)


 ギルドのざわめきの中、マールはもう一度、扉の方を見る。


 そこにレティシアの姿はない。

 だが彼女との縁がこれきりだとは、どうしても思えないマールなのであった。




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