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第11話 特別訓練のお時間です。


 翌朝。街外れの空地には、またしても“ちいさな修行者”の姿があった。


 マールは両手を胸の前で軽く組み、深呼吸を一つ。紫がかった髪が朝風にふわりと揺れる。


(……きょうも、がんばる……!)


 昨日、初めて結界を成功させた。レグルスたちが驚くほどきれいな結界だったけれど──あれは“平常時に時間をかけて張れた非実用的な産物”でもあった。


 だからこそ、今日は“実用的な結界”を目指すための訓練だ。



 ◆


「さて……まずは実験の時間です、マール」


 気だるげな声とともに、黒衣の青年──ドクペインが登場した。手には怪しげに光る小瓶が数本。


「これを飲んでください。魔力の流れを可視化する薬です」

「の、のむの……?」

「大丈夫ですよ。死にません。……たぶん」

「たぶん!?!?」


 フリッツがすかさずツッコむ。


「おい脅かすな!! マールが怯えてんだろ!!」


 だが当のマールは、逆にコクリと頷いた。


「……のむ」

「えっ、飲むの!?」


 マールが覚悟を決めて薬を口に含むと──身体の周囲にふわっと紫色の光が浮かび上がった。毛細血管のように細かい魔力の流れがゆっくり巡り、外からでもはっきりと視認できる。


「ふむ……面白い魔力回路ですね」


 ドクペインが目を輝かせ、マールの周囲をぐるぐる回る。


「感情変動で魔力が乱れやすい。特に“緊張”が強いと結界が薄くなりますね」

「き、緊張……」

「あと……驚くと魔力が跳ねて制御不能になりやすいです。そのあたりを改善していきましょう」


 ドクペインがさらりと言った瞬間──



「じゃあ、次は俺の出番っすね」


 フリッツがマールの背後からぬっと現れた。


「ひゃっ!?!?」

「はい結界!! 驚いたらすぐ張る!!」


 マールが慌てて指を組むような仕草をした瞬間、薄い膜がふわりと展開……したが、さっきよりずいぶん薄い。


「弱い弱い、そんなのじゃ森で即死っすよ」

「し、しぬのはやだ……!」

「じゃあ何度でもやるぞ。はい、次──」


 ぱんっ! と手を鳴らしたり、物影から急に声を出したり、遠くから木の枝を投げてみたり(当てはしない)。


「ひゃっ……!」

「は、はい結界!!」

「ひぃ……!?」

「ほら結界!!」


 数時間後。

 少々過酷な不意打ち訓練のおかげで、マールはフリッツの顔を見ただけで結界を張れるようになった。



「なんだか思ってた成果と違うんすけど……」

「じゃあ、次は耐久テストいくぞ」


 大きな影が近づく。アッポロだ。

 巨体を揺らしながら、マールの結界の前に立った。


「お、お手柔らかに……?」

「いや……俺、加減できないんだよなぁ……」

「できないのかい!!」


 フリッツの鋭いツッコミが飛ぶ。


 アッポロが軽く拳を構え──ほんの“軽い”打撃を結界へ落とす。


 どんっ!!

 地面が揺れた。


「きゃっ……!!」


 膜がぐらりと波打ち、辛うじて形を保った。


「アッポロ……お前マールを殺す気か!?」

「お、おう……でも……」


 アッポロが後頭部を掻きながら視線をそらす。


 そんな中──。

 マールが、おそるおそる手を挙げた。


「……あの……もう一回お願いします!」


 アッポロが固まった。


「……お前、すげぇな。怖くないのか?」


 その言葉には、純粋な尊敬がにじんでいた。



 彼らの様子を、レグルスは少し離れた場所で見守っていた。腕を組み、金の瞳を細める。


(昨日より……ずっと成長している。いささか成長が早すぎる気もするが……)


 嬉しさと、保護者としての心配が入り混じった複雑な表情。レグルスは静かに歩み出た。地面に落ちていた細い枝を拾い、軽く指先で回す。


「アッポロ、交代だ。俺が相手する」


 その声に、マールの背筋がぴんと伸びる。反射的に“気をつけ”の姿勢になるのが、なんとも健気だった。



 フリッツがひそひそ声で言う。


「いやあれ……自分だけ仲間外れにされるのが嫌なだけっすよね?」

「隊長、分かりやす過ぎ……」

「さっきからずっとソワソワしていましたしね」


 アッポロとドクペインも小声で同意する。


 そんな三人の視線をよそに、レグルスの集中はマール一点に向けられていた。


「いくぞ、マール……構えろ」

「……う、うん!」


 レグルスが枝を軽く振った──ただし本当に“軽く”。

 すぐに結界が展開し、枝先はふわりと弾かれる。


「いい反応だ」


 低く褒める声。

 その瞬間、マールの顔がぱっと明るくなった。


「……すごいって、おじさんに言ってもらえた! おじさんも、かっこ良かったよ!」


 その無邪気な喜びに、レグルスの耳がかすかに赤く染まる。


「……別に、大したことではない」


 そっぽを向きながら言うが、耳だけは誤魔化せていなかった。


「隊長……耳、赤いっすよ」

「言うな」


 フリッツがぼそりと言い、レグルスが無言で睨む。アッポロは肩を震わせ、ドクペインは横を向いて笑いをこらえていた。



 ◆


 そんな実戦形式の練習を数日こなすと、マールの結界は見違えるほど安定していた。


 驚かされても、転びかけても、足元に蛇が通っても(※ドクペインが放した)結界は乱れない。


「……これはもう完璧に近いですね」

 ドクペインが満足げに腕を組む。


「よくここまで来たな」

 珍しくフリッツも褒めた。声がやわらかい。


「ちび……すげぇぞ!!」

 アッポロは両手をぶんぶん振って大喜びだ。マールは、はにかむように笑って……すぐ、レグルスの方を見る。



「レグルスおじさん……どう、かな……?」


 レグルスは腕を組んだまま、少しだけ目を細めた。


「……この程度なら、浅い森なら問題ない」


 その言葉が落ちた瞬間、マールの瞳がぱあっと輝いた。


(これで……また森に行ける……?)


 胸の奥がじんわり温かくなり、自然と口元が綻ぶ。



「油断はするな……魔獣討伐はまだ早い。採取依頼で徐々に慣らしていくぞ」


 レグルスの条件は厳しいようでいて、マールにとって十分すぎるほど嬉しいものだった。


 もう“守られるだけの子供”ではいたくなかった。


(もっともっと努力して、おじさんたちをマールが守れるようになる……!)


 この日、マールは隊の一員として、自分の足で前に進む幼女へと成長した。



 ◆


 その頃。

 魔の森の奥深く──。


 眠っていた“何か”が目を開く。巨大な木々がざわりと震え、森の底で不穏な魔力が脈打った。


 ギルドにこんな噂が流れ始めていた。


「最近、魔獣が妙に活発らしい」

「浅層にまで強いのが出始めてるってよ」


 誰もまだ知らない。

 幼い少女の芽生えが、世界の均衡をそっと揺らし始めていることを──。



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