ラジオアプリで語られる元カノの真実!10数年前の熱い思いが彼の心に蘇る
藤村誠は、平凡なサラリーマン。毎日同じような日々を送っていた。仕事は順調だったが、特に大きな目標もなく、心のどこかにぽっかりと空いた隙間を感じていた。
一人暮らしの部屋で、唯一の癒しはラジオアプリ「Radio Link」。リスナーが投稿したエピソードをDJが読み上げてくれるのが特徴で、誠は毎晩それを聴くのが日課だった。
その夜も、いつものように部屋でアプリを起動する。軽快なDJの声が夜の静寂を和らげるように響いた。
「さて、今日も始まりました! リスナーさんの思い出やエピソードを紹介する人気コーナー、『ラジオリンク・メモリーズ』の時間です」
DJは続けて言う。
「今日ご紹介するのは、ハンドルネーム『ミルクティー』さんからのメッセージです。さてさて、どんなお話なんでしょうか?」
何気なく耳を傾けていた誠の心は、その瞬間、なぜか引き寄せられるような感覚を覚えた。
「高校時代に一度だけ付き合った恋人のことを、ふと思い出しました」
そのひと言が誠の耳を強く引きつける。
「当時、私は彼の進学を邪魔したくなくて、自分から別れを選んだんです」
ミルクティーの語る内容に、誠は自然とラジオに集中する。
「あの時はそれが正しいと思っていたけれど、今でも本当にそれで良かったのかと思うことがあります」
その言葉に、胸が締め付けられるような思いがした。具体的な名前や場所は出てこなかったが、妙に引っかかる。誠自身が高校時代に付き合っていた清水洋子の記憶がふいに蘇ったからだ。
洋子は大学生の時、家庭の事情で突然引っ越してしまい、友人にも連絡先を残さず姿を消した。両親の海外赴任が理由だったらしい。どこへ行ったのかもわからないまま、誠はその思い出を胸の奥にしまい込んでいた。
そして、ラジオの次の言葉が決定的な印象を残す。
「お正月、初詣の帰りに彼と立ち寄ったゲームセンターで、私が『あれ、ほしいな』って言ったぬいぐるみを、彼がお年玉を全部使って取ってくれたんです」
その瞬間、誠の記憶が一気に鮮明になった。10年以上前の自分と洋子の姿――初詣の帰りにゲームセンターで必死にぬいぐるみを取ったあのときの情景だ。洋子がぬいぐるみを抱え、嬉しそうに笑っていた。その思い出は、誠が高校時代に味わった幸せの象徴でもあった。
「これは偶然なのか、それとも……」
翌日、仕事中も誠の頭からはミルクティーの投稿が離れなかった。書類に集中しようとしても、ふとラジオの言葉がよみがえる。仕事が終わる頃には、「確かめたい」という思いがますます強くなっていた。
家に帰り着くと、誠はいつものようにラジオアプリを開く。だが、その夜はミルクティーからの新しいメッセージは読まれず、少し失望を覚えながらも、誠の胸にはある考えが浮かぶ。
「自分から送るべきなのか……。でも、もしこれがただの偶然だったら……」
スマートフォンを握りしめて、アプリの投稿画面を開いてみる。けれど、いざメッセージを書こうとすると手が止まった。
「送ったとして、どうなる? もし読まれて、彼女じゃなかったら……」
何もしなかったら、きっと後悔してしまう――そう思うと、少しずつ勇気が湧いてきた。
「もし本当に彼女だったら、こんなチャンス、もう二度とないかもしれない」
意を決した誠はゆっくりと文章を打ち始める。
「高校時代の恋人の思い出、とても素敵でした。僕にも似たような経験があります。お正月にぬいぐるみを取るためにお年玉を全部使ったことがあります。その相手が今も幸せであることを願っています」
メッセージを書き終えると、誠はしばらく画面を見つめたまま固まっていたが、やがて思い切って送信ボタンを押した。期待と不安が交錯する中、そのまま目を閉じる。
翌日、仕事中も誠の心は落ち着かなかった。自分のメッセージが本当に読まれるのか、あるいは何も反応がないのか。会議の合間も、ふとした瞬間にラジオのことを考えてしまう。
夜になり、いつものようにラジオをつけると、DJの元気な声が飛び込んできた。
「さて、今日もたくさんのメッセージをいただいています! それでは、『ラジオリンク・メモリーズ』のコーナー、始めていきましょう!」
誠はいつになく緊張した面持ちでスピーカーに耳を傾ける。
「今日ご紹介するのは、昨日の『ミルクティー』さんの投稿に反応してくれた方からのメッセージです!」
その言葉に、誠の胸がドキリと高鳴る。
「『高校時代の恋人の思い出、とても素敵な投稿でした。僕にも似たような経験があります。お正月にぬいぐるみを取るためにお年玉を全部使ったことがあります。その相手が今も幸せであることを願っています』」
自分のメッセージがラジオを通して読まれている。誠は息をのんだ。
「いやぁ、素敵な話ですね! これ、偶然なんでしょうか。それとも何か運命的なつながりがあるのかもしれませんね。ミルクティーさん、もしこれを聞いていたら、ぜひまたメッセージを送ってください!」
DJの呼びかけに、誠は少しだけ胸の奥に希望が芽生えた。自分の気持ちが、もしかしたら彼女に届くかもしれない――そう思うと、不思議と心が弾む。
翌日も、誠は仕事をしていても落ち着かない。彼女から何らかの返事があるのだろうか。昼休みが近づくたびに、ちらりと時計を見てはため息をつく。
そして夜、家に帰るなり、ラジオを起動する。いつもなら心地よい音楽がBGMになってくつろげるのに、今日は緊張で手汗がにじむほどだ。
「さて、本日もたくさんのメッセージが届いています。その中から……『ミルクティー』さんからのメッセージが届いています!」
DJの声がはずむ。瞬間、誠の心臓は大きく跳ね上がる。
「『昨日の投稿を聞いて驚きました。似たような思い出を持つ方がいるなんて……』」
読み上げられる声に耳を澄ます。
「『もしそれが本当にあの時の彼なら、ぬいぐるみを取ってくれたこと、本当にありがとう。あの時の思い出は、私にとって今でも特別なものです』」
この言葉に、誠は胸が熱くなるのを感じた。これは偶然なんかじゃない。本当に洋子なのかもしれない――
ラジオのDJも興奮した様子でコメントを続ける。
「これ、本当に素敵なお話ですよね。リスナーのみなさん、どう思いますか? これは偶然じゃない気がしますよ!」
誠の頭の中は、彼女の返事でいっぱいだった。夜、ベッドに入った後も、興奮して眠れそうにない。次こそちゃんと伝えたい。そう思いながら、またスマートフォンを手に取るが、送信ボタンを押すのは少し勇気がいる。
「もし彼女じゃなかったら……」
不安がよぎる一方、「こんな奇跡、逃したくない」とも思う。そんな葛藤の中で、DJの声が頭の中でリフレインする。
「こんな偶然が、ただの偶然で終わるわけがないですよね!」
その言葉に背中を押されるように、誠は再びアプリを開き、メッセージを書いた。
翌日のラジオ放送では、再び誠のメッセージが読み上げられる。
「みなさん、昨日のやり取りに対する反応がまた届いています! 熱いですよ、これは。聞いてくださいね」
DJが読み上げたのは、誠のまっすぐな想いだった。
「『もし昨日の投稿が本当にあの人なら……。あの日、僕が最後に見たのは、ぬいぐるみを抱えて嬉しそうに笑う君の姿でした。それが僕の中で、今も変わらない宝物です。もう一度、その笑顔に会えるなら、これ以上の幸せはありません』」
自分の言葉がラジオを通して流れるのを聴き、誠は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。DJも応援するように声を弾ませる。
「こんなに素直な想いを伝えられる人、素敵ですよね。ミルクティーさん、どうかこの言葉に応えてください! 私も、リスナーのみなさんも、このメッセージが届くことを願っています!」
誠はその夜、深く息をつきながらスマートフォンを置く。彼女からの返信が来るかもしれない、そう思うと不安と期待が入り混じって落ち着かない。
仕事中も、ふとした瞬間に洋子との思い出がよみがえってくる。10年以上前、高校二年の春に隣の席になった明るい女の子――清水洋子。すぐに打ち解けて、一緒にいるのが当たり前になった。笑顔で「コーヒー苦いね」と言っていた初デート、ゲームセンターで取ったぬいぐるみ……すべてが鮮やかに蘇る。
だが、高校三年の春、洋子は突然別れを切り出した。「好きな人ができたの」と言われ、誠は何も言えなかった。あれが彼女なりの優しさだったとは、今になってようやく知ることになる。
「洋子……俺が知らなかっただけで、君はあの時、俺以上に苦しかったんだよな」
誠は思わず涙をこぼしてしまう。気づいてやれなかった後悔が、胸の中を締めつける。
それから数日、誠は毎晩ラジオをつけ、洋子からの返事を待ち続けたが、新しいメッセージは届かなかった。期待と不安が絡み合い、何も手につかない日々。それでもラジオをつけるたびに、小さな希望が灯り続ける。
「洋子……本当に君に届いているんだろうか……」
そう呟いた六日目の夜、ラジオから待ち焦がれた言葉が流れた。
「お待たせしました! ミルクティーさんからのお返事が届いています!」
誠の胸が大きく高鳴る。
「『あなたが本当にあの時の彼なら、たくさんの素敵な思い出をありがとう。そして、これからの人生が幸せでありますように――心からそう願っています』」
まるで、お礼と同時にそっと距離を置かれたような、そんな印象のメッセージだった。誠は思わず視線を落とす。
「これが……彼女の答えなのか」
しかし、DJは続ける。
「おーっと、これは投稿者さん、ちょっと落ち込むかもしれないですね。でも、皆さん、このメッセージには優しさが溢れていますよね。まだ話し足りない気持ちがあるような、そんなニュアンスを感じます」
DJの言葉が、沈みかけた誠の心をもう一度奮い立たせる。
「人はね、誰かを本当に大切に思うとき、すぐには踏み込めないこともある。でも、その一歩を踏み出す勇気が未来を変えることもあるんです。投稿者さん、僕たちリスナーもあなたの勇気を応援していますよ」
誠は目を閉じ、胸の中に小さく残っていた火が再び大きく燃え上がるのを感じた。
「まだだ……俺の気持ちは、まだ伝えきれていない」
そう呟くと、誠はスマートフォンを手に再びアプリの投稿画面を開く。そして、自分の正直な想いを打ち込んだ。
「洋子。君の言葉を聞いて、胸が熱くなった。そして、どうしても伝えたいことがある。10年以上経った今でも、あの日の君の笑顔が忘れられない。君がいてくれたから、あの頃の俺はどれだけ救われたかわからない」
「君に『ありがとう』と言われて胸がいっぱいになった。でも、それだけじゃ終われない。俺は、もう一度、君に直接『ありがとう』と言いたいんだ。初めて二人で行った喫茶店で、同じ日、同じ時間に待っています。君が来てくれるなら、俺は全てを伝える覚悟がある」
誠は送信ボタンを押して深く息をつく。その喫茶店に初めて行ったのは、10年以上前の一月の第二日曜日。そして、それがちょうど今週の日曜日にあたることを彼は知っていた。
翌日のラジオでは、またも誠のメッセージが紹介される。
「みなさん、また熱い投稿が来ていますよ! これは本当にドラマチックな展開です。聞いてくださいね」
誠の思いがDJの口を通じて流れると、リスナーに向けて彼は言葉を続けた。
「これ、本当にまっすぐな気持ちですよね。ミルクティーさん、どうかこのメッセージを受け止めてください。こんなに真剣な想いが伝わる機会なんて、人生でそう何度もないはずです!」
「みなさん、僕たちもこの二人を全力で応援しましょう! もしかしたら奇跡が起きるかもしれない。二人が再び繋がることを、みんなで一緒に願いましょう!」
誠はその言葉を聞きながら、心の中で静かに呟いた。
「洋子、どうか、君が来てくれることを信じている……」
そして、ついに日曜日。誠は10年以上ぶりに、思い出の喫茶店を訪れる。ドアを開けると、懐かしいベルの音と、あの頃と変わらないコーヒーの香りが広がった。二人で座った窓際の席に腰を下ろすと、胸の高鳴りが抑えきれない。
「洋子、君は本当に来てくれるのか……」
そう思いながら、何度も入り口に視線をやる。時計の針が約束の時間を示しても、ドアは静かに閉じたままだった。少しずつ、不安が大きくなる。
――しかし、そのとき。店内にドアベルの音が響く。誠は反射的に顔を上げた。
そこに立っていたのは、10年以上の歳月を越えた懐かしい姿だった。
「……久しぶり」
短い言葉に、店内のすべての音が消えたように感じる。彼女の瞳は少し恥ずかしそうで、それでもどこか安堵の色が見えた。微かに浮かぶ笑みが、当時の面影をそのまま映し出している。
「洋子……」
誠はそれ以上の言葉を口にできない。ただ、胸の奥からあふれる感情を抑えきれず、目の前にいる彼女を見つめるだけだった。
10年以上の時を越えて、今、二人の距離が再びつながる――そんな瞬間が、喫茶店の静かな空気の中でゆっくりと始まろうとしていた。