第8話 天才錬金術師、王都の外へ行く
アルカディアにとって衝撃的だった日から数ヶ月が経っていた。
街へは自由に出かけられることになったが、門限が設定され午後4時までに帰宅することを約束させられた。
そして、あくる日、アルカディアは街に出かけガルシアの工房へ向かっていた。
ガルシアの下へは週に2、3日のペースで行っておりそれなりに稼がせてもらっている。
ちなみに、リーゼはアルカディアがお小遣いを稼いでいることをまだ知らない。
ガルシアの工房へ着くと、慣れた感じで中へ入っていく。
「ガルシアさーん、来ましたよー」
奥の工房へ行くと、見知った顔があった。
「あれ、サリバさん。お久しぶりです」
「おう、久しぶりだな」
「あ、もしかして遂に錬装籠手を譲ろうという気になったんですか?」
「なわけねえだろ。ま、お前に用があるのは確かだが」
?マークを浮かべるアルカディアにサリバは言う。
「……俺の仕事に着いて来ねえか?」
「仕事ですか、そう言えばサリバさんの仕事って……前は外用、とか何とか言ってた気が……」
「ああ、そういやお前には言ってなかったな。まあ聞けよ、『王国錬金術師』の資格を取ったやつの先は二つある。一つは国に仕えることだ、騎士団や貴族共の兵団に所属することだな。そんで、もう一つが民間からの依頼を斡旋してもらって仕事する。国とは別で錬金術師ギルドっつうもんがあってな、ここに籍を置けば自由に依頼が受けられる。俺は国の狗になるのはごめんだからな、こっちを選んだんだ」
騎士団や貴族の兵団の他にも、生産系――つまり工房を開くという道もある。
騎士団とは一般的には国が保持する軍隊のことで、多くの分隊に分けられている。
アルカディアの父、ブライトのように貴族の兵団の場合、国が強制しない限りは動くことはない。あくまでも、貴族の私領を守るために存在している。
錬金術師ギルドは民間の軍隊のようなもので、騎士団から溢れた依頼なんかを請け負っている。
ギルドは国の影響下にはなく、有事の際駆り出されることはない。
だが、ギルド経由で依頼を受けた者は国の指揮下に入ることもある。自由を好む者はギルドへ身を置くことが多い。
サリバからの提案を聞いたアルカディアは少し考え込む仕草を見せているが、心の内はほぼ決まっていた。
「わかりました、行かせてもらいます。それで、仕事って何をするんですか?」
アルカディアからの質問に顔をニヤつかせるサリバは、こう言った。
「――野盗退治だ」
◇◇◇
王都シェルフォリアを囲む巨大な城壁には、出入口となる門が4つある。四方にそれぞれ一つあり、毎日多くの人間が出入りしている。
その中でも一番多いのは商人である。王都は巨大なマーケットなので、多くの品が持ち寄られている。
商隊には基本護衛がつくが、それでも商隊を襲う野盗達は後を絶たない。
『王国錬金術師』の資格を取れず落ちぶれた者達の末路はそういったものに成り果てる。
飛竜出現により商隊の数が減ったことから、野盗の数も減ったが、つい先日国から派遣された討伐隊により飛竜が討伐され、以前よりも増して活発になり出したのだ。
サリバと共に街を歩くアルカディアは、王都の外へ向かうため外縁を目指していた。
そこに、サリバの仕事仲間がいるらしい。
「安心しろ。野盗退治っつっても、今回は生捕りだ。全員血祭りにあげるわけじゃねえから。だから、お前を連れて来たんだけどな」
「……びっくりしましたよ。まさか、子供に凄惨な現場を見させるつもりかと」
「んなことしたら、俺が殺されちまう」
アルカディアは思った。サリバのその発言には、リーゼが関わっていると。
野盗を生捕りと言うのは、今回は依頼主が犯罪奴隷としてご所望ということだろう。
生捕りはただ殺すより難易度が上がる。が、アルカディアの存在がその難易度を下げているのだ。
サリバはアルカディアの錬金術の質に着目していた。速度重視の現代で、多少時間をかけてでも質のいい錬金術を使えるのはいい。
単独ならまだしも、サリバやその仲間がいれば充分時間稼ぎはできる。
(サリバさんの仲間って、どんな人達なんだろう。できれば物腰柔らかな人がいいけど……)
サリバがかなり豪胆な性格なので、それを少しでも和らげたいというアルカディアの願いだ。
20分ほど歩き、アルカディアとサリバは城壁近くの錬金術師ギルドへ着いた。
立ち止まったサリバがキョロキョロと周囲を見渡し目を動かす。
すると、何かに気付いたように立ち止まったサリバが軽く手を振りながら近づいて行く。アルカディアもその後に続く。
相手も気付いたようで、ついにサリバの仕事仲間と合流することができた。
仕事仲間は二人だった。男と女がいて、男はサリバとは真逆でシワひとつなくキッチリと服を着こなしている。一言で言うなら真面目だろう。
また一人の女は長い髪を一括りにまとめており、動きやすい服装をしている。
真面目風な男がサリバを見て、一言呟く。
「……2分遅刻ですね」
この一言により、真面目であることが確定した。
サリバは「またかよ」みたいな表情で二人に話しかける。
「へいへい、すいませんね」
「団長。その子が、例の……?」
「ああ、アルカディアだ。実力は俺が保証するぜ」
サリバから紹介してもらい、アルカディアからも挨拶する。
「ご紹介に預かりました、アルカディアです。よろしくお願いします」
「……あ、ああよろしく。俺はセキエイだ。それよりもアルカディア。もしかして誘拐された、なんてことはないよな?」
セキエイはひどく焦った顔でアルカディアに聞いてきた。どうやら、アルカディアのしっかりした挨拶を聞いて、サリバが無理矢理連れてきたのではないかと、心配しているようだ。
「いえ、そんなことはないですよ。僕の意思なので安心してください」
「そ、そうか……。君も大変だな、団長みたいなのに目を付けられて」
「おいこら、それはどういうことだよ」
「そのまんまの意味ですよ」
サリバに睨まれるセキエイだが、何てこともない風に軽く流す。
アルカディアはチラリとセキエイの隣の女性に目を向ける。すると、バッチリと目が合う。
ビクリとするアルカディアを見て、女性が膝を曲げアルカディアの目線に合わせる。
「怖がらないでぇ、坊や。私はマキナよ……そこのセキエイの姉だから安心してねぇ」
おっとりとした声だが、どこか艶っぽさも感じられる不思議な声だと、アルカディアは思った。
そこで、サリバが横槍を入れる。
「気ぃつけろよ、マキナに喰われねぇようにな」
「えっ……」
「あっら〜〜、さすがに6歳の坊やまで食べないわよ〜〜」
「……どうだかな」
(……何か、予想の斜め上な感じだな。気性は荒くないんだろうけど……クセが強い。気をしっかり持たねば)
気を抜くとすぐにでも、彼らのペースにはまるだろうと考えたアルカディアはより一層気を入れ直した。
「んじゃま、とりあえず王都の外縁区まで出るか」
サリバがそう言うと、セキエイが待ったをかけた。
「団長、その前に。さっきギルドから追加されたんですけど、捕縛予定の一味の頭……【黒腕】のムドリクの懸賞金額が上乗せされたようで……」
「まじ……?」
「ええ、白金貨一枚に跳ね上がりました」
セキエイの言葉にサリバは目を剥く。
これから捕らえる予定の野盗の頭は有名なヤツのようだ。
依頼の報酬に加え、懸賞金も上乗せされるとなるとかなりの額になることが予想される。
「そんなこと聞いたら、お姉さんもやる気出ちゃうわねぇ」
「あの―、そんな強そうな人相手で大丈夫何ですか?」
やる気をみなぎらせる三人とは別に、アルカディアは心配の様子だ。
「んま―、大丈夫とは言い切れねえが……厄介なのは【黒腕】だけだし、お前もいるから何とかなるだろ。一応、こっちには『王国錬金術師』が二人もいるからな」
サリバが言うと、マキナはふふん、と豊満な胸を前方に押し出す。
(二人ってことは、セキエイさんは『王国錬金術師』じゃないのか……。あんまり触れない方が良さそうだな)
こうして、サリバ・セキエイ・マキナ・アルカディアの四人はムドリク一味を捕らえるため動き出した。