第5話 天才錬金術師、働く
「――おい、坊主」
「はい……?」
一目見た印象は、熊とゴリラを足して2で割った顔であった。濃すぎる顔がアルカディアに話しかけていた。
(え、何これ……)
アルカディアは内心困惑しながらも何とか笑顔を取り繕っていた。彼が困惑していることなど気にもしてない様子の熊ゴリラは言う。
「見てたぞ、あれほどの鋼鉄を錬成するとはな」
「えーと、どうも」
「それで坊主、今何歳だ?」
「……6歳ですが」
アルカディアは熊ゴリラの顔の圧に若干気圧されながらも答える。
熊ゴリラは答えを受け何やら考え込む仕草を見せ、やがてアルカディアに提案をしてきた。
「おう坊主、お前さん……うちでアルバイトしねえか?」
「へ? (この人は何を言ってるんだ? 素性も知らない6歳の子供をアルバイトに勧誘するか? もしやこの時代では普通のことなのか……!?)」
間の抜けた声を出すアルカディアを見ても、熊ゴリラは表情一つ変えない。至って真剣な様子が伺える。
「こんな6歳の子供を働かせるんですか?」
「……そんな言い方されちゃ、何も言えんだろうが」
アルカディアが嫌味な言い方をすると、熊ゴリラは後頭部をさすりながら参った顔をした。
(さすがに悪いか……まあ話しでも聞いてみよう)
「すいません。どう言った内容なのか聞かせていただいてもよろしいですか?」
「おう、ってそんな畏まった態度じゃなくていいぜ。もっと砕けた感じの方がこっちも気が楽だ。それと、内容に関しちゃ言うより見てもらった方が早い。ちょっと歩くがいいか?」
「はい、構いません」
「よし、そんじゃついてきてくれ」
熊ゴリラは先導しながら歩いていく。アルカディアもそれについていき、20分ほど歩いた場所が目的地だった。
王都の外縁部分の城壁街からは遠く、中心の【自由開放地区】に近い所でもあった。
簡素な住宅街の一つ、二階建ての家の前で熊ゴリラは止まった。
「ここだ」
「……何かお店でもやられてるんですか?」
「いや、うちは店舗を持たない鍛冶屋だ。一階が工房で、二階が住居になってる」
「へぇ」
(鍛冶屋の人だったのか、道理で筋骨隆々なわけだ)
家にお邪魔したアルカディアは早速奥の工房まで案内された。
中には鍛治に使う道具や設備が充実しており、少し重苦しい雰囲気も感じられる。
「ここにでも座ってくれ、よっこらせっと……」
「失礼します」
「おう。悪いな、茶のひとつでも出せればいいんだが、生憎俺以外出払っててな」
「大丈夫ですよ、気にしませんから」
「そうか、んじゃ早速話の続きなんだが……」
「具体的に何をすればいいんですか?」
熊ゴリラ――もとい鍛治師ガルシアの話しを遮り、アルカディアが端的に問う。
「お前さんには、鍛治に必要な素材の錬金をやってもらいたい。うちは大して有名でもねえが、一応国から武器の製造を請け負う国家鍛治師に認定されててな。んでこの間急遽追加で50本剣を作れと言われちまった。なんだが、素材が足りなくてな」
「素材が足りない原因に心当たりはあるんですか?」
「ん、なんだ知らねえのか。近頃王都周辺で飛竜が出てきてな、物流は大打撃だ。王都へ流入する素材がめっきり減っちまった。おかげで価格は大暴落、鉄すら満足に手に入らねえ」
(飛竜か、竜の亜種だけど侮れない敵だな。1000年前なら倒せたかもしれないけど、今の身体じゃ無理だな)
アルカディアは1000年前飛竜を倒した懐かしいい思い出にふけっていた。
竜種は基本的に群れで行動することがないため単独のことが多いが、それでも相応の戦力を必要とするため危険度は高い。
「……そういうことですか。まあ断る理由もないのでいいですけど、本当に僕でいいんですか?」
「ああ、お前だからいいんだ。そこらで錬金された素材より質がいい、自然採掘されたものと同等かそれ以上とみた」
「分かりました、微力ながらお力添えします。――ちなみに、給金はいくらもらえるんでしょうか?」
自然で採れる鉱石や金属と同等かそれ以上という評価をするガルシアだったが、嘘を言っているとは思えないアルカディアは受けた。
そして肝心の給金について尋ねると、ガルシアは一層顔を強張らせる。
「問題はそこだ。通常錬成された素材なら種類にもよるが、鉄なら1キロ銅貨1枚ってとこだ。ところがどっこい、お前さんの錬成した鉄なら自然産にも負けねえ。1キロ銅貨2枚になる、だがこれは暴落前の話だ。供給不足の今なら、その倍以上の価値がある」
(おお、すごいな……もしかして結構稼げたりするんじゃ)
ガルシアの言い分にニヤリとしたアルカディアは、かなり儲けることができるのではと考えたが、それは続くガルシアの言葉で粉砕された。
「――だがッ、俺が出せるのは暴落前の価格――銅貨2枚までだ!!」
「……は、はあ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕が6歳だからって足元見てませんか!?」
「悪いが、これ以上は無理だ。言ったろう、国から受注してるって……財政危機なのか何なのか分からんがその価格で作れと言ってきやがった」
「それって国がかなり無理言ってませんか?」
「その通りだ、だから文句があるなら国に言ってくれ――と、言いたいところだが、俺はそんな恥知らずにはなりたくねえ。だからだ……お前さんが武器や防具なんかが欲しくなった時、優先的かつ格安で作る。だから、それで我慢しちゃくれねえか? 頼むッ!!」
アルカディアにとっては驚きだった。
6歳の子供相手でも対等として扱い、決して互いに禍根を残すようなことをしない。
(6歳だから多少は舐められてると思っていたけど、俺の錬金術を必要としてくれてることは確かだ。……久しぶりだな、この頼られてる感覚は……)
――『師! 今日も私に錬金術を教えてください』
笑顔が素敵なアルカディアの一番弟子だったマキナ。
――『アルカディア殿、村の井戸が壊れてしまいまして……どうかお力添え願えますでしょうか?』
いつも村からお礼品を届けてくれる地元の村長。
――『師〜〜!! べんきょおしえて!!』
一斉に近付いてきて足や腰にしがみつく子供達。
1000年前を回顧したアルカディアは人に頼られることを思い出した。
目の前の人の力になりたい、彼は心からそう思って力強く頷いた。
「任せてください、給金分はしっかり働かせてもらいます」
「おお、そうか。これで何とか納期に間に合いそうだ」
「ちなみに納期っていつなんですか?」
「えっ、と……確か一週間後だな」
「……間に合うんですか?」
「大丈夫だ、娘に手伝わせるからな」
「え、娘さんいたんですか?」
「おう、俺とは全く似てないがな、がはは」
(……いや、あなたに似た娘は単純に怖いですよ)
アルカディアは心の中で冷静にツッコミを入れていた。
その後、もう少し詳しく話を煮詰めた後解散することになった。
アルカディアには錬素がもうほとんど残っていない。
ガルシアも納得した様子で、「明日来てくれればいい」と言っていた。
「それじゃ、僕はこれで」
「ああ、明日はとりあえず頼むわ」
「はい」
別れの挨拶を終え、身を翻した時だった。
――「ダンナァ!! 俺だ俺、剣を取りにきたぜー」
入り口からそう叫ぶ男の声が耳に届き、アルカディアとばったり鉢合わせた。
切れ長の目が特徴的な長身の男の子だった。男は眠そうな目で眼下のアルカディアを見やると、こう呟いたのだった。
「――んあ、オメェ……ブライトの息子か?」
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お金の設定について載せておきます。
銅貨1枚 1000円
銀貨1枚(銅貨10枚) 1万円
金貨1枚(銀貨10枚) 10万円
白金貨1枚(金貨10枚) 100万円