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婚約破棄で私は自由になる

作者: らんか

 私には生まれた時から前世の記憶がある。

  

 前世は日本人として、ごく普通の家庭の中で育った。

 学校卒業後は、ごく普通の会社に入社し、事務員として働いていた。

 結婚して、子育ても経験し、多分寿命を全うしたはずだ。

 生まれ変わったとして、前世の記憶が残っているのは何故なのか。

 しかも、ここは前世の世界ではない。何処か西洋を思わせる国だが、似て非なる所だ。

 そして、日本ではなかった貴族制度が主流の世界観に、馴染むことが出来ないでいる。


 もちろん、この世界で生まれた時から過ごしてきているので、側から見れば違和感なく過ごせているだろう。

 要は心の問題なのだ。


 私はこの世界では、貴族として生まれた。

 名前は、ローズ・ハーモニー。子爵家の令嬢だ。

 ううっ、名前負けしそう。心が折れる。



「ローズ。何をブツブツ言っているのです。もうすぐ婚約者のアデル様が来られるのですよ」

 今世の母がそう言った。


 アデル・マキシマム伯爵令息。


 私の婚約者だ。

 翡翠色の髪と同じ色を持つ三白眼。長身で、フェミニストなアデル様は、令嬢たちにも絶大な人気がある。

 何故、そんな人が私の婚約者なの?


 私は、ここでもごく普通の茶髪に、灰白色の目、中肉中背の全く目立たない容姿。


 こんな私とアデル様が並んでパーティに参加した時は、どんなに周りの令嬢たちから非難の目で見られるか……。

はぁ……。 心が折れる。


 


 そんな事を考えていたら、アデル様が来られたようだ。

 私は玄関まで行き、アデル様を出迎えた。


「アデル様、ようこそお越し下さいました。お待ちしておりましたわ」


 心にもない事を言う私に、笑顔でアデル様は挨拶をする。


「やぁ、ローズ。僕も会いたかったよ。

これ、君に似合うかと思って持ってきたんだ。気に入ってくれるかな」


 そう言って、薔薇細工の髪飾りをプレゼントしてくれた。


 いやいや、薔薇って。名前だけでプレゼント決めただろ。

 いつも、アデル様は薔薇が入っている物をプレゼントしてくれるが、本当に似合ってると思ってくれているのか?

 

「ありがとうございます」


 顔が引き攣りそうになるのをグッと堪えながら礼を言うと


「すぐに着けてほしいな」

と、笑顔で催促する。


 すぐに、女性の使用人が私の髪に薔薇細工の髪飾りを着けてくれた。


「やっぱり! 似合うと思ったんだ」

 

 笑顔でそう言ったアデル様を、お茶の準備をしている四阿に案内しながら、ソッと溜息をついた。

 ああ、本当に。心が折れる。



 アデル様は私より3歳年上の21歳だ。私が学園を卒業したらすぐに結婚する準備に入り、半年後には結婚する約束となっている。

 もうすぐ卒業式だ。

 学園では色んな令嬢から、アデル様の噂を聞かされている。


「ローズ様。アデル様って、本当にお優しいのね。この前、パーティでお会いした時、ダンスで疲れていたわたくしに、さりげなく飲み物を持って来て下さったのよ」


「アデル様って、とてもおモテになるのね。この間、街で数人の女性に囲まれていたのをお見かけいたしましたわ」


「ローズさん。アデル様の女性の好みをご存知? アデル様って、金髪のグラマラスな女性を好ましく思っているらしいですわよ」


 本当に色々と余計な情報を、聞いてもいないのに皆、教えてくれるのだ。


「そうなんですのね。教えて頂きありがとうございます」

 

 私の返事はこれ一本だ。

 大抵の人はこのセリフに、面白くなさそうにすぐに去っていく。たまに強靭な心を持つ人が、何度も嫌がらせのように言ってくるが、このセリフと傾聴、同意を繰り返していけば、そのうち諦めて去っていく。

 

 うん、傾聴と同意。大事だわ。

 

 

「今日もアデル様のファンが嫌がらせに来たわね。ローズ、大丈夫?」


 こんな私にも友達はいる。幼なじみの彼女は、私の親友だ。


「ありがとう、マーガレット。私は大丈夫よ。この3年間、言われ慣れてるもの」


 

 3年前、学園の入学とともに、私はアデル様と婚約した。

 その頃から、アデル様のファンの令嬢たちから、色々と絡まれているのだ。


「あの人たち、ローズのことが羨ましくてしょうがないのよ。ただのやっかみよ。

 もうすぐ卒業式でしょ。卒業したらローズは晴れてアデル様と結婚するんだから、そうしたら、あの人たちは、何も言えないわ。

 あと少しの辛抱よ」

 

 マーガレットはそう言って、私を慰めてくれた。


 でもね、マーガレット。私はいずれアデル様に婚約破棄されるわ。

 そうね、卒業式が婚約破棄のタイムリミットになるはず。

 だからきっと卒業式に婚約破棄される。


 婚約破棄をされたことで、私は自由になれるのだ。


 何故、婚約破棄されると思ってるのかって? 答えは簡単。

 

 アデル様は、モテる。

 いつも、周りに女性がいる。

 アデル様は、私にも優しいが、他の女性にも優しい。それはもう分け隔てなく。


 そしてアデル様の側には、いつもある女性がいる。

 女性にしては少し身長は高めだが、ピンクゴールドの緩やかな長い髪を腰まで垂らし、ボリュームのあるバストに、引き締まったウエスト、魅力的なグラマラスな体型。

 なんて、けしからん!


 その女性とよく市井を歩いていると噂で聞いた。

 思い人がいるのに、いつまでも私と婚約を続ける人ではないと思う。


 だから、私は。

 もうすぐ婚約破棄される。



 


私は婚約破棄されたら、市井に下って、自分の力で暮らしていこうと思っている。

 もともと貴族には馴染めず、いずれは家を出ようと思っていた。

 だから私は前世の知識を利用して、商会を立ち上げたのだ。

 といっても、10代前半の私が簡単に商会を開くことはできず、家に通ってきていた商会長に、さりげなくアイディアを提供し、小銭稼ぎをしながら、商会の立ち上げ資金を貯めていた。

 また、度々市井におりては、生活に困っている孤児たちを家で雇い、ゆくゆくは私の商会の手伝いをしてもらえるように、勉強や礼儀作法を教えていた。


 その甲斐あって、私が拾ってきた孤児たちは立派に育ち、今ではなくてはならない人財となっている。

 立ち上げ資金も溜まり、商会長の指導の下、15歳で商会を立ち上げた。

 《アンローズ商会》

 私が立ち上げた商会の名前だ。

 分かっている。完全な名前負けである事は。

 でも! 目標は大きく! いつか、名前に見合うような商会にする!


 


 そうして、商会の経営をしながら、学園に通い、時々婚約者とお茶会をするといった忙しい毎日を過ごしながら、着々と自立に向けて準備をしていたら、いつの間にか卒業式の日になった。


「ローズ、卒業おめでとう」


 両親が卒業式に来てくれていた。

 今世の両親も、とても子煩悩な人たちだ。

 貴族は血筋のみ重視して、子供は家の繁栄の為の道具としてしか見ない人が多い。

 しかし今世の両親は、そんな事は全くなく、私と弟を愛してくれている。

 

 お父様、お母様。

 ごめんなさい。


 私が婚約破棄されたら、肩身が狭い思いをするだろうけど、子爵家には迷惑がかからないように、私はすぐに家を出るから。

 後継の弟がいるから大丈夫よね?


 商会が軌道に乗って、たくさんお金を稼いだら、きっと恩返しさせて頂きますから。


 

「また、この子はブツブツと独り言を言って。ローズ、あなた、もう学園は卒業なのよ? もうすぐお嫁に行くというのに、大丈夫なの? 本当に心配だわ」


 お母様が呆れてる。


 お嫁には行かないって。


「ごめんなさい。お母様。大丈夫ですよ。

 もう卒業だと思うと、色々感慨深くて。

 お父様も、今日は来て頂いて、本当にありがとうございます」


「ああ、ローズ。月日が流れるのは早いものだね。

 本当に卒業おめでとう。卒業後はすぐに結婚準備だ。一緒に暮らせる日があと少しだと思うと、父様は寂しいよ」


 うん、一緒に暮らせる日は、確かに少ない。

 

「お父様……悲しまないで」


「ハハ。ごめんごめん。めでたい事なのに悲しんだりしたら、幸せが逃げていくね。大丈夫だよ。父様はいつだって君の幸せを願ってるからね」


 我が父ながら、なんて素敵なおじ様なのか。

 お母様、いい男を捕まえましたわね。

 本当に羨ましいです。


「そうだ。アデル殿も今日は来てくれるそうだね。この後、卒業パーティーがあるんだろう? 綺麗に着飾ったローズを見たら、さぞ喜ぶだろうな」


 父の言葉に、いよいよ婚約破棄の瞬間が近づいてきたと実感した。


「ええ、アデル様とはパーティー会場でお会いする約束をしておりますの」


 そう両親に伝えると、楽しんでおいでと言って、帰っていった。



 私は、パーティー会場にある衣装室に向かい、パーティードレスに着替える事にした。


「あ! やっと来た! 遅いわよ、ローズ。もう、みんな着替え始めてるわよ」


 マーガレットが手招きして、呼んでくれる。

 高位貴族の令嬢は、それぞれ侍女たちがいて、一旦屋敷に戻って着替えをする方などもいるが、卒業パーティーは同じ学園内で行われるので、学園側が準備するための衣装室を用意してくれている。

 ここには、貸し衣装もあるし、着付けや髪を結ってくれる人員まで確保されているのだ。

 私たち下位貴族は、専用の侍女などいないので、このサービスは本当にありがたい。

 

 私は、一応アデル様がプレゼントしてくれたドレスがあるので、ドレス持ち込みでお願いしていた。


 ドレスに着替えた私を見て、マーガレットは溜め息をついた。


「さすがはアデル様よね。ローズを引き立てるデザインをしっかりと把握してらっしゃるわ。とても綺麗よ」


 プレゼントされたドレスは、真紅色で、裾に向かうほど濃色にグラデーションがかっている。斜めに幾重にも重なったレースは、まるで薔薇の蕾を思わせるデザインで斬新だ。


 ここでも薔薇……。

 アデル様、ブレないな。


「ありがとう、マーガレット。貴方も白地に金色が散りばめられていて、素敵な色合いのドレスがとてもよく似合ってるわ」


 2人で褒め合いながら、パーティー会場に向かった。


 

 パーティー会場に着いた私たちは、取り敢えずドリンクコーナーに向かう。

 時間はやや早めだが、半数以上は会場入りしているようだ。


 友人達と、おしゃべりを楽しんでいると、いつも私に絡んでくるアデル様のファンの令嬢たちがやって来た。


「ごきげんよう、ローズさん。素敵なドレスね。アデル様のお見立てかしら? あの方は本当にセンスがおありになること。

 でも、着ていらっしゃる方がちゃんと着こなせなければ、せっかくのドレスの魅力も半減しちゃうわねぇ」


 そう1人の令嬢が言うと、クスクスと他の令嬢たちも笑っている。


「あ、あんまりです!」


 横で聞いていたマーガレットが怒ってくれたが、下位貴族の私たちは、余り強くは出られない。


「マーガレット、良いのよ。この方の言う通りですもの。

 私も同じ事を思っておりますのよ?

 このドレスは、私には身の丈に合わないくらい素敵なものですもの。

 皆様もそうお思いになってるとは、奇遇ですわ。アデル様が来られたら、皆様と同じ思いだったと教えてさしあげなければ」


 私がにこやかに言うと、令嬢方は顔を引き攣らせている。

 前世合わせれば、あなた方の祖母よりも年上になるのよ。小娘に少々言われたくらいじゃ、痛くも痒くもないわ。

 今まで面倒だから、何も言い返さなかったけど、卒業するんだし、もうすぐ貴族じゃなくなるんだし、ちょっとくらい言い返してもいいよね?


 いつも何も言わない私が嫌味を言った事で、一旦怯んだが、さすがは何時も絡んでくるだけあって、相手もしつこい。


「そうそう、先程、アデル様をお見かけしましたわよ」

 クスッと笑いながら、他の令嬢と顔を見合わせる。


「ええ、わたくしも見かけましたわ。それはそれは素敵な女性をエスコートしながら歩いておられましたわよ」


「そうそう、金色の長い髪に、とても妖艶な女性とご一緒でしたわ」


「ローズさんは、今日はアデル様がエスコート役ではなかったのですね」


 口々に話し、私の反応を見ながら笑っている。

 

 知ってるって。何度もその女性と歩いているという噂を耳にしたし、商会の用事で市井に行った際、遠目だったけど実際に2人を目撃したこともあるんだから。

 

 それでもここまで連れて来ている事は、やっぱりショックで。

 

 知らない間に俯いてしまった私を見て満足したのか、令嬢たちは去っていった。



「本当に最後まで失礼な方達よね!」


 マーガレットが私の代わりに怒ってくれている事が嬉しい。

 


 これから起こる事を考えて、緊張していると、そこにアデル様が例の女性を連れてこちらにやってきた。




「ローズ! 探したよ。今日は卒業おめでとう。

 ああ、そのドレス、やっぱり君にとても似合ってるね。とても綺麗だよ」

 

 にこにこしながら、いつもの様に私を褒める。

 その隣で、ピンクゴールドの髪の妖艶な美女が微笑んで、こちらを見ていた。


「ありがとうございます」

 

 お礼を言いながら、隣の女性を見る視線に気づいたアデル様は、

「あっ! 紹介するね。こちら、私の友人のボルサリーノ卿。

 私の婚約者に会いたいって、いつも言ってたから、今日一緒に来たんだ」


 へ~、いつも私に会いたいと?

 自分こそがアデル様の恋人だって、主張したかったのか?

 ふ~ん、

 恋人じゃなくて友人って紹介するんだ。

 この期に及んで友人。

 

 

 ん?

 友人?



 ボルサリーノ卿?



 卿⁉︎



「あの? ボルサリーノ……卿なのですか?」


 困惑表情でそう告げる私を見て、


「あ! ほらぁ! やっぱりこんな格好でくるからローズが変に思ったじゃないか!

 ローズ、この人、男だからね、男!」


 そう言ってアデル様は、ボルサリーノ卿に挨拶を促す。


「ああ、バレちゃった。ごめんね。ローズ嬢。

 私はルイス・ボルサリーノ。アデルとは、同じ騎士団に所属しているんだ」


 美女から野太い声が出ている。


 あれ? じゃ、アデル様の恋人は?

 えっ! まさかアデル様は、男色家⁉︎


「違う違う! 全く違うから!

 この人は、昔からの友人で仕事仲間! 

 騎士団の仕事で、ボルサリーノ卿が女性に扮して、恋人同士に変装して市井を巡回することがあるんだ!」


 えっ? 私、何もまだ言ってないのに。

 アデル様って、もしかして超能力者⁉︎


「いや~、ローズ嬢って、面白いね。

気づいてる? 思ってる事、全部声に出てるよ?」


 ボルサリーノ卿が笑って教えてくれる。



「えええええ~!!」


 

 やってしまった。

 お母様にも、何度も注意されたのに。



「本当に面白い。アデルが夢中になるだけあるね」


「ちょっ! 何言い出すのさ!

 もう、ルイスは黙っててくれよ!」


 真っ赤な顔でアデル様が、ボルサリーノ卿に怒ってる。


 そんな時、1人の令嬢がこちらにやって来た。


「あっ! やっぱりルイス様! もう! また女装なんかして! 仕事以外でその格好するのやめてって言ってるのに!」


 そしてボルサリーノ卿に向かって怒り出している。


「ごめんごめん、ちょっとした余興になるかなって。いい卒業記念になるでしょ? 美女二人でダンス踊るなんて、なかなか面白いと思わないか?

 マリア、卒業おめでとう。ようやく俺の嫁に迎えられるな。

 そのドレスも良く似合ってる。

 今の俺とペアドレスだぞ。嬉しいだろ?」


「はぁ⁉︎ 嬉しいわけないでしょ!

 ルイス様の女装は、私より美人になるんだからね! 

 いっそ、結婚式は私が男装して、ルイス様がウェディングドレスを着ればいいんだわ!」

 

 

 え~っと。だれ?


 何が始まった?


 

 呆然とその様子を見てると、アデル様がそっと教えてくれた。


「あの2人も婚約者同士だよ。私たちと同じで、彼女の卒業を待ってからの結婚の予定なんだ。

 今日はお互いの婚約者が卒業式だから、エスコートしに一緒に来たんだけど。

 受けを狙って、女装で来るんだもんなぁ」

と、苦笑している。



 そうなんだ……。私たちと同じで、卒業を待ってからの結婚……。


 結婚?


 あれ?


 婚約破棄は?



「ん? 何? 婚約破棄って? 誰がするの?」


 アデル様が首を傾げて不思議そうにしている。


「え? また声に出てました?」


 私が慌ててそう言うと、アデル様は、仕方ないなぁとでも言うように困った表情で。


「はぁ、またそんな馬鹿な事を考えてたのか。

 ローズ、君は時々そんな事を口に出してるけど、あり得ないからね。

 私は今日という日をずっと待ってたんだから。

 もう、このまま私の屋敷に連れて帰ったほうが、実感が湧くのかな?

 

 ローズ、改めて言うよ。

 私たちは、結婚するんだからね。

 絶対に婚約破棄はあり得ないから、そのつもりでいてね」


 真剣な表情でそう話すアデル様を見て、私は知らず知らずに涙を流していた。


「え! 何で泣いてるの? ええっ⁉︎

 まさか、ローズは私と結婚したくなかったの? いや、それでも結婚取り止めなんて絶対嫌だけど! 

 ローズ? 泣かないで?

 嫌なところは全部直すから、私を捨てないでくれないか?」


 慌てながら、私を必死で繋ぎ止めようとするアデル様を見て、私は肩の力が抜けた。



 ああ、そうか。


 私はずっと怖かったんだ。


 前世の記憶があるから、何をしてもどこか冷めた感情があって。

 

 誰に対しても、一歩引いた態度を取ってしまって。


 こんな私が、人から愛されるわけがないと、思い込んでしまっていたから。


 アデル様からの想いにも見ないフリをして。

 自分のアデル様への想いにも蓋をして。


 いつしか人を信じるのが怖くなっていたんだ。


 でも。


 アデル様は私を裏切らない。


 私から離れていかない。


 きっと、この人は、どんな事があっても私と一緒にいてくれて、愛してくれる


 何故かそんなふうに思えた。






「アデル様」

 

 私が呼ぶと、アデル様は静かに私を見る。


「私、アデル様が好きです。

 アデル様と結婚したいです」


 そう、自分の思いを伝えた。



「ローズ! ああ、私もだ! 私もローズと早く結婚したい!」


 アデル様は嬉しそうに、私を抱きしめた。



 



 いつの間にか卒業パーティーは始まっており、参加している人達は、思い思いにダンスを楽しんだり、料理を楽しんでいる。


 


「さぁ、ローズ。私達も踊ろう」


「はい! アデル様!」


 


 アデル様に誘われて、私達はパーティーの輪に溶け込んだ。







~アデル視点~




 私の婚約者は少し変わっている。


 初めて彼女を見たのは、私が学園の友人と共に、護衛を連れて市井に遊びに出た時だった。


 まだ12~13歳くらいの幼い少年が1人で、路地裏近くを歩いている。

 服装を見る限り、裕福な家の子供のようだ。そんな子供が1人で路地裏の方に向かって歩いているのが、気にかかった。

 

 最近、誘拐事件が頻発している。

 主に子供や女性を狙ったもので、裏に大きな闇組織が関わっているとの情報が入り、騎士団総出で、手がかりを探っているそうだ。

 しかし、この組織は騎士団員を上手く躱している為、全く手掛かりが掴めないと聞いている。

 だから、僕(その頃は自分のことを僕と呼んでいた)たちも貴族の子供だとバレないように、地味な変装をしており、少し離れたところから護衛についてもらっていた。

 

 ちなみに、友人は女装している。


 なんで女装? とは思うものの、友人の中では変装は女装なんだそうだ。


 変なやつ。


 しかも、完璧な変装で、見た目は女性にしか見えない。

 

 完璧すぎて、ちょっと恐い。


 でも、声を発すると野太い声だから、すぐにバレるが。


 なので、あのように子供が1人で歩いていると、狙われるのではないかと、心配になった。


 

「おや? あの子、女の子だね」


 その時、女装した友人がそう言った。


 は?


「少年だろ?」


「いや、あの骨格は女の子だね」


 いやいや、骨格って!

 お前、怖いわっ!


「女の子が1人で、何処に行くのかな?誘拐組織がうろついている事、知らないのかなぁ」


 

 僕たちは、気になってその子の後をこっそり付いて行った。


 その子は路地裏で虚ろな目をした1人の孤児に声を掛けてから、しばらくすると一緒に表通りの方向に歩いていった。


「連れて帰るのかな?」


 僕の疑問に


「なんで?」


 友人が答える。


「さぁ?」


 結局その後、彼女たちを見失い、僕たちは遊ぶ気が失せてそのまま帰った。



 あれから数週間後、僕はまた市井に来ていた。

 どうしてもあの子が気になって仕方がなかったから。

 でもあの路地裏近くに行くも、あの子はいない。


 そりゃそうか、都合よくいるわけないよな。

 


 でも、このまま帰るのも癪なので、何か買って帰ろうかと、表通りの店を見て回った。

 ブラブラと目的もなく歩いていると、視界の端に、あの時の少年風の子供が目に入った。

 

 (あの子だ!)


 あの子はある商会の店に入り、そこで店の人と何か楽しげに話している。

 そして、あの子の側には、あの子より小さめの男の子が一緒についていた。


 ん? あの少年は……。


 よく見ると、数週間前に路地裏で虚ろな目をした孤児に似ていた。

 しかしあの時のような、みすぼらしい格好ではなく、清潔感溢れるしっかりとした従者服を着ていた。


 やっぱり連れて帰って、面倒を見てあげているんだな。



 そう知る事が出来て、嬉しい気持ちになった。その日は、そのまま気分良く帰途に就いた。



 それからも、度々市井に出たが、あの子に会う事はなく、そのまま2年が過ぎた頃、市井で面白い店が開店したと聞いた。


 僕はまた友人と共に市井に出て、噂の店に行く事にした。


 そこは《アンローズ商会》と書いてある看板が掲げられており、店の中は多くの人で賑わっていた。


 そして、ようやく入れたと思った時、カウンター奥から店の様子を見ている少女に気がついた。

 見た瞬間に僕は思った。


 (あの子だ!)


 2年前に見た時よりも、身長は伸びており、赤銅色の緩やかなウェーブの髪が肩下まで下ろされている。

 好奇心に満ちた瞳は、青眼の真ん中が灰白色の神秘的な色合いだ。

 その美しい瞳で、店内の様子を嬉しそうに観察していた。


 

 僕は、店員にカウンター奥にいる少女は誰かと聞いたが、教えてはもらえなかった。

 

 でも、店の奥にいるということは、関係者の娘かも知れない。

 

 彼女が誰なのか知りたくなり、護衛を通じて調べてもらった。



 結論から言うと、彼女は子爵家の娘だった。


 ローズ・ハーモニー子爵令嬢。


 報告書を読むと、幼い時から少し変わった子で、1人で(隠れて護衛が付いていたらしい)市井に行き、度々孤児を連れて帰ってくるのだとか。

 その孤児達に、将来困らないようにと、勉強や礼儀作法を教えているらしい。


 また、商才もあり、なんとあのアンローズ商会は、彼女が立ち上げたものだとか。

 今まで誰も思いつかなかった、便利な日用品の数々を取り扱っているらしい。

 

 働ける歳になった子爵家の元孤児たちは、その商会で働いて、彼女を助けているとか。



 報告書を読み終わった時、彼女の先見の明に衝撃を受けた。

 年齢は僕より3歳下なのに、しっかり自立してるじゃないか!



 今まで、親の敷いたレールの上を、何も考えずに歩んでいた自分を、とても恥ずかしく思った。


 


 それからと言うもの、何かと彼女が気にかかり、たまにしか店に来ない彼女の姿を見る為に、何度も通った。

 彼女の姿が見られた時は、嬉しくて仕方なかった。


 また、彼女に倣って、僕も孤児院や教会などに、寄付をおこなった。


 僕のその行動に両親は喜び、僕にいい影響を与えた彼女の事も、両親はいたく気に入った。


 両親は気づいたのだろう。

 僕が彼女の話をする時、必要以上にキラキラして話をしている事に。

 まるで、自分の事のように、自慢げに話をしている事に。


 

 ある日、両親に婚約者が決まったと言われた。その婚約者が彼女だと言われた時は、言いようのない喜びが溢れだした。


 だって、それまでは直接彼女とは関わりがなかったから。

 彼女のことを勝手に調べて、何でも知ってる風にしてたけど、その時の自分は、彼女に比べたら断然劣った人間だと思っていたから、話しかける事も出来なかったから。


 これで、堂々と彼女の前に立てる。


 婚約者として彼女に紹介され、僕のことを意識してもらえるよう、それからは必死で、彼女との交流を図った。


 ローズという、可愛らしい名前の彼女だが、彼女自身は自分に自信がないらしく、見劣りしていると思っている事も知った。


 君より素敵な女性はいないのに。

 

 本当はローズの名前が好きで、名前にちなんだ薔薇も大好きなのに。


 あえて、薔薇を避けて、違う花の模様を使った髪飾りや、小物類を使用している君に、君は薔薇が一番似合うよと教えてあげたくて。


 それからの私の贈り物は、薔薇にちなんだ物ばかりになった。



 知れば知るほど、ローズは魅力的な女性で。


 たまに、自分では気づいてないけど、思っている事を声に出しているところも、可愛くて。


 相変わらず、たまに市井に行けば、フラリと孤児を連れて帰ってきたりして。


 とにかく目が離せなくて。


 彼女が学園を卒業するまでは、結婚出来ないのが、もどかしく思っていたのに。


 たまに独り言で、《婚約破棄》 のフレーズが出てくるのが、堪らなく不安になる。



 ローズ。


 私は君を離さないよ。


 婚約破棄なんて、絶対しないからね。


 ああ、早く卒業してくれないかな。


 早く結婚して、2人で幸せになろうね。

 







ただ今、自作『モブなのに最強?』も、連載で掲載中です。

ご興味があれば、そちらも読んで頂けたら嬉しく思いますので、よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アデルが比較的きっちり言葉に出してローズに伝えたり行動しているところ。 ローズが心の中ばかりで対話をしようとしないのと対比してよく映りました。 [気になる点] 女装した男がくっついてきて面…
[良い点] 正直に言って、ローズ視点の本編はテンプレを上手く組み合わせたなぁとしか思っていませんでした。 天寿を全うした子育て経験者にしては、親や家族に対しての情さが引っかかっていました。 しかし、…
[気になる点] ・フランス語や英語における「アデル」はあくまで女性名です。 男性名として名乗っているのはアラビア語系にルーツを持つ人たちなので(元々は『アディール』と発音) 「風」とはいえあからさまに…
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