異国の風景
五頭の馬がオアシスの美しい景色を抜け、熱風に吹かれながら王宮へ向かって進む。
その内の一頭に蓮瑛は乗っていて、彼女を抱き締めるようにシンシャが手綱を引いていた。
蓮瑛はこんなにも密着するように男性に近づいたことはなかった。初めての経験に戸惑いつつも、心の中では複雑な感情が交錯していた。恥ずかしいと思う気持ちと同時に、シンシャの力強い腕に抱かれていることで胸が高鳴るのだ。馬に慣れない自分が落ちないようにと配慮してくれているだけだと己に言い聞かせるが、彼の体温やその香りに蓮瑛はときめかずにはいられなかった。
けれども、長い間、他者に虐げられる生活を送って来た蓮瑛は、自分の存在がシンシャを煩わせていないか気にかかる。不安に満ちた心でシンシャの表情を窺おうと、ゆっくりと頭を上げた。
すると、蓮瑛の視線とシンシャの目が意図せず交差した時、彼女はそのまなざしに心を奪われた。玻璃のように透き通った瞳には優しさが宿り、蓮瑛はその中に自分を映し出すことが出来た。その瞬間、蓮瑛は自分の存在がシンシャにとって煩わしいものではないのだと確信した。
「この国の気候は厳しい。だが、貴女がここでの生活を気に入ってくれると嬉しい」
言葉は少ないが、シンシャが自分の国を愛しているのだということが蓮瑛にも伝わってきた。
まだ碧砂国という国がどんな場所で、どんな生活をするかなど彼女には分からなかったが、シンシャの優しさと誠実さに触れ、何の根拠も無いけれど、自分は大丈夫だと信じることが出来た。
王都に辿り着くと、これまで見たことの無い異国情緒漂う風景に蓮瑛は目を見開いた。
狭い路地が入り組み、高い壁に囲まれた家々はモザイクタイルに彩られ、陽光を受けて輝いている。露店では鮮やかな絨毯や手工芸品が売られている。
そして都の中央にそびえ立つ王宮が見えて来た。繊細な彫刻と美しいモザイクで装飾され、高い塔と円蓋が空に伸び、その頂上には彩り豊かな旗が靡いている。
蓮瑛はこの壮麗な建造物を見て、思わず「綺麗」と呟いていた。
彼女の声に応えて、シンシャは顔布をゆっくりと外して微笑んだ。誇らしげな表情だった。この時、初めて彼の素顔を蓮瑛が目にすることになった。彼の顔は美しいとしか言いようがなかった。
これまで見ていた切れ長の目元だけでも魅力的だったというのに、凛とした鼻筋に薄い唇。一見すると冷酷そうに見えるかもしれないが、その美貌の中に彼自身の優しさが感じられた。
「シンシャ様ー!!」
顔が顕わになったことで、シンシャに気づいた者達がいた。路地で遊ぶ子供達がシンシャに気づいて呼びかけて来たのだ。彼は子供達に手を振り返し、微笑んだ。王の存在に気づいた大人達も感謝の意を示し、恭しく頭を下げる。
滅多なことでは皇宮から出ず、いつも厳しい表情を崩さない龍華国の皇帝を見て来た蓮瑛には、民衆から愛される王というのは新鮮な驚きがあった。
王宮に到着し、先にシンシャが馬から降り、その後に蓮瑛を抱えるように馬から下ろした。
力強い腕に支えられて地面に足をつけ、彼から離れる瞬間、少しの寂しさを感じた自分に蓮瑛は戸惑った。馬に同乗した時間など半日にも満たないというのに、どこまでも彼に自分を委ねようとしていた己に恥ずかしさを覚えたのであった。
先触れが届いていたのか、待機していた臣下達に出迎えられた。
「彼女は大切な客人だ。手厚くもてなしてくれ」
「かしこまりました」
シンシャの言葉に応じて、臣下達は蓮瑛に一礼した。
中には友好的に笑みを見せてくれる者もいて、その温かい歓迎に蓮瑛は胸がほっとしたような感覚を覚えたのだった。
そしてシンシャは再び蓮瑛に向き直る。
「この者達は、私が心から信をおいている者達だ。何か必要なことがあれば些細なことでも伝えてくれ。貴女がここで安心して過ごせるように取り計らおう」
「……ありがとうございます。御言葉に甘えさせていただきます」
出会ってからわずかな時間しか経っていないにも関わらず、シンシャの温かい対応に蓮瑛は心を引かれていた。その優しさや思いやりに触れ、彼に対して特別な感情が芽生えつつあったのだった。