表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

強肩の6番6番、

底辺の底力

作者: 赤蜻蛉

究極の無線マニアならどんな解決策を出すのか?

時計を見つめながらいつもの周波数でモールス信号用のパドルキーに触れながらその時を待っていた。その時が近づくとその周波数で静かになった。

CQ(全局呼び出し)、CQ、CQ、DE(こちらは)、J1MYS」

<よしきた!>

間髪入れずに全力でパドルを動かす。本来なら数秒置いてから返事をするのだが、田中は今はそんな事はできなかった。

J1PTS(田中)、DE、…」

(以降和文モールスを日本語で)

ホレ(以後和文)、この時刻に通信するのは今日で連続して2160回目です。ちなみに明日は私の誕生日です。」

まだ、田中はこの無線通信が自分宛であることを信じられなかった。

「おめでとうございます。名誉ある明日の交信は誰がするのでしょうか。前からあなたと通信したかったのですが、18:00に呼び出しをして最初に応答した人と1回しか通信しないので今までは出遅れて1番の人との通信を指を咥えて聞いている他ありませんでした。秒まで毎日同じ時刻と気づけて良かったです。」

「今日通信出来て幸いです。ところで凄ーーーい速さですね。田中さんはどんな電鍵を使っていますか?」

実際に田中は自身の送信速度には自信を持っていて、遊びながらでもそれを褒められてとても嬉しかった。

「ヘインケルのH2207型のスクイズですね。ところで貴方は?同じくらい速いですね。」

「自作のバッタです。」

この返事に田中は驚愕した。スクイズ・キーヤーは送信速度を追い求めた結果、符号の一部をコンピューターに頼って送信する装置だ。その差は歴然で速い通信を見かけたらまずこれを使っていると言って良いだろう。たしかに米付きバッタの愛称がある古典的な単式電鍵を使う動画もネット上にはあるが、あくまでバッタにしては早いというだけである。ところがどうだろうか、彼の送信速度はスクイズ・キーヤーを使う田中と差が無かった。今日J1MYSさんと通信できなかったこの通信の聴衆も電波越しに息を呑んでいるのがわかった。

「信じられない技術ですね。いつか見てみたいです。QSL(交信証明)カードの交換はどうしますか?」

彼のQSLカードには仕掛けがあるとの噂を聞いた事があってとても興味があった。

「JARLからで良いですか?」

「はい。こちらからもJARL経由で送ります。」

「了解。VY 73(さようなら) ES(そして) GLD(ありがとう) CL(退出します)

「VY 73(さようなら) ES(そして) GLD(ありがとう)

やはり1回の通信でまた切り上げてしまうんだなと思ったが、それよりもハムを初めてこの方憧れてきたあの有名人と交信できた事で興奮していた。


「おい山田。言うことがあんじゃ無いのか?」

終業式後に2年になってからこの中学校で一番苦手な伊藤にまた絡まれてしまった。

「ごめんなさい。」

「はぁ?それで済むと思ってるのか?土下座に決まってるだろ。」

最早恥と思わなくなった土下座をする。山田にとって先生のいない昼休みはとても長い。しかし明日からは春休みになって解放される。

「今日先生に廊下に立たされたのはおまえが転んで立ち上がるのが遅かったからだからな。」

頭に髪越しに上履きの底の溝が押し付けられるのが感じられた。今日山田が蹴られる所を先生に見られた事を怒っているのだろう。

「ごめんなさい。」

「ゆるさねーからな。誰かこいつへの罰は思いつかないか?」

「閉じ込めるとか?」

いつも伊藤とつるんでいる田中が言った。今までで辛かった数々の出来事はそいつが伊藤に提案したものだった。

「それだと暴れられて発覚した時にめんどくさい。」

「校庭の倉庫ならブロックの壁で音はしないし近くには人が来ないからピッタリだろ。」

「なるほど。善は急げと言うしさっさと連れて行くか。おい、ついてこい。」

頭の上の足をどかして言った。そしてシャツの襟を引っ張り上げられて首がキリキリと痛んだ。しかしこんな時には抵抗しない方が良いのは経験則から知っていた。抵抗して殴り倒されるよりはずっとマシだからだ。教室内でそんな事をしていると流石に目立ち、クラスメイトにチラチラと見られた。隣の橋本さんは1年の時の反省からかキャラボールペン片手に息を殺している。

これも今日で終わると自らに言い聞かせながら校庭を横切った。その間伊藤の仲間はまるで遠足に行くのかのように盛り上がっていて、その話題にすら自分はその空間に存在しない。

「ここだ。入れ。」

目の前で倉庫の引き戸が開け放たれ、後ろから小突かれる。倉庫内に足を踏み出すとすぐに扉を閉められ、扉の打掛錠のかかる音がした。その後彼らの笑い声が聞こえると、走り去る足音が聞こえた。でも問題ない。そのうち誰かが倉庫を開けて、その時には出られる。しかも今日でこの苦悩も無くなる。明日は…、明日は!

重要な事に気付いて山田は扉を叩き、助けを求めて叫んだ。自然に見つかる事は無い…少なくとも生きているうちには。

「明日からは休みでしょ!流石にひどいよ!」

懸命に音をたてるが、扉は堅くて叩いても堅くて思いのほか大きな音は出ず、叫び声もどれ程外に聞こえているのか分からない。


 山田は換気口から差し込む日の光が赤くなる頃には疲れて横たわっていた。今までにも理不尽な目には散々遭ってきたが、無条件に命に関わるように危険だった事はなかった。暗くなってきたな。電気は点くかな。)

天井にある蛍光灯を見て立ち上がった。ほんのりと見えていたスイッチを押すと倉庫が明るくなった。細かい作業をするような明るさでは無いが、困りはしない明るさだった。二本入るところに蛍光灯が一本しか入っていないからだろう。蛍光灯で薄暗いながらも照らされたその空間を見て改めて閉じ込められている実感がした。埃っぽく、窓ひとつなく、カラーコーンも色を持っていなかった。一瞬蛍光灯が点滅した。

蛍光灯の点滅で助けは求められるかな。いや、そもそも開口部は小さすぎる上に体育館と林に挟まれてこの小屋からの信号を見つけて貰えるかどうか怪しい。

(今日はいつもの交信は難しそうだな。交信?そうだ、電気は来てるし、無線機を作れば助けを外に求められる。)

コンセントを探すと、あの忌々しい鉄戸の隣にあった。校庭での作業用にでも作ったのだろう。そこまで分かれば材料探しだ。変圧器を作れれば火花送信機辺りは作れる。何かコイルを作る為に鉄心になる物と導線にできる物があるか探していると、意外にも屋外用の延長コードというコイルに打って付けな物とテニスポールがすぐに目についた。神は本当にいるのかもしれないと思った。元々悲しさと悔しさと怒りとで自らを見失いそうだったが、ここにきて趣味の楽しみが混ざってカオスだった。このタイプの無線機を使う事が法に触れる事が頭を掠めたが、他に方法が無かったし、何よりもそんな事はどうでも良かった。鉄心にコードを巻き付けながら心を落ち着かせた。しかしあまり落ち着けなかった。

(どうして世の中には心の清い人間が居ないのだろうか。もしも自分の様な人間ばかりで、自分が力を持ったらずっと良い世界になるのに。)

アンテナを小窓から外に垂らし、両端から伸ばした線を僅かに隙間を開けて並べた。

後は時間まで待つのみだ。


いつもの机、いつもの機械を前に田中はいつもの時間に他局の交信を聞いていた。

(45秒)

春休みになり、しかも昨晩彼と交信できて気分がとても良かったので彼の誕生日祝いはどこかの他局に任せようと思っていた。

(50秒)

いつもの周波数に変えた。

(55秒)

秒針を見守った。

(58秒)

(59秒)

(00秒…)

(01秒……)

いつも通りの様でいつも通りでなかった。

(05秒………)

「うん?何かあったのか?それとも時計が狂ったかな。」

しばらく経っても誰もその周波数を使わなかった。田中は顛末を見届けようと心に決めた。10分程経った時、本来電子音が聞こえるところで、楽器の様な音で信号がゆっくりと送られてきた。とても音は小さく、変な音に機械の故障を疑ったが、聞き間違えようの無い信号だった。

「・・・ーーー・・・」

初めは弁えていない始めたての誰かの悪ふざけか何かと思ったが、その符号三度の後に送られてきた和文モールスで実際に何かが起こっていると分かった。

「ミコシダイロクチュウガッコウコウテイニシノソウコニカンキンサレテイル。」

美湖市第六中学校校庭西の倉庫に監禁されている…田中はその文章を反芻した。何度も、何度も。その意味を理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。この時間に発信されたという事が一つの事実を示すのにも拘らず。

 何度か文章を送信した後、また加減を間違えてブレーカーが落ちてしまい送信機が使えなくなってしまったので素直に暗闇の中、何かのシートの上で寝ていた。暫くすると、カチャリと打掛錠が開く音がした。扉の方を見るとガラガラとゆっくりと開き、見慣れた顔があった。知っている人が来ただけでも驚きなのに、助けてくれるとは思いも寄らない人だった。しかし今はもう目を逸らす必要が無かった。


 田中は春休み明けの教室で明らかに浮いていた。初め田中はいじめられっ子の命を救ったヒーローとして手持ち無沙汰のマスコミとネット民によって大々的に広められただけに、真実が露わになった時の反動も大きかった。かといって今のところ表立って馬鹿にする人はいない。今の彼以上に誠実だと自負する人がそこには居なかったからだ。もう一人の主犯格伊藤は転校した。強力なリーダーを失ったクラスは新たな先導者を探した。そこに保釈された山田が来たのだ。彼は違法電波で捕まっている間暇だったのと、やっぱり力は有った方が良いと思ったので鍛え始めた。そして春休みが終わる頃には前とは全く違う雰囲気を纏っていた。誰も無視できない存在感。それは十分にもう一つの力を得る理由になった。またもや橋本は隣の席になった。教室に入っても今までのように直ぐに席についたりしない。寄って来るクラスメイトと集まり、共通の話題を探す。




(ソイツは馬鹿馬鹿しい「キャラ」のオタクらしい。)

とてもとーっても心優しい作者にはまだそれらしい「ざまぁ」は書けません。

そのうち書き加えます。(来年?)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ