救済の物語の導入
>異世界転生と言えば何を思い浮かべる?
魔法と剣の世界、絶世の美貌、チート能力、ハーレムや逆ハーレム……とまあ作者の理想と夢が詰め込まれている王道ものを思い浮かべる人が多いだろう。
中には、ゲームの世界に転生する系のものもあるし、他にも色々あると思う。
こういう話が好きなら誰もが1度はこういう世界に転生したいと思ったことがあるだろう。
俺だって夢見てたさ。
だが、異世界とは“異なる世界”と書く、元いた世界と違えばそれは異世界と呼べるだろう。だが、どれもが剣と魔法の世界だとは限らない。
何故こんなことを考えているのかって?
率直に言うと、俺、田中カナタは転生した。
それも異世界に──
田中カナタの姓に生まれて21年、おんぼろアパートに一人暮らし専門大学に通い、親の仕送りで命を繋ぐ一般男性。
趣味はゲームと読書(もちろん漫画)で、好きなものは美人と酒と睡眠とファンタジー!嫌いなものはホラーと虫と大学レポと給料日前の1週間だ。
とまあ、自己紹介はこの辺にして何故俺が異世界に飛ぶことになったのか説明しよう。
出来事の始まりは休日の午後のことだった。
翌日の朝が辛くなるというのに正午まで惰眠を貪りようやく布団から出れた俺は、出かける用意をして、部屋をでて、鍵をかける。
そして、階段を降り、朝食──いや昼食を食べるために近所の小さなスーパーに買い物に来ていた。
普段は節約のために炊事をするが、ココ最近は、バイトも忙しく時間がなかった。冷蔵庫を見れば、賞味期限切れの真新しいカラシチューブと2リットルの水しかなかった。
最近買い物をしていなかったし、外食が多かったため、こうなるのも当たり前ってもの。
必要なものをカゴに入れて、美人アルバイトさんのいるレジに並び、お釣りを手渡されて内心ガッツポーズ。いざ家に帰ろうとスーパーの手動ドアをくぐる……
「……いっ!」
思わず声が出るほどの、頭の神経を切りつけたような痛みを感じた。
けれど、それは一瞬だけでそのときは特に気にすることもなく、そのまま家に帰った。
──今思えば、前兆だったのかもしれない。
「いった!……ぐっ!」
帰宅した途端に襲いかかる、激しい頭痛。
あまりの痛みに立っていられなくて、その場に塞ぎ込む。
これ、ヤバいやつだ。
救急車を呼ぼうとしたが耳鳴りが激しく鳴り響き、世界が回った。平衡感覚を失い、恐らく倒れたのだろう、右半身に硬い板状のものの感覚が分かった。
倒れているはずなのに、地面が傾いてるかのようにグルグルと世界が回り続けてる。思うように身体が動かない。
痛みに耐えられなくて、逃げたくて、必死にどこぞの誰かに、何かに、助けを求める。
生憎、この部屋の壁は薄い。
もしかしたら、隣人が異変を感じて、気づいてくれるかもしれない。下の階の奴でもいい、運良く来た宅配便のおっちゃんが気づいてくれるかもしれない。
どれもが推測で、願望でしかなかった。ただ、この痛みから解放されたかった。
生理的に出てきた涙や汗やらで恐らく顔面崩壊してただろうな。なんて、今なら笑ってられるが、あの時は必死だった。
意識はやがて限界を迎え、プツリと糸が切れるように落ちた。
聞こえていた耳鳴りが、まるでドラマでよく見る、病人が死んだ時の心電図のフラット音のように聞こえ、何となく俺の人生が終わるような気がした。
恐らく、本当にここで大学生田中カナタの人生は終わりを迎えたのかもしれない。
生まれ変わることも知らぬまま、暗闇から意識を起こし目を開ける。
一面に広がる灰色。よくよく見ればそれは煙のようで──いや、それは厚く雲に覆われた空だった。
固く冷たい赤土色をした地面に横たわり、空を見ていたのだ。
俺は起き上がり、辺りを見回す。
どこまでも続いていそうな赤茶色の大地、空は曇天で陽の光が差す隙間もなく、薄暗く夜のように感じた。
俺は死んだのか?
死後の世界なんて知りはしないが、死んだ後も神か仏になるため歩き続け、旅をする、なんてことをどこかで聞いたことがある。
だが、半分は合っていて半分間違っていたようだ。
──こちらへ
──こちらへ
俺を呼ぶ声が微かに聞こえてくる。地獄への導きか、はたまた天国への案内かと内心思いながらも、声の導きのままに歩いた。
見えてきたのはおぼろげな形を残した大きな石の廃墟。
──こちらへ
語りかけるような声が鮮明に聞こえてきた。
声の先には廃れた女の像。
──こちらへ
この象で間違いない。
もっと近くによれということなのか。ゆっくりとそれに近づく。
──助けて
その時、脳内に稲妻のように記憶がはしる。
記憶。いや、これは記録だ。
豊かな自然が民が滅びゆき、荒れた荒野に変貌した記録。
この像は全てを見てきたようだ。
獣も人も草も喧嘩して、怒って、泣いて、笑っている。
そして苦しみ、痛み、嘆き、死んでいった。
悲劇の結末。
──彼らを助けて
像は最後の奇跡をここに興したのだ。
ここから始まるは像が愛した世界を救済する物語。
崩壊した世界を救うため力を授けられ過去に戻る。
そしてその世界で英雄になるまでの話。