あの日の雪だるま
私の住む町に雪が積もることは、そう多くない。子どもの頃は、それなりにあった気もするが、それでも、昼を過ぎた頃には溶け始め、夕方に家へと帰る道はぐちゃぐちゃになり、色もまっ茶色に変わって、汚れたシャーベットのようになるのがお決まりのパターンだった。
例外だったのは、小5の冬。全国的にも雪の多い冬だった。
私は、その時、学校から帰った後に雪だるまを作るという、貴重な経験をしたのだった。
小5で雪だるまというのは、いささか幼い行動だったようにも思えるが、なにせ綺麗な白い雪が目の前にあるという状況自体が珍しかったのだ。
そして、一人ではなかったのだ。
私と一緒に雪だるまを作ったのは、年の離れた妹だった。
私は、妹のことが嫌いだった。
心臓に問題を抱えて生まれてきた妹は、家よりも、病院にいた期間の方が長かったはずだ。そのため、何もかもが妹を中心にまわっていた。母は、妹の付き添いのために病院へ通い詰めていたし、父も、会社帰りに病院へ寄ってから母と共に帰宅するのが常だった。
私には、家の鍵が手渡され、遅くなることが予想される日は、冷たくなったおにぎりが台所に置かれているのが日常だった。
きっと、父も母も、妹が生まれた後は、私の誕生日すら忘れてしまっていたのだろう。
いつの間にか、私は、両親とも、自分から距離を取るようになっていた。
どういう状況だったのか、今となっては、はっきりしないのだが、状態が少し良くなったタイミングで病院側から勧められたのか、両親側から申し出たのか、とにかく、妹が一時退院をしたのが、その小5の冬だった。
両親は、私が、妹の退院を喜ぶと信じて疑っていなかったようだった。
私は、その様子を冷めた目で見ていた。なぜ、私が喜ばなければいけないのだろうか、と。
妹は、家に帰ってきても、ほとんど部屋の中で過ごすだけだった。年が離れていた上に、小さな体で、年齢よりもさらに幼く見えた妹に、私は自分から近付くことはなかった。
学校から帰ってきても、家の周辺の雪が真っ白のままだったあの日、私は、思わず、小さな雪玉をこしらえた。転がせば雪だるまになりそうだった。
それを窓の中から見ていた妹がせがんだのだろう。妹は、やたら厚ぼったい服に包まれて外に出てきた。心配そうに見守る母と共に。
結局、雪だるまは2つ作られた。
いつ、それが溶けて消えてしまったのかは、覚えていない。
その1年後に、この世から、妹は消えてしまった。




