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[短編]異世界物

最後の講義

作者: 月森香苗

※リハビリとして書いた作品になります

※ノリと勢いで書いた為、矛盾やおかしい点が多々あります

※返信に時間を要するため、現在感想欄を閉じております

 殿下、これが最後の講義となります。

 お心に留めておいてください。


 殿下はわたくしを笑みを変えぬ人形と仰っておりました。悲しみも怒りも顕にしない人形であると。それは間違いございません。

 妃教育の第一はこの笑みをどのような時でも変えぬ事から始まります。どれだけの苦しみを得てもその表情を変えぬ事。その為に、過去の王妃陛下も王太子妃も王子妃も表情は笑みを浮かべ続けていたはずです。

 何故ならば、妃は諸国への顔であり、内を守る為の鎧なのです。内政が荒れていれば諸国は攻め入る好機と見なすでしょう。

 それをさせない為にも妃は国内が安定していると示す為に笑みを浮かべ続けなければなりません。

 国内経済、政治、諸国の歴史、言語。あらゆるものを妃は修めなければなりません。もしも陛下に、殿下に思わぬ事態が訪れた時の代理とならなければならないからです。王はその血により絶対的な存在となりますが、この国において妃とは胎でしかないのです。血によって従えている家臣達を代理でまとめる為には、胃の腑より血を吐けどもそれを抑えてまで得た知識と策略をもって彼らに示さなければならないのです。

 絶対的な王の居ぬ間に傀儡とならぬよう、決して国を揺るがさぬよう、妃は王の代理としてその座を守り抜かなければなりません。

 時にその命が狙われた時、王の代わりに死ぬ事も妃には求められます。妃は飾りではなく、王が暴虐を敷くならば命を懸けて止める事も求められます。

 王と王妃の関係に恋愛感情は必要ないのです。王妃は周辺諸国から国を、王を守る為の鎧なのですから。ですから、王妃は子を産むだけではなく、国内、国外の夫人や要人達と渡り合わなければならないのです。

 恋愛をしたいのであれば妾にするのはその為です。側妃は王妃が子を産めぬ場合の次の胎であり、王妃が死して後、鎧となる為に側妃になるのです。時に己の利益や欲の為にその座を狙う者たちが正妃や側妃の命を狙う事もあります。

 恋や愛を純粋に求める、その命を守りたいのであればこそ妾にするのです。王妃も側妃も選ばれたその時から命を捨てる事を覚悟しております。

 婚約者という立場の時からわたくしも、側妃として打診される方達もその家族も覚悟を決めるのです。死ぬ事を。

 殿下には愛する方がおりますでしょう。その方を王妃にする為に奔走している事は知っておりました。ですが、殿下。もしも本当にその方を愛しているのであれば妾になさいませ。決して蔑ろにしているわけではありません。殿下とその方の為を思っての言葉でした。どれだけ無下にされようとも強く進言すべきだったと思っております。王妃にすると望むのであれば、死を望むことと同義なのです。

 わたくしは覚悟しておりました。死ぬ事など、婚約者として決定した時から覚悟しており、家族との別れも出来ておりました。

 殿下、その方を心より愛しているのであれば決して王妃にと望んではなりません。妬む者、邪魔だと思うものがあらゆる手段でその命を狙うのです。もしかすると、もう遅いのかもしれませんけれども。ですが忘れないでください。殿下の行動は誰もが見ております。一度発してしまった言葉をなかった事には出来ません。


 何故この話を今しているのか。それは、殿下が私との婚約を解消されようとしたからです。いいえ、惜しんでいるわけでも縋り付きたいわけでもありません。殿下、わたくしは何度も申し上げようとしました。ですが殿下はその度、煩わしいとお思いだったでしょう。殿下のお心をあの方が柔らかに包み込んだ事、出来ればわたくしがしたかったとは思っておりますけれども、それももう無理だという事はわかっております。

 ですので、わたくしはせめてもと思い、この時間を設けていただきました。最後の最後まで、わたくしの目を見てくださらなかった事は悲しく思いますけれども、それでもこれがわたくしに出来る唯一なのです。

 これが最後の講義と申しました。わたくしから殿下へ出来る最後を考えた時にこの話をしなければならないと思ったからです。

 我が国では妃教育を修めた者は王宮より出て他家へ嫁ぐ事は出来ません。何故なら、王族にのみ伝えられる見せられない部分も妃教育では施されるからです。誰一人にすら漏らすことは叶わぬ為、婚約を解消となりますと、わたくしは、死ぬしか無いのです。死して後、実家にその体が返されます。

 ご存知では無かったのですか?

 表向きには病死となります。そうして側妃候補から新たな婚約者が選ばれます。

 ええ。このたび殿下が、婚約の解消を申し出られた時、王と王妃は決断されました。わたくしも承知したのです。

 表向きに病死と言うのは毒を賜る事です。

 殿下、最初に申し上げたことを覚えておいででしょうか。妃教育の始めは表情を変えぬという事を。


 殿下、王と王妃に恋愛は不要と申し上げましたが、それでも作り上げる事は出来たのです。互いを思いやりながら国を守る事も出来たはずです。ですが、わたくしには殿下のお心を向けていただくことは出来ませんでした。

 ですので、せめて最後に、お伝えさせてください。

 幼き頃よりお慕い申し上げておりました。


 ああ、お伝え出来て、本当に、よか


◆◆◆◆◆◆◆


「エリー?」

 それまで笑み一つ変えず言葉にしていた少女が、テーブルに倒れぴくりとも動かない。正面でむすりとした顔で話を聞いていた青年は訝しげな表情を浮かべた後、少女に近寄りその手に触れた。冷たくなる手。口の端からこぼれる赤。それが意味するところを理解しても受け入れる事は到底出来なかった。日に焼く事のない白い肌が今はもうすっかりとその血の気を感じさせない色になっている。伏した瞼の下にあった目の色は何色であったか、目の前にいたのに、思い出せない。


「殿下、お離れ下さい」

 側近が近寄ると少女の体を抱き抱える。だらりと落ちた手。もはや命は尽きたのだと突き付けるような白い手が力無くぶらぶらと揺れている。


「お苦しいのによく耐えられました。御立派な最期です」

「どういう事だ」

「先程申し上げられておりました通り、殿下が婚約を解消すると仰った為、毒を賜ったのです。せめて最後に話をされたいと願い、それを王と王妃が許されたので緩やかに死に向かう毒を煽られたのです」

「嘘だ」

「嘘ではございません。どうぞ、この死をもって王太子としてのあるべき姿をお作り下さい。これが、我が妹の、最後の願いです」

 少女を抱き上げた男の腕が震える。少女の兄である男であった。常より笑みしか浮かべぬ少女を薄気味悪く思い、表情を変える可愛らしい少女と恋に落ちた青年はそれが正しいと思い、愛しい恋人を妃にしようと奔走した。だが、婚約を解消した場合の少女の結末など何一つとして考えた事など無かった。王族に嫁ぐ事が出来る家柄を持つのであれば、婚約を解消したとて次があるのだと軽く考えていた。

 これが王族の後暗い部分を学ぶ前であれば、少女は生きる事を許された。しかし、少女は優秀が故に選ばれ、戻る事すら許されないほどの暗部を知ってしまったのだ。側妃候補たちはこの部分を学ぶ直前である。まだ戻る事が出来るのだ。

 もしも青年がもっと早くに恋仲を表明していれば、適切に対処していれば王妃と側妃と妾の違いを知り、恋仲を妾にしたであろう。しかし、青年は何も知らずに密かに動いてしまった。故に、少女は死ぬしか無くなったのだ。

 少女は彼女の兄の腕の中に収まり青年の前から去っていく。青年はしばらくの間動くことが出来なかった。ざわめく樹々の音がいやに大きく聞こえる。生ぬるい風が肌を撫ぜ、それが疎ましく思えた。


「無知が人を殺す事を理解しましたか?」

「何故、何故、教えて下さらなかったのです!」

「教えております。教育係も常々伝えていたはずです。そなたがそれを理解せず受け止めず、大袈裟だと切り捨てたのです」

 王妃に詰め寄った青年に、王妃は変えぬ笑みを浮かべながら、冷酷に返す。とても優秀な少女であった。どれだけの苦しみを与えられても涙一つ零さず、苦悶すらも表に出さなかった少女はまさに王妃が望む次期王妃であった。一日の大半を膨大な勉強に費やし、何度も血を吐く姿を見た。少女に付けられた教師たちは決して優しくなどなかった。王妃自身も経験したからこそわかる、あの苦しみの日々を耐えきった少女がまもなく報われるはずだった。

 愚かな息子を止めることの出来なかった愚鈍な王と王妃に成り下がってしまった事を今でも悔いている。青年は己の周りにある謀略など何一つ理解出来ないまま、狡猾な者達に踊らされた。少女の兄である側近の一人も何度も苦言を呈し止めたにもかかわらず、青年は隠れて行動していた。あと一歩、僅差ですべてが狂ってしまった。

 それを青年は理解しているのだろうか。

 怒りも不満も全て押し殺し、王妃の仮面を自然と被り続ける王妃を恐ろしいものを見るような目で青年は見る。

「そなたは王が命じた契約を軽んじました。あの者は王命によりそなたの婚約者となり、膨大な時間を掛けて育てあげたのですよ。そなたが至らぬ所が多すぎるが故に本来であれば王太子が学ばなければならぬ物も修めた、まさに珠玉であったと言うのに。分かりますか? そなたが道を外れずにいればあの者は死ぬことは無かったのですよ。そなたが殺したのです」

「そんな……私は、ただ」

「恋がしたければ、愛を求めるならば妾にすれば良かったのです。何の政治的制約もない愛人に、何故しなかったのです? そなたは妃教育にかける時間や費用、それに伴う犠牲をわかっているのですか? 側妃候補たちが正妃を願う事が無かったのは、それだけあの者が優秀であったということです」

「私はただ、彼女に立場を、人に認められる地位を」

「そなたは王妃を、正妃を何と思っているのです。飾りでは無いのですよ? 装飾品などではありません。時に残酷な決断を下さなければならない。非道と言われようともそれが出来るのが、王妃であり正妃。その為の教育だというのに。これでもそなたはまだその座を与えたいと言うのですか?」

「……」

 青年は何も知ろうとしなかった。己にとって耳心地の良い言葉だけを受け止めた結果が今である。


 少女は死んだ。

 青年の無知が故に。

 少女の命を懸けた最後の講義は青年の心に届いたのか、それは歴史書が物語るだろう。

10/31追記

短編『貴方に彼は相応しくない』をご覧頂けた流れでこの作品もまた目に留めていただけて幸いに思います。

感想へのご返答にも書かせていただきましたが、こちらの結末は明確にしておりません。

空白の余地を作っておりますので、この後どのような未来が待ち受けているのか是非ご想像いただければと思います。

百人いれば百通りの未来が待っているでしょう。結末が同じでも過程は異なるでしょう。こうであって欲しい、こうなればいい、こうでなければ納得いかない。様々な未来図をご想像いただければと思います。

また、王太子の行動を不愉快に思う方もいると分かりましたので、『胸糞注意』のタグを追加しております。

候補の少女からすれば間違いなくその恋は報われていないので『悲恋』ではあります。ですので、こちらのタグはそのまま付けております。

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