五話 舞踏会での出来事 前編
舞踏会会場に着くと、私たちは建物の前にいた騎士たちに学生証を見せた。
「どうぞ」
扉からたくさんの光が入ってくる。中に入るととても豪華な料理に踊り始めている学生たち。そして、それを見守りながらグラスを回す生徒たちがいた。
「イティシア嬢。私と踊っていただけますか?」
「はい」
決まりであるパートナーとダンスを一度踊った後、私は友達のいる輪へと向かった。
「イティシア嬢のパートナーはリベルタ卿だったのですね」
興味津々そうに輪の一人が聞いてきた。思っていた通りの反応だ。
「ええ」
「どうやって誘ったのですか」
「パートナーになってくださいませんかとお願いしたらなってくれると言ってくださいました」
そんなに面白いものでもないから聞いてどうかと思うけどこの世界ではそれがいいみたいなんだよね。
「そうですか」
あ、何か恋愛に重ねていそうだけど全然そんなんじゃないよ。期待しちゃってごめん。
「皆さんの思っているようなことは決してありませんよ」
あまり噂になると困るし、ここで訂正しておこう。
「そんなに言わなくても、分かっておりますよ」
ああ、これ絶対勘違いされてる。貴族は裏の言葉を使って話しているから裏の言葉だと思われたのか。裏読みすればそうなるな。
もういいや。諦めよう。
「イティシア様はリベルタ様と踊らないのですか?」
「リベルタ様の邪魔をするわけにはいきませんから」
今、リベルタは他の人と話している。そこを邪魔するわけにはいかないだろう。
「そうしているうちに他の方に取られてしまいますよ」
にこっと笑いながらメイデアが私に耳打ちする。
メイデアは私とリベルタのことを両想いと勘違いしている一人だ。そういう中ではないからと一応釘をさして周りにこのことを広められないようにしているんだけど、それをメイデアは分かっているのかな。
「私にリベルタ様は相応しくありませんから。それは重々承知しています」
「そうですか」
メイデアは少し残念そうにしていた。
今、リベルタの婚約者として皆が上げている相手はクイテラ公爵令嬢だ。私よりも身分が相応しいし、素養もあるし、礼儀もちゃんとしている。明らかに私より彼女の方が婚約者に相応しい。だから、リベルタが婚約破棄を申し出たら私はそれを受け入れるつもりだ。
リベルタの方に目をやるとリベルタは話が終わったようで壁にもたれてグラスを回していた。それを見たメイデアはイティシアの背中をリベルタの方に押した。
「え?」
メイデアはにこっとしている。ああ、また勘違いされてる。
「イティシア様。どうされましたか?」
甘い声の持ち主が私に声をかけた。
「いえ」
その主はもちろんリベルタだ。でも、何も話すことがないし。何を話せば。
「久しぶりにその顔を見ましたね。イティシア様が困っていらっしゃるときの顔です」
こんな顔をリベルタに見せたのは確かに久しぶりかもしれない。私が学院に入る前にお茶会で突然リベルタが学院に入るお祝いと言って来た時だろうか。
「ええ。そうですね」
緊張がほぐれた。周りの視線ばっか気にしていてリベルタのいつも通りの顔を見て安心した。
リベルタの顔が近くに寄ってきた。どんどん皆の視線が集まってくる。
「イティシア様。もう一度ダンスを申し込んでもいいですか?」
予想外の言葉だった。
「……無理です」
ダンスを同じ相手と踊るのは婚約者だと言っているようなもの。それをしてしまえば婚約者だとバレてしまうし、婚約破棄もしずらくなる。
「そうですか」
リベルタは少し残念そうに下がっていく。
「待ってください。少し話がしたくて」
リベルタはふっと笑って私を壁の端に連れて行く。
「それで話とは何ですか?」
死角になるところなので皆の視線を気にする必要はない。今なら話せる。
「リベルタ様はなぜ私と婚約したのですか?私の父とヴェクトル公が友だからという理由ならば断わってもよかったのではないですか」
親同士が決めた婚約ならリベルタはその婚約を断ることができる。リベルタには無理して私と婚約を続けてほしくない。
「イティシア様には言っておりませんでしたが、私にはたくさんの婚約者候補がいました。その中で父上が私に押してくれたのはイティシア嬢でした。私は気乗りしませんでしたが早く婚約者を決めないと、令嬢からのお誘いが断れないからという不純な理由で私はその場に行きました。最低な考えです」
別に私はそんな最低だと思わないんだけどな。貴族にも婚約者がいるのに他の令息や令嬢たちと遊んで婚約者を蔑ろにして、噂を立てられる方が嫌だけど。
「別に私は最低だと思いませんよ。リベルタ様よりもっと最低な人もいますし。それに、リベルタ様に利用されても私は何も思いません。それより、リベルタ様のお役立ててよかったです」
多分これから婚約破棄をしてくれと言われるのだろう。
「イティシア様は私が婚約破棄すると思っているのでしょうが、私はあなたを好きなのです」
ん?なんて言った?好き?前世でも告白されたことのない私が?いやいや聞き間違い。よく考えて……やっぱり言ってる。
「え、なんでですか」
恋愛のことに免疫がない私は顔を赤くする。私はリベルタに顔を見られないように後ろを向く。
「すみません」
恥ずかしい。でもなんで私のことなんか。
「少し場所を変えましょう」
周りを見てみると結構目立っているようだ。ここはリベルタの言う通りにした方がいいだろう。
「分かりました」
私たちは外に出て庭にあるベンチに座って話し始めた。