episode.07 #デート
「出掛けない?」と言いながらコーヒー片手にやってきたアルノルトは何故か朝からエルザの部屋で寛いでいる。
毎回思うが、暇なのだろうか。
「出掛けるってどこにですか」
「街」
「街って…。無理じゃないですか。アル様は身分のあるお方ですから」
「大丈夫、お忍びだから」
何が大丈夫なのかさっぱり分からん。
「変装するし。ね?行こう?」
半ば引きずられる様にして、エルザは王宮の外に連れて来られた。
「出掛ける時は顔隠さないんだね」
「出掛ける時のために顔を隠している様なものですから」
そう言うアルノルトは変装という名のサングラス。
全然隠せていない気がする。まずオーラがダダ漏れている。
「…大丈夫なんですか?勝手な事して」
「ははっ。僕も大人だからね。デートくらい別に大丈夫だよ。」
もしもこれがデートだというのなら余計に大丈夫では無い気がする。何しろこの人はこの国の第三王子である。
「国王陛下と言い、アル様と言い、自由な人ですね。もしかして第一王子と第二王子もこんな感じなのでしょうか」
「一番上は凄くしっかりしてるけど、二番目は僕よりヤバい。まあ、ここは自由と愛の国だからね。」
自由と愛の国……初めて聞いた。
「あなたの様な人は、美人との出会いなんて沢山あるのでは?」
「無いとは言わないけど、みんな君の次かな」
そんなわけあるかよ。
「そうやって女性を堕とすんですね」
「あははっ!君も堕ちてくれる?僕に」
「揶揄わないでください」
今日は顔を隠していないから表情を固めておくのに苦労する。
何が目的かは知らないが、エルザはこれといって欲しいものは無かったので、ただひたすらにアルノルトについて歩いた。
街は人で溢れていて、一度離れたら二度と出会えないのでは無いかと思うほどだったからだ。
「君は全然飾らないよね。魔獣師はみんなそうなの?」
「いえ、そう言うわけでは。そもそも派手なお面を付けているのでそれに合うように装飾品を付ける人もいますけど」
「君は?」
「私は、あまり興味が無かったので」
正確には昔は興味はあったけど今は無くなったと言った方が正しい。
エルザの母親は派手とは言わずとも多少着飾るタイプの人だった。
幼い頃、母に抱かれて魔獣に乗っては、キラキラと揺れるピアスが大人の象徴のように見えて憧れた。
けれどそれは逆に、大人にならなければ付けられない物とエルザは思っている。
自分はまだそんなに偉大では無いと付けるのを躊躇っているうちに必要性を感じなくなってしまった。
「ふーん」と言いつつ、アルノルトは店先に並べられているネックレスに目を向けていた。
「じゃあ、コレ」
その中の一つを手に取ると、店主に手渡した。買うのか。
『贈り物かい?それなら、包んでやるけど』
気前のいい女店主は客がまさか王子だとは気づかないが、アルノルトが男前な事に変わりは無いのでニコニコしている。
「贈り物だけど包みはいらないよ。彼女がすぐ付けるから」
『そうかい。なら、このまま渡しちまうよ』
「ありがとう」
エルザが、交わされている会話の意味を理解するより、アルノルトがエルザの首に手を回す方が早かった。
「うん、よく似合うね」
「………え?」
ほんの少し、冷たい感触がエルザの首元をグルリと一周している。
「毎日付けて」
「いやいや!貰えませんよ!!」
「良いから良いから。お守りだと思ってぜったい身につけておいて。あ、これ上司命令だから」
こんな時ばかり立場を利用するのはずるい。
「それとも気に入らなかった?なら別のを…」
「い!良いです!!」
これ以上貰うのは益々困る。
エルザが折れるとアルノルトは満足そうに微笑んだかと思うと、「欲しい物があったら買ってあげるから言ってね?」なんて始末だった。
「いくらお金持ちでも、無駄なものには使わない方が良いですよ」
「無駄なものって?」
「何処かのお姫様とか、御令嬢に贈るならまだしも、私なんかに」
「君が物で釣れるとは思ってなかったけど。…君にとってこれは、無駄なもの?」
サングラスのせいでアルノルトがどんな表情なのか、うまく読み取れないけれど、エルザの首筋に小さく輝くそれに触れる手からは躊躇いが感じられる。
「そう言うことではなくて」
「なら、何も言わずに受け取って。もしも君が命の危機に晒されるような事があった時、僕は君の近くにいられないかもしれない。その時にこのネックレスをみて、君があの世に逝くのを思いとどまるように…なんてね」
「……………」
何と返事をすれば良いのか分からなかった。
あまりにも切ない顔をするから。
この顔も計算のうちだと言ってくれるのならその方が良いとすら思える。
「生きたいと願ったところで、死ぬ時は死にます」
エルザは魔獣師だ。救えなかった命もある。
人は、思ったよりも簡単に死んでしまう。
「君が死んだら、僕も後を追っていい?」
「ダメに決まってるじゃ無いですか」
「じゃあ、僕が長く生きられるように頑張ってね」
その言葉はまさに、「君が死んだら僕も死ぬ」と同等で、脅しなんて卑怯な手を使っている割に、アルノルトの表情はさっきより晴れやかだった。




