episode.22 #怒
アルノルトはエルザの手を引いてぐんぐん歩いている。一方手を引かれているエルザはその歩幅に合わせて走っている。
普段、アルノルトがエルザに歩幅を合わせてくれているのだと、気付かされる。
そして、顔が見えなくても分かる。
怒っている、と。
アルノルトは2人で住んでいるあの家にエルザを強引に押し込むと、それはそれは盛大にため息を吐いた。
「お菓子につられてついて行ったらだめだよって、僕教えなかったっけ?」
「ついて行ってません」
「エルザ」
「……………喧嘩を売ってきたのはエラルド様です」
「…はぁ〜〜〜」
態度、口の利き方が悪いと言うならいくらでも謝ろうと思う。自覚があるから。
でも仕掛けてきたのは確実にエラルドだ。
アルノルトの事も侮辱していたし。ヨハンは絶対に妹であるエルザを悪く言ったりしない。
エルザは自分が悪かった点はいくつか思い当たっているが、それにしてもアルノルトのため息が深く長い。
……………。
「………ごめんなさい」
エルザが謝罪すると、アルノルトは項垂れていた頭を上げた。
「君が無事で良かったよ」
「アル様も、お元気そうで。」
「心配してくれていたの?」
「……………まぁ。少しは」
本当は結構心配していたけれど。素直には言えなかった。
「完全に兄さんに目をつけられたね、君。まあ、僕のせいでもあるけど」
「…?」
今回の件で目をつけられたのは言うまでも無いと思うが、アルノルトのせいとはどう言うことかとエルザは首を傾げた。
「しばらくここに帰ってなかったから」
「お忙しかったのでは?」
「あんまり、忙しくは無かったよ」
「………てっきり、多忙なのだとばかり」
アルノルトは普段、本心を隠すように余裕そうな笑みを浮かべるのだが、今は感情のまま苦笑いを浮かべている。珍しい。
「僕は今、自分が1番君の近くにいて、君の事を支えられる、支えていると思っていたんだけど…。あの日、君に邪魔だと言われて、いじけていた」
「え?」
エルザはアルノルトが何の事を言っているのか、瞬時に思い返す事が出来なかった。
エルザとしては邪魔と言う言葉の裏には全く違う意味があって、印象としてはそっちの方が強かったからだ。
でも確かに、ゆっくり記憶を辿ると確かに言ったかもしれない。
「あ、あれはそう言う意味じゃ…!」
「邪魔に邪魔以外の意味は無いでしょ。僕が君の足を引っ張っているなら、どんな顔で会えば良いか分からなくて。ほら、同じ場所に住ませたり、仮面を取らせたり、強引な事をしている自覚はあるから」
「それは………そうですね」
こればかりは否定のしようがない。
「君にとっては迷惑な話だったよね。僕は邪魔なんだとはっきり言われてしまったら、流石に、帰れなくて…」
「ち、違います!違うんです!!」
エルザの想いとは全く違う事がアルノルトに伝わってしまっている。これに関してはエルザが全面的に悪いので、素直に思っている事を伝えるしか無かった。
「アル様が私を危険な目に合わせたく無いと言ってくださったように、私もアル様に危険な目に遭って欲しく無いんです。興奮した魔獣は、とても危ないので」
「僕は騎士だよ」
「人には得意不得意、向き不向きがあります。魔獣に関しては私の方が得意で向いています。騎士だろうと何だろうと、そこに関して魔獣師を出し抜く人はいないんです。」
「でもあの日君は急に走り出しだして、何が起きてどこに行くのか、何一つ教えてくれなかった」
「……それは、すみませんでした。急いでいたので…」
胸中は言葉にしなければ伝わらない事くらい、子供でも分かると言うのに、こればかりはエルザの怠慢としか言えない。
あと何事も素直になれず、強がってしまうエルザの悪癖でもある。
「君は、言葉足らずだと良く言われない?」
「い……言われ、ます…」
「あと素直じゃ無い」
「……………」
「僕も君の事はそう思う。知っていたはずだったんだけど……もっと早く、君と話しをしておけば良かった」
「すみま、せん…」
居心地の悪そうに視線を晒すエルザを見て、アルノルトは自嘲気味に鼻で笑った。
エルザは素直じゃ無い性格だと分かっていたのだから、いつものように強引にでもきちんと話しをして、その心の内を探れば良かった。
そうすれば、未遂だったとは言え、エラルドにあそこまでされる事はなかったかもしれないとアルノルトは後悔した。
「はぁ。…兄さんには何て言われたの?」
「…猫がどうの、と言っていました」
間違いでは無い。物凄く要約しただけで。
言葉足らずをつい先ほど謝ったばかりなのに、これである。
「猫、ねぇ…。確かに君は猫っぽいけど、そう言われただけで君が楯突くかな?そうは思えないけど…他にも何か言われた?」
ぶっちゃけ、エルザは猫だ猫だと言われただけで売られた喧嘩を買ったわけなので、それはアルノルトの過大評価なのだが…。
「……………アル様、を…馬鹿にしていたので……ム、ムカついちゃって……」
「まさか、僕の事を言われて怒っていたの?」
「…だって………ウザかったから………」
まるで言葉を選ばずに言い訳をするエルザが、普段の凛とした態度と比べてかなり幼い子供のように見えて、アルノルトは思わず吹き出した。
笑い転げるアルノルトに、エルザは物凄く居心地の悪さを感じて、逃げ出す事は無くとも視線を横にずらしたまま絶対にアルノルトを見ないようにしていた。
散々笑った後、アルノルトは立ち上がり、エルザを正面から抱きしめた。
「僕のために怒ってくれたの?」
「……そういう、わけでは…」
素直、とは誠にこの世の何よりも難しい。
そんなエルザの心情を読んだかのように、アルノルトは抱きしめる腕に少し力を込めた。
「ありがとう」
エルザの耳が少し赤くなっている事には気づかないフリをした。




