episode.20 #邪魔者
アルノルトはエルザの髪の隙間から首元に覗くものに背後から手を伸ばした。
「!?」
驚いたエルザは瞬時に振り返ると、「おえ」と色気のない干からびた蛙のように鳴いた。
「あはっ、ごめんごめん」
アルノルトの指にはネックレスが絡まり、エルザの首を軽く絞めていた。
それはいつだったか、アルノルトがエルザに贈ったものだ。
毎日着けるようにと言ったけれど、律儀にそうしている事が少し意外だった。
「ちゃんと着けてくれていたんだ。気に入った?」
「………付けろと言ったのはアル様じゃないですか」
「そうだけど。もしかして、照れてる?」
「……………別に」
エルザの表情は仮面で隠れているが、きっと赤くなっているだろうと思う。
「他に欲しい物は無いの?指輪?」
「いや、それはまだ早いでしょ」
「……………」
「…?何ですか?」
急に黙り込んだアルノルトはじっとエルザを見たまま動かなくなった。
「い、いや…。てっきりいらないって言われると思ったから」
「!」
そう指摘されるまでどうして気づかなかっただろう。
少し前のエルザなら迷わず必要無いと答えたはずなのに、なぜ自分が「まだ早い」なんて口走ってしまったのか分からない。
まさか、多岐にわたるプロポーズにあてられたのだろうか。
何にしろ失言である。
「い…言い間違いです!」
「あははっ。指輪はちゃんと時期を見て良いものを贈るよ」
「だから違うって『クオーーーーン』
エルザの言葉は何かの動物の鳴き声によって遮られた。
音は微かに聞こえる程度。恐らくアルノルトには聞こえていない。そしてエルザはこの鳴き声に聞き覚えがある。
魔獣の遠吠えは十数キロ離れていても聞こえる時がある。
方角は街では無く、エルザの故郷である村の方。
野生の魔獣という線もあるが、山の中で誰かが襲われて助けを求めるために魔獣を鳴かせた可能性が高い。
「すみません。先に帰ってください」
行かなければ。
「あっ、エルザ!」
急に真剣な面持ちになったエルザをアルノルトは止めようとしたのだが、足場の悪い自然の中での身のこなしはエルザの方が一枚上手だった。
小柄な体格はエルザの武器である。
先回りしていたミキの姿を見つけて、一刻も早く飛び立ちたかったのだが、エルザは数秒間、その場にとどまった。
アルノルトがエルザに追いつく。
「…急にどうしたの?どこにいくつもり?」
「すぐに戻ります。」
「僕もいく」
「ダメです!」
街での被害とは違い、アルノルトが来たところで出来ることは何も無い。
もしも群れで襲われていたのだとして、アルノルトが地上からエルザを追いかけてきたら、アルノルトも魔獣の標的になる。
「君を危ない目に遭わせたくないんだ」
「………本心でそう思うなら、来ないでください。」
「でも」
「あなたがいると邪魔です」
エルザはピシャリと言い切り、今度こそ空高く飛び立った。
アルノルトがエルザを危険な目に遭わせたくないと言うように、エルザもアルノルトの安全を守りたい。
どういう経緯かは知らないが、王子ともあろう人が騎士団に所属している。それだけでも危険が付き物だと言うのに、エルザの生きる性にまで付き合わせられないのだ。
アルノルトのように「貴方を危険な目に遭わせたくない」と素直に言えればいいのだが、エルザがそんな事を素直に言えるはずもない。
エルザがアルノルトの事を想って言った「邪魔」という言葉。アルノルトにはその言葉の意味のまま、深く心に突き刺さった。
「僕が行っても何の役にも立たない」
そんな事は自分が1番よく分かっている。
分かってはいたが、出来る事を探す事さえも許されなかったアルノルトは無力にもその場に立ち尽くす事しか出来ない。
アルノルトは物心ついた時から自分の無益さに自覚があった。
王位継承権からは遠く、元よりその器ではない。頭脳も兄に劣る。
自分は使う側では無く、使われる側なのだと自覚せざるを得なかった。
頭で劣るのならせめてと体を鍛えた。騎士団に所属する事になったのもただそれだけの事だ。
故に憧れた。
生きる価値のある人に…使うでも使われるでもない、自らの意思で動く魔獣師、エルザに。
以前エルザに、「それは恋ではなく憧れだ」と言われた事がある。確かにその通りだと思う。
けれど、恋も憧れも境界線は曖昧なもので、自分の価値を見出せていなかったアルノルトはエルザへの感情がどちらだったとしてもそれに縋っていたかった。
それさえも、彼女にとっては邪魔なのだろうか。
「……………」
この日を境に、アルノルトはあの家に帰って来なくなった。




