episode.01 #旅立ちと出会い
「エルザ………」
「え。やめてよ、泣かないでよ」
保護区設立地の王都に向けて、エルザは出発の日を迎えていた。
クリストフが国王に返事の手紙を書くと、後日【食べ物と住む場所はこっちで用意するからね〜!】と手紙が届いたのでエルザは最低限の持ち物をミキの背中にくくりつけた。
小さな村なので、エルザが村を出る噂は一瞬にして広まり、こうして盛大に見送られる事となったのだが、最後まで反対した兄は男のくせにみっともなく涙目である。
「何かあったらすぐに帰ってくるんだぞ。お前の身に何かあるぐらいなら、王都とは縁を切ってもいい」
「いやいや………」
こんな人が次期村長候補とは、考え直した方が良いのではなかろうか。
「とりあえず、やれるだけやってみるから。暫く村には帰れないと思うけど、元気でね」
両親や村の人々、兄さんにもしっかり挨拶をして、エルザはその顔を覆う覆面を被った。
魔獣師が魔獣師として活動する時は、こうして顔がバレないように覆面をつけている。
顔がバレると買い出し等で街に出る時に支障をきたす恐れがあるためだ。
左右非対称の模様が彫られた覆面は、村に古くから伝わる技法で彫られ、安全祈願の意味もあるのだと教えられた。
エルザの覆面は兄のヨハンの物と並べると1つの模様が浮かび上がる仕組みになっている。
王都まではミキの翼を借りて移動する。小柄なエルザを軽々と背中に乗せると、ミキはバサッと大きく翼を広げた。
「エーーールザーーーーー!!」とぶんぶん手を振っていた兄の姿もすぐに見えなくなった。
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保護区設立地のおおよその場所は聞いていたが、近くまで来るとご丁寧に【ここだよ】と王国の国旗が堂々と掲げられていた。
実際に魔獣を保護する前に、お試しでミキがここで暮らす事になる。
王宮裏の手付かずの山林をほぼそのままの形で利用するようで、ありのままの自然の姿は故郷の山を思い出させる。
「ちょっと空気は悪いけど、問題なさそうだね」
「キュ、キュル〜」
誰もいないのでエルザは覆面を外した。
そういえば、なんの許可もなくここに降り立ってしまったのだが大丈夫だっただろうか…。
でも人の多い市街地や宮殿の近くでは、パニックを引き起こしそうだし、何か言われたら謝っておけば良いか。
エルザはミキの羽を撫でながら荷物を下ろした。
「遊んでおいで」
ミキはエルザの言葉を理解したようで、広い山地の散策に出かけていった。
王宮に到着した事を伝えた方が良いだろうな、とエルザが荷物を背負ったその時、ジャシッと背後から足音のようなものが聞こえた。
「ここで何をしてるの?」
ハッとした勢いで振り返ると、左の腰に剣を携えた青年が立っていた。少し敵意を感じる。
「あ、すみません」
誰かは知らないが無断で入った事は謝罪しておこう。
事情を説明すれば分かってもらえるはずだ。
「魔獣師のエルザと言います。魔獣保護区の設立の件で協力要請を受けてきたのですが……ここで合ってますよね?」
「魔獣師…君が?」
なにやら驚いたような顔をする青年に向かって、エルザは「そうですけど?」と首を傾げた。
「魔獣師は人前で己の顔を晒さないと聞いていたんだけど」
「あ……………」
そう言えば誰もいないからと油断して覆面を外していたんだった。
完全に顔を見られた後で既に意味はないと知りながらも、腰にぶら下げていた覆面を手に取り顔を覆った。
「今のは、見なかったことに………」
「君、は………」
苦い境地でいるエルザを尻目に、青年は何故か目を見開いて言葉を失っていた。
かと思えばズンズンと近寄ってきて、よりにもよってエルザの目の前で跪いて見せた。
ギョッとしているエルザを他所に、青年は続けた。
「探していたんだ、君を。結婚してほしい」
「…………………はい?」
突然の出来事に全くもってついていけない。
探していた?私を?
結婚…?え?
「2年前、王都に魔獣が現れた時、僕を救ったのは君でしょ?」
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。
薄情だと言われるかもしれないが、エルザは自分が手を差し伸べて救った命をいちいち覚えていない。
「どうでしょうかね、覚えてないです」
っていうか誰なんだこの人は。
身につけている物を見る限り、良いとこの人っぽいけど。
「その面、間違いないよ。魔獣師は一度覆面を被ると生涯その紋様を違えないと聞いた」
その通りですけど。
魔獣師が被る覆面に、同じ模様は2つと存在しない。複数人で行動する時、顔を隠す代わりに、その模様で誰が誰かを判断するためだ。
「ずっと探していたんだ…こんな所で会えるなんて…」
「あ、あのー……」
その前に誰なんですか、あなたは。
青年はエルザの心の声を見透かしたように、「おっと」と言って立ち上がった。
並んで立つとエルザの頭一つ分くらいは背が高い。
「僕はアルノルト。アルノルト・リヴァルタ、アルと呼んでくれれば良い」
「リヴァ、ルタ………」
現国王、つまり間接的にもエルザをここに呼び出した最高権力者の名前はフランク・リヴァルタ。
青年はその姓を継ぐ者。王子だ。
「失礼を致しました。王子とは露知らず…」
「構わないよ。僕のお嫁さんになるなら」
「……………それはちょっと」
最初に向けられた敵意はまるで無く、今は人懐っこい笑みを浮かべるアルノルト。
エルザの不服申し立てにも動じる様子は無く、むしろ楽しそうにしている。
「まあいいよ、この話しは追々ね。父のところへ案内しよう、まだ顔を出していないだろう?」
「あー、はい。これから行こうと………って、ええっ!?」
案内してくれるのはありがたい、とついて行こうとしたらアルノルトはひょいとエルザの荷物を担いだ。
「ちょ、良いです!自分で持てます!!」
王子に荷物持ちなんて、首が飛びそう。
「僕に持たせて。2年前の恩返しに」
「い、いやいや……!」
その後も、そんな恩返しは不要だと訴えたのだがアルノルトは聞く耳を持ってくれなかった。