episode.00 #始まりの手紙
魔獣
炎を吹いたり、水を吹いたり、体が透明になったり、体内で電気を生み出したり…
人智を超えた獣を総称して『魔獣』と呼ぶ。
成体では5m級にまで成長する種類のものもいて、時に人々の恐怖の対象になる事もある。
そんな魔獣が住まう山の奥地に人口100人にも満たないような小さな小さな集落がある。
魔獣と共存し、言わば魔獣の専門家が暮らす村だ。
街で魔獣の被害が出た時に、その対応を任される事もある魔獣のエキスパート集団。
そんな村に一通の手紙が届いた。
「魔獣の保護区………なんでまた」
「国王様が魔獣マニアなんじゃと。」
それはまた変人ですこと。
エルザは村長のクリストフに呼び出され、手渡された手紙に目を通していた。
なんでも、【長年の夢だった魔獣の保護区を作ろうと思うんだけど、素人ばかりじゃ不安だから誰か貸ーしてちょ!】と言う事らしい。
「それで?」
「お前が行け」
「ええ………」
やだよぉ、と言うのが正直なところである。
「私より兄さんの方が良いんじゃ?」
エルザには3歳上の兄、ヨハンがいる。それはそれはシスコンで溺愛されている自覚はあるが、魔獣師としては優秀な人材だ。
「ヨハンには村を守って貰わねばならんからな」
ヨハンは優秀ゆえ、将来をかなり期待されている。
まだ20そこそこだと言うのに、村長候補とまで言われている。
本人もいずれそうなるだろうと将来設計をしているようなので、別に良いのだけれど。
「兄さんが許すかな。絶対反対すると思うけど」
「そうじゃろうな、ワシが説得する。この村でヨハンに次いで優秀な若者はエルザ、お前じゃからな」
それはどうも。
少子高齢化が進むこの村は、そもそも出生率は高くないし、それに伴い子供の数も年々減っている。
比べる相手が少なければ、優秀と評価される倍率も減るものだ。
「私の手に負えるといいんだけど」
「ワシが推すのじゃから大丈夫じゃろ。お前にとっても良い経験になるに違いあるまい」
「まあ、マルクスに行かせるわけにはいかないもんね。まだ12歳だし」
マルクスはクリストフの孫。
可愛い子には旅をさせよ、とどこかの国では言うらしいが旅をするには少々幼すぎる。
それにクリストフは孫離れが全然出来ていない。
「マルクスにもいずれ、大役を任せる時が来るじゃろうが、今ではないな」
そうですかい。
恥じない働きが出来れば良いのだが。
「頼まれてくれるな?」
「…ミキを連れて行くよ」
「構わんじゃろ」
エルザが生まれた時から、姉妹のように一緒に過ごしてきた魔獣がいる。名前はエルザが『ミキ』と名付けた、飛行型の気性が穏やかな魔獣。
ミキが一緒にいるだけで、1人で行くのとはだいぶ心も軽くなる気がした。