そう言うところも嫌いだ!
木のボートに乗った男女。男は満面の笑みでぐんぐんとオールを漕ぎ、女は顔面蒼白に男を見上げていた。
彼女の背後からは怒涛の水音。鼓膜を破りそうな轟音は、徐々に、徐々に近づいていく。
「お嬢様、滝に落ちるというのは初めてですね」
「出来れば経験しなかったよ」
「奇遇にも私もです」
白々しくも笑みを輝かせ、オールを深く漕ぎながら男は答えた。それはもう楽しいと言わんばかりに。
「嘘をつけ、嘘を」
オールで漕がずともぐんぐんとスピードを上げたボートは、とうとう彼の大爆笑を彼女の耳に届かせることない轟音に変わり、どっと! 宙に浮いた。
一瞬の浮遊感、轟音が遠ざかった錯覚の中、男の笑い声だけが彼女の鼓膜を響かせている。忌々しくも。とっても。
「あ、あ、あ、あああああああああああああああ‼」
「あははははは! たまには良いですね、こういうのも!」
重力に引っ張られ体が勢いよく落ちていく。内臓の浮く感覚は余り得意ではない。
彼女は空を飛ぶ魔法も術式も存じ上げ、扱うことは可能なのだが、こと今回に限ってはそのどちらもが使えない。魔法を使わず、生身のままで落ちていく。それが、今回求められている、行動、だから……。
「あ、あああああああああいやだああああああ‼」
「悲鳴を上げるお嬢様も大変お可愛らしいですよ」
落下には慣れている彼はくすくす優雅に微笑みながら彼女を追って、滝壺へと落ちていく。共に。少し、ズレた場所へと。
彼女も彼も、互いに手を伸ばすことなどなく。重力に従い、空が遠くなっていく。また、水音が彼女の鼓膜をつんざいた。
背中から重たい衝撃が走る。水が自然の動きをなさず、魔法の力で石を持って彼女と彼の体をぐわりと大きく包み込んだ。太陽の遮られる感覚、水音さえも遠のく静けさにぎゅっと瞼を瞑る。
近くで落ちた男はけたけた。「なんですか、弱者みたいで可愛らしいですね」なんて。
「ああ、お前のそう言うところも嫌いだ!」
彼女の側仕えは、今日も彼女に大変馴れ馴れしく不敬である。