光で満たされる世界
それはまだ私が小学5年生の頃だった。
初めて蛍を見たのは、地元の工場に飼われている蛍だ。その工場に、友達と行ったのは蛍を見るのと帰りに飲料品が貰えるのからだった。
乳酸菌の飲料水で、酸味があるけれど夏にはピッタリな飲み物。原液だと味が濃いから、水や炭酸で割ったりする。そして……スーパーで売っていると値段が高い。お母さんにねだっても「高いから、我慢して」と言われ心の中で何度も泣いた。
「え……蛍、知らなかったの?」
「あ、いや。テレビでは知ってたけど実際には見た事なくて」
驚いている私の反応が、蛍を知らないと思ったのか聞いていくる。
実際に見た事はない、と答えると友達は「あぁ」と納得してくれた。蛍は知っているし、テレビ越しなら全然見たことある。だが、実際に見たかと言われると……近くに川もないから、この歳まで見た事が無かった。
「まぁ、あとは空気が綺麗じゃないしね」
「東京じゃないけど……」
「そこはいいの!!!」
都会って言う程、あんなにビルは多くないが田舎って表現するには微妙だ。……都会と田舎の中間くらいな感じ? 工場はあるけど、そんなに多くないし。空気が汚れているのかと言われると微妙だけど、綺麗ってほど胸を張れないというのが本音。
そんな話をしながらホクホク顔で帰った。
蛍をみたその工場では、その高いと言われて買って貰えなかった乳酸飲料が貰えるのだ。工場見学をし、蛍を見る。最初は帰りに貰える飲料が目当てだった私は、すっかり蛍の光に魅了されており「綺麗だったなぁ」と感動していた。
「そんなに?」
「だって綺麗じゃん」
「悪いけど田舎だともっと多いよ」
「えっ!? さっきのより!!!」
食い気味に聞いた私に、友達は目を瞬きを繰り返し笑い始めた。
あとからそんなに食いつくと思わないから、驚いただけだと言われたらからかわれたと思った私は……ふんっとそっぽを向いた。
「え、お姉さんの所に?」
友達と話してから3日後。
急にお父さんから言われてビックリした。なんでも、お姉さんの所にあるソファーを貰いに行くんだって。宅急便じゃダメなのかって思ったが、そのお姉さんとはなかなか会えないから直接会って話したいんだという。
「いつ行くの? 新幹線で行くんだよね?」
聞いたら岐阜県だっていうし、新幹線に乗るんだなぁと思っていた。聞いたら「明日」っていうから、思わず首を傾げるよりも先に「ええっ!?」と叫んだ。
「仕方ないだろ。俺の夏休みは明後日で終わるし、姉さんも急に会えるならお前もって言われて……」
その後も、ブツブツと「ゆっくりしたかった」と言っているので家でだらける気満々だったようだ。
なんせ車を運転できるのはお父さんだけ。お母さんは持ってないし、私も免許が取れる年齢になれば取ろうとは思っている。
……お父さん、ファイト。
「大丈夫!! ナビゲートは私に任せて」
「やっぱりナビ、買おうよ」
「冒険するのも良いドライブ経験になるよ」
「それ、俺が苦労するだけなんだが……?」
「……。そ、そこは家族なんだから共有して」
「どうやって?」
「……」
ナビを買おうと提案した私に、高いから無理というお母さん。
自分がナビ代わりになると言い出したが、迷うの前提で言うんだ。もうそれ、ナビの意味がない……。
私とお父さんのジト目に逃れるように「じゃあ、夕飯の買い出し行くね」と言って逃げて行った。
その翌日、朝3時に起こされてビックリ。
支度もして、岐阜県まで行くのにと地図を買っておき準備万端。お父さん、早く寝たのはこんなに早く起きるの知ってたんだね。……教えてくれれば良いのに。
「ごめん、驚かせたかったんだ」
「……お父さん、子供がもう1人居るよ」
「そうだな。子供2人と俺の3人家族だ。サービスエリアに着いたら起こすから、それまでゆっくり寝てていいぞ」
「はーい」
「え、私も子供扱い?!」
「お母さん、シャラップ」
「……はーい」
実際、夜中に起こされたのは怒ったけど……この夏休みの期間で良かった。
車の中で寝れると思ったけど、夜中に見る夜空も初めてというのもあり結局サービスエリアに着くまでワクワクした気持ちで寝る、という選択をしなかった。
「久しぶりだねぇ、雪菜ちゃん!!!」
「おひさ――」
挨拶を言い終わる前に、伯母さんは私に抱き着いて言わせてくれなかった。お父さんのお姉さん、パワフルすぎる……。お父さんの事をチラッと見ると「昔から元気だよ」と小声で教えてくれる。
日帰りなのも知っているが、昼食をお姉さんの所で食べ学校はどうだとか、お父さんやお母さんの仲は平気かなど色々と聞いていた。
「まぁ、佳代さんは佳代さんだし……いいかな」
「どう言う意味ですか!?」
「佳代さんがいれば楽しい家庭だって事」
「そ、そうですか? 雪菜、褒められたよ」
(踊らされてるよ、お母さん……!!!)
あんな嬉しそうな顔をしている母に、無粋な事は言えない。なんとか「良かったねぇ」と言ったら、お父さんにはバレバレで「無理するな」って言われた。両親の仲はいつもあんな感じだ。友達からも羨ましがられているが喧嘩だってするんだよ?
「今日は無理言って悪かったね。そうだ、雪菜ちゃん。夕方まで待っててみてよ。蛍がいっぱいいるからね。それを見て帰っても全然間に合うでしょ」
「いや、混むんだけど……」
「拓海。文句あるのかい?」
「いえ、ないです……。全然」
流石、お父さんのお姉さん。
簡単に抑えられたよ……。その後、お姉さんの旦那さんのゆきおさんと何やら話し込んでいた。気になってこっそりと聞き耳を立てる。お母さんも気になっているのか、私と同じように気配を消している。
「はぁ、姉さんの脅し……変わらず怖い」
「分かる。あの目で見られると、こっちが従わないと何をされるかって思うよ」
「「……」」
その後、お互いに「同志!!!」と言って握手していた。そこに問答無用で割り込んでいく、お姉さん。しかも、2人を見て――。
「文句があるなら言い返してみな!!! 負けないよ!!!」
と、何故か戦う姿勢だ。……お母さんとで絶対に勝てないよねと話しつつ離れる。
お姉さんの家の周りには、畑が多くありじっくり見る機会もないからと見ている。お母さんは、お姉さんが飼っている柴犬と戯れている。
時々、家に戻って中の様子を見てみれば「言い返せない男が、コソコソ隠れて文句をいうのかい。堂々と言ってみろ」とお姉さんの声が響く。
あぁ、これはお父さんとお姉さんの旦那さんの惨敗だなぁと思っている。初めて来たのに、馴染んだように感じるのは空気は自分の家と同じだからだろうか。
明るくて、引っ張ていく女性が強い。お姉さんはお母さんの何倍にも強いけどね。
「わあっ……凄い!!!」
夕方になりお姉さんの言うように、畑にもう1度出てみる。
空が茜色に染まっているのに、家の周りには電灯があまりないのもあって凄く暗い。家同士の距離もそれなりに離れていて、暗いと全然分からない。
夕方なのに、もう夜なんだという錯覚が起きるが……私は凄いと言った後に立ち尽くした。
だって、その畑1面には蛍達がいた。大小様々な光り輝く緑色。
空気も綺麗で川も綺麗だと蛍は寄って来るとはいうが、視界に広がる色が電灯代わりになるんだなんて思わなかった。
お姉さんが言うには夕方位にはこんな感じの風景はよく見るんだって。
夏限定だから、こういうのも見れるから田舎もいいもんだよと教えてくれる。しばらくじっと見ていると、痺れを切らしてお父さんが呼ぶ。
そろそろ帰らないと夜中に家に着くんだというのだ。……でも、ごめん、もうちょっとだけ。もう少しだけ、この光景を見ていたい。
だって、こんなに蛍が多くいるのを見る事は多分……ない。
夜空も綺麗だけど、私は蛍の光に満たされたこの場所を見つめる。ずっと見ていても飽きない。
「……なら、今日は泊まるかい?」
「良いの!?」
「よし。それじゃ――」
「ダメです!!! お母さんも雪菜も早く車に乗って。本当に帰れなくなるから!!!」
「もうちょっとだけ」
「ダメ」
「「……お願い、お父さん」」
「うぐっ……」
お姉さんの提案を断って車に乗せようとするお父さん。でも、私とお母さんが動かないから意地でも動かそうとしたら……2人揃ってもう少しだけ居たいと言った。
私達のお願いを聞いて「あと、30分だけだ」と許してくれた。
後ろでお姉さんが「弱いねぇ~」と茶化されているのを聞きながら、お母さんとでピースする。帰るギリギリまで、蛍の光を見続けて記憶に残す。カメラを持ってくれば良かったと思い後悔したが、こういう日帰りも悪くない。
その後、夜中に家に着いてお父さんの事を労わる。
2人でマッサージをしたり、「お父さん、偉い!!」とありきたりな事を言った。後日、友達にその事を言えば「なんだその面白い話は!!!」と食い気味に聞かれた。
そんなに面白い話はない気がしたけどな、と思いつつ友達と夏休みの宿題を終わらせることに全力を注いだ。