4話
「なんだよこの揺れは!」
邦衛との通話中に突然、大きな爆発音がして建物全体が唸り声を上げた。
辺りの警備員たちは慌ててトランシーバーで仲間たちと連絡を取っているようだ。やり取りが終わると、椅子に座っていた古都美と大田原に近寄る。
「現在、この施設は襲撃を受けているようです。名賀様、大田原様、避難路へ誘導いたします」
「はぁ?襲撃ぃ?」
「え、ええ。本部からそのような情報が届きました。この施設に車が突っ込み、テログループとみられる集団がこの施設を占拠しようとしているそうです」
「私以外の各国の守護者は無事か?」
「名賀様と大田原様以外の守護者の方々はすでにこの施設にはいないそうです」
「ちなみに、魔法は使われたのか?」
「それはまだ分かりません。とにかく、お二人は非難を――」
「よぉし決めたぞ!」
「学園長。まさかとは思いますが……」
「テログループとやらをぶっ殺す!」
古都美はニヤリと口角を上げた。それを見て大田原は「学園長……」と呆れ顔で眼鏡のフレームを持ち上げた。
「あ、あのぉ、避難を……銃を所持しているとの情報もあるので……」
「言っておくけどな、【東洋の魔女】って言われてる私が弾丸で死ぬと思ってんのか?自分で身を守った方がおまえらより百倍安全だ!」
「【東洋の魔女】って言われるの、嫌ってませんでした?」
「いま気に入った」
「……そうですか」
「あの、話、聞いてます?」
警備員は理解できないと言った様子だ。
「いいか、死にたくなかったらここを離れろ」
「しかし――」
「分かったか」
古都美は警備員に詰め寄り、銃の形状を持つリーンを取り出して銃口を彼に突き付けた。
「ひゃっ、ひゃい!」
警備員は驚いて飛び跳ねてから仲間の警備員に何やら説明をして避難を始めた。
「学園長、脅すのは良くありませんよ」
「しゃーないだろ。言うこと聞かないんだから」
「仕方がありませんね。……こういうの、高校の時以来ですかね」
「高校かぁー、懐かしいな。あの頃は私と大田原と先生と……アイツと――」
古都美はそこで口を閉じた。
いま彼女の隣にいるのは大田原だけになってしまった。こんな悲惨な未来を、あの頃の私に予想が出来たのだろうか。
「――わりぃ。昔のこと思いだしたか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
大田原は眼鏡を持ち上げて否定した。ただ、光の反射で彼女の瞳を窺うことはできなかった。
「それよりも学園長、さっさとテログループを倒しましょう」
「おっ、乗り気になってきたか?」
「違います。サボっていた仕事に早く着手して欲しいのです」
「…………珍しくこんなの許したのはそのせいか」
「さぁ?どうでしょうね」
*
「こちら未だ戦闘無し。そっちはどうなってる?」
『――B班、こちらは――くそっ!戦闘になりました!……ここで押さえておくので隊長たちは任務の遂行を頼みます!』
「了解。健闘を祈る」
隊長と呼ばれた男、フランクリンは通信を一時解除して部下の元へ駈け寄る。部下は戦場を経験した中でも腕の立つ2人を選出していた。たとえ相手が魔法を使ってこようとも、この作戦では対魔法弾を使用しているので程度は戦闘が行える。
「敵影は?」
部下の一人であるニックはアサルトライフルを降ろして答えた。
「いまのところは見当たりません」
「……おかしいな。不自然なほどに静かだ」
もう一人の部下であるアダムは魔法探知機を取り出した。この機械は魔法を生成するメレジウムに反応するような設計になっている。
「……付近にメレジウムの反応があります。この大きさは守護者と思われます」
長い廊下の先をじっと見つめる。いまのところは目立った戦闘もなく順調に進んでいた。歴戦の強者とも謳われる彼にとって、この状況を凶と見て
いた。物事がすんなり行っている時ほど最悪な事態に見舞われる。こういう時ほど、慎重に進んで行かなくてはならない。
「目標はどこにあるのか分かっているか?」
「いいえ、まだ分かりません」
「……それなら俺が先に行く」
「それなら我々が――」
「守護者とは何回もやり合っている。――お前たちよりはな」
「分かりました。それなら魔法探知機を持って行ってください」
「ああ、助かる。俺が5分経っても戻らなかったら、目標の捜索を再開しろ」
「了解です」
フランクリンは魔法探知機を受取ると、アサルトライフルを構えて長い廊下を進んで行く。しばらくすると十字路に道が分かれていた。左右のクリアリングを済ませると十字路の中心で探知機を確認した。いつの間にか信号は消えている。
「壊れてるんじゃないか?」
仕方なく探知機を閉まって直進しようと思ったその瞬間、突然ガシャンと音が響いて廊下の電気が消えてしまった。フランクリンは慌てずに装備していた暗視ゴーグルを目の前に下げる。
左右後方を確認するが特に変化はない。トランシーバーで部下と連絡をとる。
「おい、一体どうなってる?」
「た――こちらは――な…………どう――――っ…………」
「クソッ!」
ノイズのせいでうまく聞き取れない。電波を妨害されているのだろうか。しかし、それはこちらが先に仕掛けたことだ。国からの妨害を少しでも遅らせるために、UBN付近にはジャミング装置を事前に仕掛けており、突入と同時に作動させた。
この通信は魔法を使った特殊な回線なので、ジャミングを受けることはないはずだ。この回線のパスワードを解読されない限りは――。
「―――――!」
気配がした。
まるで狼の様な殺気を背後に感じた。確実に誰かがいる。それが分かるのは、幾度として命を狙われていた経験が本能を繊細にして、感覚が研ぎ澄まされているのだ。
振り返りざまに銃を発砲する。マガジンを1つ分消費するまで発砲を続ける。そこまでしないと落ち着かない。それほどまでに、今まで感じたことの無い恐怖を悟った。
「はぁっ…………はぁっ…………あああああああああっ!!!どこだッ!――どこにいるッ!」
「――ここだよ」
「あああああああああああああっ!!!!!!!」
声の聞こえた方向に銃弾をばらまいていく。けれど、やはり誰の姿もない。この長い廊下に隠れることはできない。それでは少女の声はどこから聞こえたのか。
極度の緊張。全身の感覚が研ぎ澄まされる。殺される瞬間が最大の弱点。そこを狙えば返り討ちにできる。その一点にしかフランクリンに勝てる方法はない。
静まり返る廊下。自分の心臓の音すらうるさいと感じる。
その瞬間は突如として訪れる。
「――死ね」
今までよりも近い死への感覚。
――ここだ!
振り返りざまにナイフを取り出し後方へ振りかざす。しかし、肉を切り裂いた感覚は無かった。ナイフは空中を切り裂いただけだった。
「――魔法というものを、もっと勉強するべきですよ」
視界の先に眼鏡を掛けた一人の女が立っていた。耳元で囁いたあの声とは似ても似つかない大人びた声。
「どういう……こと、だ……」
「基本的な幻惑魔法です。それでは、おやすみなさい」
彼女の言葉通り、フランクリンは眠るように意識が遠く離れていった。
*
「幻惑魔法って、本当にタチ悪いよな」
古都美はしゃがみ込んで、白目を剝いて大の字で倒れている男を覗き込む。彼は大田原の幻惑魔法によって幻覚を見ていたのだ。
「魔法についての知識があれば、この程度の幻惑魔法を対処できたと思われますね」
「その点については疑問だな。魔法を解っていない奴らが、守護者たちの会議するUBNを襲うか?」
「魔法に対抗するための武器は対魔法弾しかないようです。守護者との戦闘は考えていなかったような装備です」
「……なるほど、狙いは原石の強奪か」
人類が魔法という力を手に入れるきっかけとなったのが、メレジウムの原石。UBNの地下にはそれが厳重な警備の元に保管されているのだ。
「それを強奪してどうするのですか?」
「一般的な守護者の持つリーンは、メレジウムの欠片を埋め込むことで魔法を使うことが可能だ。ただし、その欠片は原石を研究して作られたレプリカなんだ。本物の欠片じゃない」
そこまで言うと、古都美はサバイバルナイフを取り出して、片手で器用に踊らせる。
「けれど私の持つ、神星武器と呼ばれるリーン【フェンリル】は違う。本物のメレジウム原石の欠片が埋め込まれている。本物とレプリカとの違いは歴然。魔法の出力がケタ違い。1つの神星武器で1つの国を亡ぼせるとまで言われる」
彼女の手に持つそのサバイバルナイフこそ、神星武器フェンリルだった。
「しかし、それだけではない。神星武器には特別な力が宿っている。それはおまえも知っているだろう?」
「……ええ。この目で見ていますから」
「ほんのちょっとの欠片で常識を超越した力が手に入る。それでは、メレジウムの原石を丸々手に入れればどうなるか。……おそらくこの星を支配できるだろうな」
「それならここにテロリストが潜入したのも納得がいきますね」
「この階には地下へ行くためのエレベーターが隠されている。そこまでの情報は掴んでいたようだが、その先は分かっていなかったようだな」
古都美は立ち上がると十字路を真っ直ぐに歩き始めた。
「学園長、どこに行くのですか?」
「例のエレベーターの近くに行ってくる。もしかしたらの可能性は否定できない。大田原はここにいて、こいつらを見張っておいてくれ」
「了解しました。お気をつけて」
「おまえもな」
古都美は振り返ると、にっと笑顔を作った。
1人になった大田原は、倒れている男の荷物の物色を始めた。もしかしたら、テロリストたちが何者なのかという情報を手に入れることができると思ったからだ。
ポーチを探るとスマートフォンのようなものが出てきた。
画面にはレーダーのようなものが表示されており、2つの点が光っていた。1つは画面の中央にあり、もう1つは中央からどんどん離れていく。
おそらく魔法探知機だ。
中央の点は大田原で離れているのが古都美だろう。これでは彼らの正体には迫れないと思ったその瞬間、画面の下の方に新たな点が現れた。信じられない速度で中央の点に迫って来る。
テロリストグループが魔法を使えるのかは不明。しかし、この点はリーンを所持していることを示している。敵か味方かは分からない。
大田原はリーンを取り出して戦闘に備えた。