2話
今から50年前、日本、オーストラリア、アメリカの連合調査船団が未知の新物質を太平洋の深海で発見した。
新物質は各国の研究機関に運ばれ研究され、その物質は【メレジウム】と名付けられた。
研究が進んでいくうちに、メレジウムにはおとぎ話のような、魔法の力が秘められていることが発見された。しかし、その力は強力で制御実験中の事故が多発していた。
半年もしないうちに、メレジウムの研究を断念する組織が目立ってきた。メレジウムは人類が扱うのに早すぎたと多くの研究者が口々にし始めた頃――。
遂に、世界で初めてメレジウムの制御に成功した人物が現れた。
彼の名は、アメリカのメレジウム研究者、アレックス・リチャードだ。
彼はメレジウムをグラウンド・ネビュラ社という、メレジウムの可能性に目をつけていたベンチャー企業と協力し、【リーン】という特別な装置を用いることでメレジウムを制御することに成功した。
世界初のリーンはスマートホンのように小型で、やり方さえ覚えてしまえば扱えるような利便性もあった。
――しかしこの発表から1週間後、アレックス・リチャードは突然姿を消した。
偉大な功績を成し遂げた彼を、あらゆる機関が総力を挙げて捜査に取り掛かったのだが、現在も彼がどこにいるのか知る者はいない。
彼の消息に関して様々な意見が飛び交う中、世界史に残る大災害が発生した。
――魔獣の出現だ。
世界各国に現れた【光の輪】から出現した獣たちは動物や人々を喰らっていき、血の海を作った。
後にその出来事は【終わりの始まり】と呼ばれ、世界中を震撼させた大災害だったが、1ヶ月という短い期間で終息した。
そこには1人の少女による活躍があったという。詳細は不明だが、彼女はリーンを使って魔獣を倒していたことは確かな情報だった。彼女はいまだに謎の存在だが、人は魔獣を倒すことが出来るということを全世界に示した。
――それから50年の月日が流れたが、【終わりの始まり】という名前が示す通り、大災害が去った後も未だに魔獣は世界中で頻繁に現れている。
「――よって、魔獣に対抗するべく世界の国々は対魔獣機関を作り上げた。日本では政府が作り上げた防衛省直属の組織、【魔獣鎮圧部隊】の他に民間組織がいくつか存在する。ここ、三嶺学園は国と民間どちらでも構わんが、卒業後すぐに魔獣を討伐できるような生徒を育て上げることを目標にして、ほぼすべての国が所属する国際魔獣対策連合《UBN》の援助よって建てられた学校だ。……あいつのような、講義中に居眠りをしているように生徒を育てているつもりはない」
1年B組の担任教師である墨田波子は一番後ろの隅で寝ている男子生徒、邦衛結治を睨みつけた。
「起きろ!邦衛!」
「起きてますよー」
邦衛は気迫の無い声で受け答えた。
「そんな態度では起きているとは――」
そう言いかけたところで、授業の終わりと昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
「ちっ……、今日はここまでとする。……次の私の講義で寝ていたら欠席扱いするからな」
「はいはい」
墨田は相変わらずの邦衛の態度に再び鋭い視線を送ると、扉をガシャン!と開けて教室を出て行った。誰がどう見ようとご立腹だ。
「おいおいユージ、なみこちゃんかなり怒ってたぞ」
邦衛の前の席に座る大野聡は、苦笑いを浮かべながら後ろを振り返った。
「別に大丈夫だよ」
「本当かよ?退学にさせられるなよ」
「残念ながら、退学にされることなんて絶対にない」
「どういう意味だ?」
「…………退学にされない程度に真面目になるってことだ」
本当のことを言いかけて飲みこみ、適当に誤魔化す。
邦衛は用事を思い出して立ち上がる。
「売店にでも行くのか?」
「トイレだよ、トイレ」
「そっ。……いっといれ」
「つまんねえな」
大野のギャグに飽きれながら教室を出た。
廊下には昼休みのせいか、談笑をしている生徒が数多く行き交っていた。その多くは売店目当てだろう。
人の波を掻き分けながら、人気のない方へ向かう。
「学園長に無理やり入れられたんだから、退学になるわけがない――そんなことを言えるわけもないですもんね」
「……声が大きいぞ、ラル」
ラルと呼ばれた少女の声の正体は、邦衛のリーンに搭載されている人工知能ラルヴァンダードだ。
「すみません」
彼女はまるで人間のように、しょんぼりとした声で謝罪する。
近年の人工知能の発展は目覚ましいものだが、ラルヴァンダードは他の人工知能を数百倍にも上回る性能を持っていた。それはもう、限りなく人間に近い知能だ。詳しいことはわからないが本人曰く、通常の人工知能とは異なった構造をしているらしい。
「このことは機密事項だ。他の生徒が知ったら大変なことになる」
「天変地異でも起きるんですか?」
若干のポンコツではある。
「そこまでは起きない。……この学園に入るためにはいくつものテストが必要だ。魔法を扱える適正があるか、魔獣に関する一般的な知識があるのか、そんなことを測るテストだ。そんなもの一切受けていない奴がいるってなったら、ラルはどう思う?」
「ずるいです!ん、つまりユージはずるをしているんですね!あっ、ユージはずるいですすね!」
「…………あー、まぁそうだ。だからこのことは他言無用だ。いいな?」
「了解ですっ!」
「いつも返事だけはいいんだよなぁ」
邦衛は校舎の端までやって来た。目の前には壁があってこれ以上進むことはできない。近くに教室はなく物置ばかりだ。こんなことろに人通りは一切ない。
辺りを見渡し、念のため生徒がいないことを確認すると、スマートホンに似せた自身のリーンを壁に近づけた。すると、壁全体が青白い光に包まれ、中心に縦の一線が現れた。
「おおおおおっ!もしかして、これが秘密の部屋ってヤツですか!?」
「ん、そういえばラルはここに来るのは初めてだったな」
「ええ、初めて来ましたよ」
「紹介するよ。って俺が紹介するのも変かな?……まあいいや。――ここが学園長室だ」
邦衛が壁に手を触れると壁は唸り声を上げて床に収納され、目の前には背丈を優に超える大きな木製の扉が現れた。