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ロスト・ワンズ-異世界の王と人類最強の守護者-  作者: 皐月零御
1章:脅威の再来
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1話

「ガグアアアアアァァァッッ!!!」

 

 高層ビルを震わせるほどの咆哮が辺りに鳴り響く。逃げ惑う人々の中には、諦めて神に祈りを捧げている人がいる。


「神様、か」

 

 人の波に逆らう少女がそう呟いた。誰も、彼女のことを見向きもしない。


「神様なんて信じないほうがいいよ」

 

 ビル群に紛れる、山岳を彷彿とさせるほどの巨体を持つ獣。背中には大きな黒い翼。全身は魚のような鱗で覆われている。

 

 彼女はそれを見上げても、恐怖心など一切感じなかった。彼女の紅の瞳は、暴れる獣にむしろ挑発的な視線を送っていた。

 

 少女が両手を前に広げると光の粒子がふわりと集まり、日本刀を作り上げる。美しい反りを魅せるその刀を手に取ると、少女は自然と笑みを浮かべた。

 

 あの獣はこの世界の裏側から顕現した。そんな事実を知る者など、逃げ惑う人々の中にいるはずもない。

 

 目の前で小さな女の子が転んだ。親は近くにいないようで、泣きじゃくっている。少女はその女の子に向ける。


「立ち上がれる?」


 女の子は少女の手を掴んで立ち上がる。


「うっぐ、あ、ありが……と、ぅ」


 しゃくりを挙げながらも、きちんとお礼を言ったことに少女は驚く。きっと、躾のいい親に育て上げられたのだろう。


「お、おねぇちゃん、は、逃げない、の?」


 女の子は少女の持つ刀を不思議そうに眺めてから尋ねた。


「うーん、ちょっと野暮用でねぇ」


 少女は全身の力を抜いて、体を浮かせる。まるで魔法のようなその光景を女の子は大きく目を開けて見上げる。


 【賢者の石】と呼ばれていた禍々しき力を宿した刀先を、獣に向ける。


 獣は自らの「生」であると同時に、「死」でもあるその力に気づいたようだ。首を大きく曲げて少女を睨む。


 少女と獣の視線が激しく絡み合う。言葉を交わさずとも、これから何をするべきかは明白だった。


「ここから立ち去るのは、あんたよ」


 刀は深紅の光を放ち、そして――


     *


 白衣を身に纏った女は、自身の研究室でパソコンの画面を睨みながらキーボードを叩いていた。身長と童顔のせいで中学生に見間違えられるのだが、目元の大きなクマはその容姿に不釣り合いだ。人の目を引くような艶めいた赤髪は「人形みたいだ」なんて子供の頃に良く言われていた。

 

 彼女の名前を、雷電らいでんアリスと言った。

 

 父は日本人だが、母は外国人。しかし、国籍は分からない。母は彼女が物心つく前に亡くなった。赤髪の美女と父は言っているが、それ以外は聞いても何も教えてくれない。

 

 アリスは、50年前に突如として現れた魔獣ビーストと呼ばれる生き物についての研究者だ。魔獣の前提を大きく覆す数多くの論文を発表し、20歳にして博士号を取得している。

 

 そんな若き天才は大学卒業後、誘われていた某国の研究機関や世界的大企業の誘いを断り、「自分の思い通りに研究ができる」という契約の元にベツレムという民間魔獣討伐組織に所属した。

 

 それから数年の月日が経ち、今でも自分の好きなように研究の発表を続けている。


 今取り掛かっているのは、アリスが大学に入学した頃から研究を進めていたものだ。ようやく完成が近づき、ラストスパートということで、2日連続睡眠をとらずに作業を行っていた。隣で寝ている助手は1日も持たずにダウンしている。

 

 タンッという軽快な音を立てエンターキーを押したアリスは、眉間のシワを揉み始めた。


「やっと、終わった……」

 

 ふと、口に出てしまうほどこの論文の作業は大変なものだった。とても困難な研究で、これまでに多くの時間を費やしたのだが実際に終わってみれば呆気ない。

 

 しばらく天井をぼーっと見つめてから、数年かけた成果をUSBに保存する。

 

 体を伸ばすために、数時間ぶりに立ちあがろうとすると、体がよろけてしまった。倒れないように椅子へ手を伸ばして転倒を回避する。


「……おっと、こりゃあ参ったなぁ。年かな、なんてね」

 

 連日の作業は肉体的に辛い。精神面は、こんなことを何度も繰り返しているうちに慣れてしまった。

 

 キャスター付きの椅子を杖代わりに、壁に取り付けられている内線電話を手に取る。


 アリスは携帯電話を持たないという主義を貫いていた。しかも研究室での引きこもり生活をしている。よって、彼女はこの内線電話が外界との繋がりを持つ唯一の手段だ。

 

 電話番号を手慣れに押していく。しばらくすると、回線がつながった。彼女自身からの申し出によってここからの電話はすべて秘匿回線となっている。何かの手違いで研究成果が外部に漏れてしまっては何かと大変なことになってしまうからだ


「やぁ、ことみん。ボクだよ」

「……こっちは忙しい。手短に頼む」

「そんなこと言わないでよー。例の研究を手伝ってあげてるんだから」

「…………それで?」

「論文の話だよ。ちょうど今終わったんだ。ことみんの秘書にでも取りにこさせてよ」

「どんな論文を書いたんだ?」

「それは見てからのお楽しみぃー」


 アリスはワザとらしく口角を上げる。


「…………分かった。目を通しておく」


 電話越しの相手は機嫌を損ねたようで、舌打ちをしてからワザとらしくガシャンと大きな音を立てて電話を切った。


「ははは、あの魔女様はボクのことが、ほんっとに嫌いなんだなー」


 アリスはパソコンのディスプレイにチラリと目を遣る。保存に失敗したというメッセージが表示されていた。


「ん、どうしたんだろ」


 アリスはデスクに戻り、ディスプレイをよく見るとUSBの空き容量が足りないことに気づいた。


「んー、困ったなぁー。保存する前にそういうこと言ってよねぇ。でも普通はそう言ってくれるよね……えっちゃん、空いてるUSBメモリ持ってない?」


 えっちゃん――助手の長谷部はせべ栄美えみを小突く。長谷部はうぐっ、と声を上げて机に突っ伏した状態のまま、デスクに置いてあるバッグを指さした。


「どこに入ってるのさ」


 そう言って長谷部を揺らしてみるが、やはりうめき声しか出ないので、バッグを勝手にあさることにした。


 手を突っ込むとごちゃごちゃと化粧品やらが入っている。そんな中から探すのを面倒になったアリスはバッグをひっくり返し、デスクにぶちまけた。するとすぐに探し物は見つかった。


 すぐにパソコンへUSBメモリを差し込みデータを移す。今度こそ問題なくデータはコピーされているようだ。


 しばらくして完全にデータのコピーが完了すると、論文と名付けられたファイルを【失われた大陸と魔獣】というフォルダに入れる。


「…………ことみん、君はどうするつもりだい?」


 自らの尻尾を咥えた蛇のネックレスに手を触れると、椅子をぐるりと1回転させた。

なろうで久方ぶりの投稿でっす

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