Y太郎はほくそ笑む
Y太郎の視線は日本刀のように鋭利で、彼に覗かれれば身体に鋭い痛みが走り、まるで鎌鼬に襲われたような傷ができる。Y太郎はダンボール箱の中から俺たちを攻撃しようとするものだから、こちらとしては対処のしようがない。
俺たちはみな視線恐怖症を患っており、Y太郎に太刀打ちできる人間はいない。『俺たち』というのはB市に住む住人のことで、みな「見て見ぬふり」を決め込むのである。Y太郎はいわば浮浪者のようなもので、蕁麻疹にかかっているのか腕はひどく赤みがかっている。その上、鼻が捥げていたり、眼球が垂れていたり、と見た目は醜悪であり、そんな容姿をあえて見ようとするものがいないのは当たり前である。
しかし、Y太郎の視線の攻撃には俺たちはずいぶんと参っている。おかげで俺の一張羅が視線によって、穴が開いてしまった。
そこで俺たちはY太郎を排斥するためにある方法を見出した。Y太郎と同じようにダンボール箱の身を隠し(彼の視線から身を守るのだ!)、そして、Y太郎に近づき、不意をついて、殺すのである。Y太郎と話をする気など毛頭ない。
俺が提言者であるため、その実行の主導者は俺が引き受けた。
そして、実行日、俺は青のダンボール箱に身を隠し、Y太郎のもとに近づいた。電柱の側、ゴミ袋の群れに混じって、ひとつのダンボール箱がある。その中にY太郎がいる。俺はできるだけY太郎のダンボール箱の方を見ないようにして、ずんずんと近づいていく。
「何をしている?」
警察が俺に言った。
「何って……」
仕方がないので、俺は一から説明をした。Y太郎を殺害する予定だったこととは当然隠した。しかし、そのことを黙秘しても、俺の持っていたブラックジャックから、Y太郎への殺害意志があったことを認められ、俺は逮捕された。
俺が逮捕された理由はわかるが、Y太郎が逮捕されない理由は何なのか。俺は解せない。
※
Y太郎は静かな夜の底でほくそ笑んだ。
「……箱……の中、俺は……都市の中に……溶け込む、パノプティコンの看守……お前たちは囚人……ふふふ。即席の……箱の中で……お前は……人間としての心を……強く持っていた……仕方あるまい、それじゃあ、警察に見られちまう……視線恐怖症なら……視線のことをよく勉強しておくべきだったな……俺の視線がここまで鋭くなったのも……俺が視線恐怖症だったからにすぎない……見られるのが怖いなら……いっそ見てしまえばいい……パノプティコンの看守としてな……」
独り言は夜気に溶かされ、消滅した。