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「お友達が?」


 少し驚きながらも、詠斗にはなんとなく話の筋が読めた。「なるほど」と小さく呟く。


「そのお友達は犯人ではない、と言いたいわけですか」

『絶対にそうではないとは言い切れませんが、おそらく彼女ではなかったと思います』

「けど、後ろから殴られたんでしょう?」

『殴られる直前、誰かが駆け寄ってくる足音に気付いて振り返ったんです。次の瞬間には何か硬いもので殴られてしまったので顔ははっきりと見ていないのですけれど、私よりも随分大きな人だったように思いますから、おそらく男性だったのではないかと』

「つまり、今疑われているお友達というのは、女性?」

『そうです。松村まつむら知子ともこ――この学校の三年生です』


 そう言われても、詠斗にとってピンとくる名前ではなかった。これが紗友なら「あぁ、松村先輩ね」なんて軽く言ってのけるのだろうが、生憎人付き合いは詠斗のもっとも避けて通りたい分野である。同級生ならまだしも、一学年上の女子生徒のことなど知るよしもない。


「要するに、真犯人が見つかれば彼女への疑いが晴れるわけだ。で、あなたの真の望みはそれである、と」

『その通りです。良かった、あなたのような頭の良い方に出会えて。嬉しいです』


 これまたにっこりと笑いかけられているようで、なんとも言えない気持ちになる。詠斗は少し乱暴に頭を掻いた。


『当初の予定では、あなたを通じて警察の方に働きかけてもらうつもりでしたけれど、これほど理解力のある方なら、あなた自身の手で事件を解決できてしまいそうですね?』

「バカなことを言わないでくださいよ! ただの高校生にそんなことできるわけないでしょ?!」

『ただの、ではありません。【幽霊の声が聴こえる高校生】です』

「どっちでも同じことですって!」


 それを言うなら耳が聴こえない時点で普通の高校生ではないとも言えてしまうわけだが、これ以上膨らませると収拾がつかなくなりそうなので口にはしないでおいた。おそらくドヤ顔をしているであろう美由紀の顔に泥を塗るのも悪い。


「とにかく、無理ですよ! 犯人捜しなんて。俺なんかにできるはずがない」

『だったら、警察に話してください。知子は犯人じゃないって』

「根拠もなしにそんなこと言えるわけないでしょうが!」

『根拠ならあるじゃないですか』

「どこに?!」

『被害者の私が言っているんですから、間違いありません』


 詠斗は頭を抱えた。この先輩、正真正銘のバカなのではなかろうか。


「……幽霊の証言なんて、誰が信じるんですか」


 これ以上ないもっともな指摘にようやく美由紀も気付いたようで、『あぁ、そう言われてみれば』なんて悠長なセリフを口にする。はぁ、と詠斗は大きくため息をついた。


『では、やはりあなたが真犯人を見つけ出す他に手はないようですね』

「だからどうしてそういう話に……っ!」

『ふふっ、冗談ですよ』


 楽しげに笑った美由紀。もしかしてもてあそばれている? と思った時にはすでに手遅れで、このままでは美由紀の手のひらの上でいつまでも踊り続けることになりかねない。どうにかして流れを変えなくてはと気持ちを切り替えようとしたその時。


『……わかっているんです。こんなわがままが通用するはずがないと』


 先ほどまでの明るい雰囲気は消え、美由紀の声に哀愁が漂い始める。


『知子が無実なのは事実ですから、いずれ疑いも晴れるでしょう。捜査は難航しているようですけれど、真犯人だってきっと警察の方が捕まえてくださいます。私の想いは、今あなたに伝えました。せめてあなた一人だけでも、知子の無実を最後まで信じてあげてください』


 穏やかで落ち着いた声で紡がれたその言葉は、別れの挨拶のように聴こえてならなかった。

 このまま、美由紀の霊は天に召されていくのだろうか。

 今の言葉が、最後の言葉になってしまうのか――。


「待ってください」


 無意識のうちに、詠斗は美由紀に向けてそう声をかけた。まだそこにいてくれているのか、確信はなかったけれど。


「わかりました。――俺、犯人捜します」


 面と向かって言ったつもりで、詠斗はまっすぐ前を見る。


「実は、兄貴が刑事なんです」

『えっ?』


 おっ、と詠斗は思わず声をあげてしまった。美由紀の声が返って来たことに、素直な喜びの感情が心に灯る。詠斗は続けた。


「あなたが殺された事件を担当しているかどうかはわからないけど、一応、殺人事件を扱う部署の人間です。兄貴なら俺の言うことを信じてくれると思いますし、お友達の無実を証明する手立てを一緒に考えてくれるはずです。……それに」


 言葉を切って、詠斗はほんの少しだけ俯いた。


「俺がここであなたの頼みを断ったら……もう本当に、誰の声も聴こえなくなっちゃうから」


 諦めの混じる笑みで、どこへともなく視線を上向ける。


「もう少し、あなたの声を聴いていたい――あなたの声が聴こえるなら、あなたのわがままに付き合ってもいいかな、って」


 もう二度と、音のある世界に戻ることはないのだと諦めていた。

 けれど、たったひとりの女性の声だけなのだけれど、この耳は再びその機能を取り戻してくれた。

 少しでも長く、この声を聴いていたい。

 完全ではないものの、音のある世界に生きているのだということを感じていたい。

 声が聴こえる喜びを、もっと、もっと――。


『……あなた、』


 少し間を置いたのち、美由紀の声が再び降ってくる。


『変わり者だって言われるでしょう?』

「は?」


 おもいきり不意を打たれ、詠斗は妙な声を上げてしまった。


『変わっていますよ。――幽霊相手に愛の告白だなんて』

「な」


 不意打ちの不意打ちに、詠斗は頬が火照ほてるのを感じた。


「ち、違いますよっ! どこをどう聴いたら今のが告白になるんですかっ」

『「あなたの声を聴いていたい」、ですか。いいですね、素敵です。生きているうちにぜひ言ってもらいたかった』

「ちょっ、え? あ、いや……だからそれは……っ」


 あたふたと宙に向かって手を振っていたその時――。

 はっ、と詠斗は息をのんだ。

 誰かの手が、そっと右肩を叩いた。


「詠斗……?」


 驚いて振り返ると、そこに立っていたのは紗友だった。


「ねぇ……何してるの? ひとりで(・・・・)

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