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Voice -君の声だけが聴こえる-  作者: 貴堂水樹


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3-6

 ザッ、と小石をなでる音こそ聴こえないが、神宮司は踏み出した一歩をそっと後ろに下げた。言い返す言葉が見つからないのか、握った左の拳をわなわなと震わせている。


「猪狩華絵も美由紀先輩も、小柄で長い黒髪が特徴の女性。夜間、それもお前にとっては慣れない土地で、似たような見た目の女の人が同じ制服を着て歩いていたんじゃ見間違えたって仕方がない。塾を出た時刻が猪狩華絵のアルバイトが終わるよりもたまたま早く、初めての殺人でひどく緊張していたお前の目の前をたまたま通りかかった美由紀先輩は、運悪くお前に殴られて命を落としてしまった……」


 偶然で片付けるにはあまりにもつらい現実だ。とはいえ、この推理以外に適当な答えは導き出せないのだから、これを真実と考える他に道はない。口にしておきながら、詠斗は胸が苦しくなった。


『……そういうことだったんですね』


 細く、か弱い美由紀の声がそっと詠斗の耳に降り注ぐ。

 今この瞬間、初めて自らの事件の真実を知った美由紀。どんな顔をしているか、想像することすらはばかられる。


『そういえば私、昔から華ちゃんとはよく間違われていました。特に後ろ姿はそっくりなようで、似たような服を着て姉妹だと嘘をついて、道行く知らないおばさん達を騙して遊んだこともありましたねー』


 懐かしいことを思い出しました、と美由紀はまるで縁側でお茶を飲みながら話しているようなほのぼのとした空気を漂わせながらそう言った。

 違うだろう、ここはもっと神妙な声で『信じられません……そんな理由だったなんて』というような心底落ち込んだセリフを言う場面だ。どうして先輩はいつもこうなんだと、やはり詠斗は頭を抱えてしまうのだった。


「……言いがかりだ」


 絞り出すように、神宮司は瞳を揺らしながら呟いた。


「見間違えた? バカな。何の根拠があってそんな……っ」

「俺がこの見間違い説に行きついたのは、美由紀先輩にだけ事故死に見せかけようとした痕跡があったからだよ」


 また少し、神宮司の顔色が変わった。核心をついているんだろうなと多少の手ごたえを覚えた詠斗は先を急ぐ。


「他の二人……とりわけ美由紀先輩と同じ殺され方をした猪狩華絵の遺体は殺害現場と思われる路上にそのままの状態で放置されていたのに、美由紀先輩の時はわざわざ殺害現場であるこの場所から百メートル近くも離れたあっちの階段まで遺体を運び、まるで先輩自身が足を滑らせて転がり落ちたかのように見せかけられていた。この違いに違和感を覚えたのがきっかけだったんだ」


 あっち、と詠斗が指を差したのは神宮司達の後方で、神宮司だけでなく草間千佳もそっと後ろを振り返った。


「一人目の殺人でそこまで作為的な行動を取っていたのに、二人目、三人目と事を重ねていくたびに作為が薄れていくというのはちょっと考えられないなと思った。じゃあ、どうして一人目の美由紀先輩にだけそんな小細工を施したのか。その理由は、美由紀先輩殺害がもともと計画になかったものだったから。殺してしまってから人違いだと気づいて、お前はかなり焦ったはずだ。予定していない殺人からうっかり足がついてしまってはまずいとでも思ったんだろう。だからお前は美由紀先輩の遺体を担いで走り、階段の上から放り投げた……頭部の打撲痕を階段から落ちた時に受けた損傷だと見せかけるために」


 神宮司は口を挟むことなく詠斗を睨み付けるだけ。ちなみに、と詠斗は続ける。


「お前の目撃証言が上がったのはその偽装工作のせいだよ」

「……何?」


 眉間のしわを深くする神宮司。詠斗はやや力を込めて言葉を紡いだ。


「証言してくれた目撃者がお前の姿を見たのは、あの階段の近くでのことだったそうだ。ここと違って、あの階段は公園と高層マンションに囲まれているおかげでここよりうんと明るい。どんなに地味な服装をしてあかりを避けていたとしても、見られるリスクはこの場所に先輩の遺体を放置して逃げるよりはるかに上がる。迂闊だったな」


 この話、半分は本当で半分は嘘だ。

 詠斗の言う目撃者というのは美由紀のことで、確かに美由紀は殺された夜に神宮司のことを目撃している。しかし、神宮司を見たというのは殺される直前のことで、くだんの階段でのことではない。いくらあの階段付近が明るいからといって、顔を正確に判別することは不可能だろう。

 このブラフに、神宮司はどう切り返してくるか――。


「はったりだ! いくら灯りのある場所だからって、顔が見えたなんて嘘に決まってる!」


 想定通りの切り返し。詠斗はフッと笑みを零した。


「そうやいやい言うなよ。俺は何も、目撃したのが顔だけだとは言ってない」

「は?!」

「目撃者はこうも言っていた――その人物は、右の手首に腕時計をしていたって」


 はっ、と神宮司は咄嗟に左手で右の手首を覆い隠した。もはや自白したも同然の行動だ。


「頼むよ、神宮司。もう認めてくれないか?」


 ギリ、と神宮司は歯噛みした。じっと黙り込んだまま、拳を握りしめている。


「……××××××」


 そう何かを口にしたのは、草間千佳だった。


『「もうダメだよ、神宮司くん」』


 わずかに動いた千佳の口に合わせ、すぐに美由紀の声が聴こえてくる。同時に、神宮司がハッとした顔で千佳を見た。


「草間さん……?」

「もうダメ、私……ッ」

「草間さん!!」


 ぼそぼそとしか動いていなかった神宮司の口が大きく開く。声を張り上げたようだ。


「ねぇ、草間さん」


 そう詠斗は優しい口調で問いかける。


「君を擁護したくてこんなことを聞くわけじゃないけど……この計画、神宮司が君に持ち掛けてきたんだよね?」


 千佳は何も答えない。その瞳からは大粒の涙がこぼれ始めている。


「君はなかなか断ることができない性格だって聞いてる。猪狩華絵にいいように使われていたって。そんな周りに流されやすい君がわざわざ神宮司を誘って今回のような大それた殺人計画を成し遂げようとしたってのは、ちょっと考えられなかった。だから、親が医者で頭のキレる神宮司のほうから君をこの計画に誘ったんじゃないかって思ったんだけど……違う?」


 神宮司は詠斗から目を逸らし、千佳にも半分背を向けている。止まらない涙を拭いながら、千佳はゆっくりと言葉を絞り出した。


「神宮司くんは……私を助けてくれたの」

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