3-3
詠斗の小さな呟きに、紗友と巧は眉をひそめた。
「仲田先輩が殺されたのって、犬の散歩でもなかなか通らないような人気のない竹林だったんだよな? 仲田先輩は何の用があってそんなところに出向いたんだ?」
「犯人に呼び出されたんじゃないの?」
そう手を挙げたのは穂乃果だ。でも、と詠斗は首をひねる。
「美由紀先輩は塾帰り、猪狩華絵はバイト帰りをそれぞれ狙われてる。なのに、仲田先輩だけわざわざ呼び出して殺した? なんか不自然な気がするんだけど……」
「仲田翼にだけ行動パターンに一貫性がなかったんだろう」
詠斗の肩を叩き注意を向けさせてから、傑がそう指摘した。
「僕達が調べた限りだが、仲田翼は羽場美由紀と違って塾には通っていなかったし、猪狩華絵のようにアルバイトもしていなかった。夜遊びばかりしていたようで、所轄の少年係が彼のことを把握していたよ。たまり場のような場所もあったようだが、事件現場となった竹林とは遠く離れている上に人の目につきやすくもあった。呼び出す他に彼と二人きりで会うことは難しかったんだろうな」
そういうことなら、と詠斗はやや強引だが自分自身を納得させた。
傑が話している間に穂乃果が五人分の麦茶を運んできて、そのままパソコンデスクから椅子を持ち込み会議に参加し始めていた。
相関図の続きを書こうと、詠斗は出された麦茶を一口含んで再びペンを握った。
「紗友、仲田先輩と猪狩華絵との間に何かつながりはありそうか?」
「私もそれが気になっていろいろ聞いてみたんだけど、二人が知り合いだったっていう話は誰も言ってなかったよ。華絵と神宮司くんとのつながりも探ってみたけど、こっちも空振りだった」
そうか、と呟きながら詠斗は相関図を書き足していく。
「それから、例のいじめの件だけどね」
詠斗の手が止まったタイミングを見計らい、紗友は報告を続けた。
「亡くなった子を悪く言いたくないけど、これが結構ひどくてさ……。ここ最近は徹底排除方式をやめて、ターゲットをわざわざ自分のグループの中に引き入れて、周りには仲良くしているように見せつつ実は自分の下僕みたいな扱いをするっていうやり方をしてたんだって」
「下僕?」
「『あたしの言うことが聞けないならグループから外す』って言って脅してたみたい」
呆れた顔で巧が頬杖をついた。バッカじゃねぇの、とでも言っただろうか。
「そんなヤツと同じグループなんてさっさと抜けちまえばいいのに。いいようにパシられて何が楽しいんだよ? 猪狩なんて、そんな目に遭ってまで一緒にいる価値のある女でもねぇだろ?」
「たぶんだけど……グループを外されたらもっとひどい目に遭わされると思ったんじゃないかな」
神妙な面持ちで紗友は言う。
「どんな形であれ、華絵みたいないわゆるスクールカースト上位層の子と一緒にいられることをステータスだと思う子って結構いるんだよね。そのために無理して付き合うっていうか……。まぁ、××ちゃんがそういう考えを持っている子なのかどうかはわからないけど」
「え、誰? 何ちゃん?」
詠斗は初めて出てきた名前に眉をひそめた。
「草間千佳――華絵のターゲットにされた子だよ」
紗友が紙の端にその名を書くと同時に、「えっ?」という顔をして巧が身を乗り出した。
「草間っつったらお前……猪狩とは真逆のタイプの女子じゃねぇか!」
「そうそう、まさに華絵の言いなりにされそうな子だよね。華絵に限らず、誰に対しても強く出られない子っていうか」
紗友は『草間千佳』の文字の下に彼女の性格を書き込んでいく。
要するに、はっきり自分の意見を言えず他人に流されるイエスマンということか。たとえ嫌なことでも断り切れずに損をするタイプ。これが陰湿ないじめとなるとかなり厄介だ。抜け出すために借りられる仲間の手があればいいのだが。
「はー! なんか腹立ってきたわ、オレ」
鼻の穴を広げ、巧は椅子に踏ん反り返った。
「オレだって死んだヤツのことなんか悪く言いたかねぇけどよ、やっぱ間違ってるよな、猪狩のやってたことって。あの草間が殺人犯だとはちょっと考えらんねぇけど、そんな理不尽な目に遭わされてきたんじゃあ殺したくなったって言われても同情しちまうよ」
がしがしっと乱暴に頭を掻いた巧は、はあぁ、と大きく息を吐き出した。
「ったく、猪狩のヤツ……チビのくせに態度だけはでけぇんだよなー。ダメだわ、オレ。ああいうタイプの女とは友達にすらなれる気がしねぇ」
「友達も何も、猪狩華絵はもう……」
そう言いかけて、詠斗はハッと顔を上げた。
「……巧、今何て言った?」
「は?」
詠斗の真に迫る顔に、巧は少しうろたえながら眉間にしわを寄せた。
「なんだよ、急に……」
「紗友」
巧の言葉を遮り、詠斗は紗友へと視線を移す。
「猪狩華絵ってどんな外見してる?」
「外見? うーん……背の低い菜々緒、みたいな感じかな」
口に出したそのままのことを、紗友は相関図の中の『猪狩華絵』の文字の下に書き込んだ。
「菜々緒? 女優の?」
「そうそう。目がぱっちりしてて、長いストレートの黒髪で」
「背が低いって、身長は具体的にどれくらい?」
「そうだなぁ……私が一六〇センチだけど、私よりも小さかったから、高く見積もっても一五五センチってところじゃないかな?」
「一五五センチ……」
小さく紗友の言葉を繰り返し、今後は書きかけの相関図に目を落とす。しばらく眺めてから、新たに浮かんできた情報を黙々と書き足していく。
「紗友、もう一つ聞いていいか?」
「うん、何?」
「神宮司隆裕って左利き?」
「え?……うん、そうだけど……?」
だよな、と呟いた詠斗は紗友から傑へと視線を移した。目が合った傑は、自信に満ち溢れた顔で口角を上げている。
「兄貴、これって……?」
「あぁ。それが真実だとしたら、羽場美由紀の事件が事故に見せかけられた理由にも一応の説明がつくな」
「いや、でも……」
言葉を失い、詠斗は兄から視線を外して俯いた。
もしも今頭に浮かんでいることが真実なら、これほどまでに信じたくないものはない。こんな真実のために奔走してきたのかと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
「……なぁ、兄貴」
そっと顔を上げ、詠斗はまっすぐに兄の目を見る。
「一つだけ、わがままを聞いてもらいたいんだけど」
これが真実なのだとしたら、受け止める以外に選択肢はない。
ならば、せめて終わらせ方だけでも選ばせてほしい。
できることなら、少しでも救いのある終わりを迎えさせてやりたい。
この一連の事件に関わる、すべての人達のために。
「一つでいいのか?」
立ち上がりながら、傑は詠斗に微笑みかけた。
「お前のわがままならいくつでも聞いてやるぞ?」
その偽りのない笑みから視線を逸らし、詠斗はくしゃりと髪を触った。




