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Voice -君の声だけが聴こえる-  作者: 貴堂水樹


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2-2

「マジかよ、詠斗」


 開口一番、巧は驚きを隠すことなくそう詠斗に言った。


「この状況で信じろってほうが難しいぞ。どう見たってお前がひとりでしゃべってるとしか思えねぇ。病院でてもらったほうがいいんじゃねぇのか?」

「見てたのか」


 そう言って、詠斗は弁当箱を置き、背のないベンチを跨ぐようにしながらくるりと体の向きを変えて立ち上がった。

 察するに、紗友と巧は美由紀と会話する詠斗の様子をしばらく観察していたのだろう。その結果、巧にもまた美由紀の声も姿も捉えられず、詠斗がひとりでべらべらと話しているようにしか見えなかった。確かに、精神医療をすすめたくなる気持ちもわかる。これがすべて幻想なら、詠斗だっていよいよ自分を信じられなくなるだろう。


「……てか、紗友はともかく、どうしてお前までいるんだよ? 巧」

「萩谷に頼まれたんだよ、お前の話が本当かどうか確かめたいから付き合えって」

「おぉ、ついに付き合い始めたのか。おめでとう」

「そういう『付き合う』じゃねぇ。わかれよ、空気読めよ」


 何故か巧は怒っている。その隣で、紗友がため息をついたようだ。


「傑くんから連絡が来たの」


 唐突に転がり出た兄の名に、詠斗は図らずも身構えてしまった。


「『詠斗が困っているようだから助けてやってくれ。あいつの話に嘘はない、僕が保証する』って」


 何を勝手な、と詠斗は深いため息をついた。


「別に困ってないし、兄貴の保証が何の役に立つのかもわからないんだけど」

「何言ってるの、あの傑くんが保証してくれるんだからこれ以上のことはないでしょ? ねぇ、巧くん?」

「……や、さすがにそれは同意しかねるな。オレ、詠斗の兄貴のことよく知らねぇし」

「傑くんはすごいんだよ?! 詠斗のことは誰よりもよく知ってるし、頭もいいし、足は長いし、穂乃ちゃんは美人だし」

「やめろ紗友、説得力のかけらもない。というか、兄貴から保証されて満足なら巧を巻き込む必要なかったろ?」

「ほら、仲間は多いほうがいいかなって」


 何が「ほら」だ。詠斗は眉間に深々としわを刻んだ。


『楽しそうですねぇ』


 その時、不意に美由紀の声が降ってきた。


「全然楽しくないですよ、何を聞いてたんですか」

「××?」

「×××?」


 詠斗はハッとして二人を見た。何と言ったのかは読み取れなかったが、二人とも恐い顔をして詠斗を凝視している。

 つい美由紀の声に反応してしまったが、紗友と巧にしてみれば詠斗が突然宙に向かって怒り出したようにしか見えない。やはりこの二人が絡むと厄介だなと詠斗は改めて思った。


「通訳してよ、詠斗」

「え?」

「その辺にいるんでしょ? 美由紀先輩の霊」


 紗友の提案に、詠斗は再び眉を寄せる。


「言ったろ? 先輩の姿は見えてない。何なら声のする方向もわからないんだ」

『そうですね、詠斗さんはだいたい私に背を向けてしゃべり出すことが多いです。なので、私のほうからあなたの正面に回り込むようにしています』

「そうだったんですか……」


 地味にヘコむ事実を告げられ、詠斗はついまた美由紀の声に反応してしまった。言ってから、再び二人に怪訝な顔を向けられていることに気づく。


「……『詠斗さんは私に背を向けてしゃべり出すことが多い』だって」


 二つの視線に求められるまま、詠斗は美由紀の言葉を通訳した。「うそだろ」と巧の口が動いたように見えたが確信はない。


「マジで聴こえてんのかよ、あの女バレのマネさんの声」


 バスケ部員であるためか、巧も美由紀のことを知っているような口ぶりだ。紗友ほど親しくはなくとも、同じ体育館にいれば顔見知りくらいにはなるのだろう。


「なぁなぁ、先輩にはオレらの声も聴こえてんの?」

『聴こえていますよ。紗友ちゃん、久しぶりですね』

「聴こえてるって。紗友には久しぶりですねって言ってる」

「え?……あ、はい、お久しぶりです美由紀先輩。この度はとんだことで……」


 目に見えない、すでにこの世を去っているはずの先輩を相手に戸惑いながらも、紗友は美由紀に対して丁寧に頭を下げた。その隣で、巧も目を閉じて手を合わせている。


「満足したか?」


 詠斗は紗友と巧に対してそう言った。


「俺には先輩の声が聴こえてる。先輩が巻き込まれた事件の解決を頼まれて、兄貴に相談したら先輩と手を組めば事件は解決するだろうって言われた。それだけだよ。別に困ってなんかいないし、助けてほしいとも思わない。犯人は俺が見つけ出すよ、先輩と一緒に」


 心からそう思っているということが、二人には伝わっただろうか。二人は目を見合わせている。


「うん、わかった」


 改めて詠斗に向き直った紗友は、はっきりと口を動かした。


「じゃあ私は、美由紀先輩の周辺から探りを入れてみる」

「え」

「よし、じゃあオレは翼くんのほうだな。……まぁ、オレの人脈じゃあんまり当てにならないかもしんねぇけど、引きこもりの詠斗が三年生の輪の中に飛び込んでくよりはマシだろ」

「ち、ちょっと待てよ」


 詠斗は何やら分かり合っている風の二人の間に割って入った。


「お前ら、俺の話聞いてたか?」

「聞いてたよ。美由紀先輩を殺した犯人を捜すんでしょ?」

「それはそうなんだけど……っ」

「何だよ、水くせぇな。耳が不自由な高校生と幽霊のコンビなんて、不安以外の感情が生まれる余地ねぇぞ?」


 この巧の一言にはさすがの詠斗も言い返す言葉が見つからなかった。

 実のところ、美由紀と二人で何ができるのかと問われれば、何ひとつ満足に事が運ぶ気がしないなと詠斗自身も思っていたところだったのだ。何せ幽霊の証言をもとに追い詰めた犯人だ、証拠能力もなければ説得材料にすらならない可能性が高い。言い逃れの効かない確たる証拠でも見つかれば話は変わってくるのだろうが、果たしてそこまでたどり着けるかどうか――。

 それに、いずれは容疑者扱いされているという松村知子にも話を聞きに行こうと思っていたわけだが、見知らぬ先輩が後輩の、しかも耳が不自由であるという条件付きの後輩の話に真面目に取り合ってくれるだろうか。自分が松村知子の立場なら、馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまうかもしれない。


 確かに、紗友と巧の手を借りれば少しは楽に捜査を進められるだろう。けれど、詠斗にはそれがどうしても許せなかった。

 手柄を独占したいとか、そんな陳腐な思いではない。


 ――自分の人生には、できれば誰も巻き込みたくない。


 それが、聴くことの自由を奪われた詠斗が一つ心に決めていることだった。


「……いい加減にしろ」


 つい、詠斗は語気を強めてしまっていた。


「お前らの助けなんていらない! 遊びじゃないんだ、興味半分で首を突っ込まれても困る!」


 そう言って、詠斗は食べかけの弁当箱を乱暴に片付け、二人と目を合わすことなく屋上の出入り口に向かって歩き出した。しかし、扉にたどり着く前に巧の大きな手に肩を掴まれ、強引に体の向きを変えさせられた。


「さすがに今のはねぇだろ、詠斗」


 怒りを滲ませた瞳で巧は詠斗をキッと睨む。


「オレはいい。お前が言う通り、ちょっとおもしろそうだなって思ったことは認める。けど萩谷はそうじゃねぇ。お前にもわかってんだろ?」


 巧の肩越しに、ちらりと紗友の顔を見る。今にも雨が降り出しそうな、そんな暗い空と同じ色の瞳をして、紗友も詠斗のことをじっと見つめ返してきた。


「萩谷はただ純粋にお前の力になりたいと思ってるだけだ。オレよりもずっとお前のことをわかってるし、もしかしたらお前以上にお前のことを考えてるかもしれない。それのどこに突っねる理由がある? 先輩の願いを叶えるのに、萩谷の手を借りちゃいけない理由なんかねぇはずだろ?」

「誰の手を借りようが俺の勝手だろ? 俺はただ、お前らをこの件に巻き込むつもりがないってことを……」

「だーもうっ! どうしてお前はそうやっていつもひとりで抱え込もうとすんだよ?!」


 あまりにもまっすぐ心に投げ込まれた巧の言葉に、詠斗はぐっと眉を寄せた。


「お前のことだから、どうせオレらに迷惑がかかるからとか、そんなくだらねぇこと考えてんだろ? あのなぁ、お前ひとりの世話を焼くくらい鼻クソほじりながらでもできんだよ。何も慈善事業に取り組んでるわけじゃねぇ、単純に友達としてお前の力になりたいだけだ。オレも、萩谷も」


 詠斗とまっすぐに目を合わせ、巧は真剣だった表情を崩してふわりと笑った。


「耳のこと、気にしてんのはお前だけだと思うぞ? オレは別に、耳が不自由だからお前の友達やってるわけじゃねぇし」


 な? と言って、巧は紗友を振り返った。紗友も笑って頷いている。


 はぁ、と詠斗は大きく息を吐き出した。

 簡単に言ってくれるなぁ、なんて、口にしたら殴られるだろうか。


 この二人ほど、こうも簡単に心を揺さぶってくる人はいない。

 父も母も、兄でさえ、ここまで踏み込んでくることはない。

 固く結んだはずの決意を、この二人はいとも簡単に揺るがしてくれる。

 頼んでなど、いないのに――。


「……鼻クソはほじるな」


 何と答えようか迷った挙句、出てきた言葉はそれだった。


「汚い」


 そう真面目な顔で付け足すと、巧は大きな口をあけて笑った。


「例えばの話だろ?! やんねぇから! そんなはしたなくねぇから、オレ!」


 巧の隣で、紗友もケラケラと笑っていた。

 つられて口元を緩めるかたわらで、ずっと押し込めていた想いのが詠斗の心に小さく宿る。


 二人の楽しげな笑い声が、この耳にも届けばいいのに、と。

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