84話 なお、ホイール状のツマミを回すタイプのリモコンとする
書類の提出日、私達は危なげなく課題をこなしていた。
期限は昼休みまでだったが、2時間目の休み時間に提出したのである。
まとめるのには少し手間取ったものの、チャートにする生徒は少ないらしく、彼は甚く関心していた。
まぁ私が本気になればこんなもんだけどね。
こうして、晴れて自由になった私達は、昼休み明けの授業を気楽に待っていた。
午後は高度情報技術の授業で、後半にそれらの発表会があるらしい。
全てのペアのレポートではなく、おそらくは出来の良いものを抜粋する形だろう。
そして、私は昼食のやきそばパンを頬張りながら、先日のことを思い出した。
ただの課題の資料集めのつもりが、謎の美形メンヘラに知恵達と、
随分と濃い一日になってしまったあの日のことである。
結局ツキミツとは誰だったのだろう。
予鈴が鳴る少し前、私と家森さんはエクセルのA実習室に向かった。
ちなみに数ペアはヤバいヤバいと言いながら、慌てて最後の仕上げをしているところだった。
直前に慌てるくらいなら、もっと計画性を持って取り組めばいいのに。
そうは思うが、彼らには言っても無駄なのだろう。
相容れないと直感で理解できる。
「札井さん達はもう提出済み?」
「うん、昼休み前にね」
「やっぱりさすがだねー」
エクセルへ向かう道の途中、猛ダッシュで数名が私達を追い抜いていく。
彼らは職員室に向かっているのだろう。
チャイムが鳴るまでと厳密に決められているので、必死のようだ。
鬼瓦先生ももうエクセルに向かってると思うけど、誰も気付かないのだろう。
彼らの後ろ姿を眺めながら、私は家森さんに聞き返す。
「家森さん達は?」
「私達も実は朝のHR終わってすぐ渡しに行ったんだよ。ほら、混むと面倒でしょ?」
「そうだね」
その言い分は実に彼女達らしい言い分であった。
というか、二人は5分くらいで課題を終わらせてそう。
このペアが何かに苦戦するという様子が全くと言っていい程、思いつかないのだ。
そうしてエクセルまで他愛のない会話を続けた。
A実習室の扉を開けて、声を掛け合うと、それぞれのダイビングチェアに着席する。
隣を見ると、志音は既に居た。というか入眠していた。
あまりにも気持ち良さそうな顔をしているので、
座っているのがマッサージチェアだと錯覚してしまいうそうになる。
「ほら、授業始まるよ」
「……」
ま、いっか。私はぐっすりな志音を放置することを決めて時計を見た。
課題を出し終わったのか、ダッシュで実習室に入ってきたペアを何組か眺めていると
チャイムが鳴ってタイムオーバーを告げた。
奥の準備室から先生が出てきた。
彼のことをよく知らない生徒には分からないだろうが、機嫌が良さそうである。
「それでは授業を始める。その前に一つ。全ペアが遅れることなく、課題を提出した。
よくやった。えらいぞ」
そう言って彼はわずかに微笑んだ。
彼の言い回しで色々察してしまった。この手の課題って提出率低そうだなぁとか、
それをわざわざ催促するのも、あの先生にとっては憂鬱だったんだろうなぁとか。
「オレは提出された資料をじっくり見たい。この意味が分かるか? 札井」
突然あてられた私は、声が裏返りそうになりながら、適当に返答した。
「は、はい!? 私!? え、えぇと、つまりしばらくは自習にする、ということですよね?」
「違う、バグを倒してこいと言っている」
「分かる訳ないよね」
理不尽過ぎるわ。
しかし、彼の言うことも分かる。
貴重な時間をわざわざ自習に宛てるよりも、デバッカー達が印のみをつけてスルーしてきた
バグの削除にあたる方が余程有意義だろう。
「1時間で戻ってきてくれ。枠は一つ、小隊はランダムになる」
「でも、相性の悪い相手だった場合は……」
誰かが鬼瓦先生に質問した。
1時間で戻ってくるという制約を考えると、実現できない可能性は低くないように思える。
彼が聞かなくても他の誰かがしたであろう質問だった。
「その時は上手く距離を取って離脱しろ。逃げ方を知るのも大切だ。深追いはするなよ」
彼は手元のキーボードを叩いた。
ダイビングチェアのモニターが起動し、黒かった画面が真っ白になり、No.9と表示される。
床からトリガーとナノドリンクが乗った小さなテーブルがせり上がり、私達はそれを手に取った。
慣れたものだ、何の感慨もなく手のひらに納めたトリガーを見て思う。
「分かってるな。前回同様、4人1組の小隊を組んでもらう。ペアはダイブしてからのおたのしみだ」
先生はそう言うと、資料に目を通し始めた。
おそらく誰かが提出したレポートだろう。
No.9という名前のバグをデリートしてこいという事か。
周囲を見渡すと、既にナノドリンクを飲み、トリガーをセットしている者もいた。
いつの間にか目を覚ましていた志音と目を合わせた後、私達も彼らに倣う。
「行くか」
「だね」
トリガーを噛むと、見慣れた森の景色が視界に広がった。
その場には私達しか居ない。
組むペアはまだダイブしていないのであろう。
「とりあえず待つか」
「知恵達来ないかな。楽そう」
「あー、そうだな」
鞄をまさぐると、中には通信端末が入っていた。
時計を確認して帰還の時間を確認する。
およそ14時頃にあちらに戻ればいいだろう。
「おっ、お前らか」
振り返ると、知恵と菜華が立っていた。
希望通りになって嬉しいんだけど、なんか今週の運を全部使い果たしちゃった感じで
損した気分になった。思い通りになり過ぎて怖い。
知恵はコンパスを取り出してマップを表示させると、赤いピンを確認する。
バグの位置が表示されているらしい。
この実習の時、私達は井森さん達とクソ村に行っていたので、こんな機能があるとは知らなかった。
「んじゃ、とりあえず西に向かうか」
自然と知恵がリーダーとなって動いていた。
それ以外の面子はあまり先導して何かをするタイプではないので、彼女の存在は有り難い。
志音もやれと言われればできるだろうけど、何気にものぐさなので率先して動きはしないだろう。
「どんなヤツだろう?」
「液体系は嫌だなええ。めんどくせぇ」
「嫌だなええって何?」
「タイプミスだ」
「直せや」
森を抜けてデッドラインを越えると、アスファルトの地面が広がっていた。
ここまで人工感がある地形は初めてである。
だけど、案外嫌いじゃない。なんと言っても歩きやすいし。
森を歩いた時の煩わしさを思うと、何気なく足を出しても突っかかることのない地面に
感謝の気持ちすら湧いた。
まるでだだっ広い駐車場のようである。こういうところでラジコン走らせたら楽しそう。
ぼーっとしながら知恵の後ろを歩いていると、突然立ち止まった彼女に追突してしまった。
「いたっ。急に立ち止まらないでよ」
「夢幻、知恵に何を、したの?」
「!? ぶつかっただけじゃん!? 見てたよね!?」
「くっつく口実なのでは?」
「はい!?」
志音が私の肩に手を置く。私と菜華は構わず話し続けた。
肩を揺さぶられて、やっと正面を向く。
何もないじゃん、と言おうとして何気なく視線を下ろして、そのまま言葉を失った。
そこにはランプの魔人のようなバグが、腕を組んで私達を見上げていたのだ。
ちっさいわ。