62話 なお、西で遊んでいるとする
飛んできた小屋は全部で6つ。目の前のこいつを入れると、合計で7つ。
こちらはラーフルを入れても5人。数の有利が一瞬でひっくり返ってしまった。
その上、向こうは空中戦に対応できるような個体である。
下手にかかると、ここの住人の仲間入りを果たすことになるだろう。
何かできることはないだろうかと思案しながら、地上に影をつくるそれらを
睨みつけていると、我先にと飛び出した者がいた。
「こっちはぼくに任せて!」
言い終わるや否や、ラーフルは空中で風車集団を迎え撃った。
着地させるつもりはないらしい。たった一人であれだけの数を捌くとは。
多勢相手は慣れているようで、全く危なげが無い。
私は空を見上げながらため息をついた。
そうして漸く、空が既に白み始めていることに気付く。
明るくなるまでにはけりをつけたい。
そのためにも、人任せにしていては駄目だ。
私はアームズを、いつものアレを呼び出してみた。
「お前、それじゃ」
「だってこれしか呼び出せないし。ちょっと確かめたいこともあったし」
「お前らもごちゃごちゃうるさいんだよぉ!」
羽根を一枚失った風車が癇癪を起こして、激しい暴風を発生させる。
お前が一番うるさいよ、と言ってやりたかったが、立っているのがやっとだ。
巻き上げられた瓦礫や砂から、せめて顔だけは腕で守りながら、志音を見る。
彼女は一切の防御を放棄して、両手で思いきり棒きれを突き出していた。
距離があるんだから当たらないでしょ、というか間が開き過ぎていて
バグを狙っているようにすら見えない。
棒術を志す者の素振り、これ以外の何物でもなかった。
しかし、それは弾丸のような勢いで伸びて、風車を一突きした。
「!?」
「どーだ、ばーか」
放たれた一撃は、風車小屋の壁を2枚破壊し、勢い良く貫通する。
風穴を開けてからも尚伸びるそれは、風車の背後に佇んでいた木の幹を抉って、漸く制止した。
バグはというと、回転していた羽根が棒に当たって千切れ飛んでおり、
風を起こす機構を完全に失っていた。
見るも無惨な状態だ。
「志音!」
「なんだ!?」
「その武器! 猿っぽくて、すごく志音っぽくていいと思う!」
「誰が孫悟空だ!」
うん、そう。それが言いたかったの。
井森さん達はラーフルとバグが衝突する度に降り注ぐ瓦礫から、村人達を守っていた。
鞘に納めたままの長物を振り回し、怪我をしそうな瓦礫は、ほぼ全て処理している。
あっちはとりあえず放っておいても平気そうだ。
「ボキは……ボキには……理想が……!」
「全ての理想が叶うと思ったら大間違いだよ」
できるだけ速度をつけて、串刺しになっている風車にまきびしをぶつけるよう念じる。
あの風車はもう風を起こすことはできない。躊躇する理由は無くなったんだ。
志音の足止めも長くは続かないだろうから、これで終わればいいんだけど。
しかしそんなに甘くはなかった。
「ふひひ……! かゆいかゆい! そんなんじゃボキは……!」
然程ダメージを与えられなかったことに少しがっかりしつつも、冷静に次の手を打った。
アームズを呼び出す。いちいち名前は呼ばない。
残った枠2つ分、いっぺんに呼び出した。
勝算はあった。
いや、こうすれば勝機は見い出せると確信していた。
リンクは呼び出す度に強くなっていく。
先程一つ目の枠を消費したとき、「あと少しだ」と感じた。
それが、私が志音に言った”確かめたかったこと”である。
そして残りの枠を解放すれば、アームズのレベルが上がると”分かっていた”のだ。
数値のように明確に示されたものではないが、確実にそうなると知っていた。
呼び出したまきびしは未だに浮かす事すらできないものもある。
それがレベル2だとしたら、全てのまきびしのレベルが一つ上がってから
次のステージにいくものだとばかり思っていた。
レベル3以上が存在するのなら、の話だけど。
しかしそれは違ったのだ。
子供と同じで、もの覚えが早い子もいれば、遅い子もいる、ということだ。
「これでもまだ痒かったら、そのときは謝るよ」
呼び出されたばかりのまきびしは、凝りもせず風車目掛けて飛んで行く。
徐々に大きくなりながら。
ボーリング玉くらいの大きさになったところで壁に激突した。
激しく上がる土煙で目視はできないが、貫通した感触が確かにあった。
奥の壁も含め、2枚をきっちり打ち抜いたようだ。
「……!!!」
サイズを変えられるようになった個体は一つだが、特に問題は無い。
貫通したまきびしを自分の手元に戻すように念じると、風車小屋の穴がまた増えた。
志音が開けた分も含めると前後で、合計6つ。風車は既にボロボロだ。
風穴がいくつできあがるまで、こいつは辛抱できるだろうか。
いや、もしかしたら次で小屋自体が崩れるかも。
ま、どっちでもいいよね。試せばわかるんだから。
「さいごに……ボキの……思いを……」
消滅することを受け入れたのか、バグは何かを言い残そうとしていた。
確かにここまでボロボロなのだ。私が手を下すまでも無い程に見える。
聞くだけ聞いてやろう。
「百合えっち、見たかったな」
最後は「なぁ……」という感じで、余韻を持たせた言い方をしたかったんだと思う。
だけど、それは叶わなかった。
私と志音の間を縫うように、後ろから飛んできた大太刀が強制的にバグの言葉を遮ったからだ。
刀は風車の回転の軸になる部分に刺さっている。
人間でいうと眉間に当たるであろう、ど真ん中の急所のような場所。
かなり深々と刺さったようで、刀身は半分程しか確認出来ない。
遅ればせながら、私と志音は自身の横を刀が掠めていったことに気付き、顔を向ける。
そういう意図はあいつにも無かったと思うけど、自然と私達は目を合わせる形になった。
「見たら殺しちゃうかも♥」
見なくても殺しとるやんけ。
私と志音はおろか、家森さんですらそう思っていたに違いない。
どこか恥ずかしそうに微笑む井森さんに引きつつ、私はラーフルが気になって空を見た。
バグと睨み合い、羽ばたきながら、口から細く短いビームを撃つ彼の姿があった。
前に見たそれとは大違いだ。おそらく村を破壊しないように気をつけているのであろう。
村自体がバグのようなものだと教えるのを忘れていた。
「こんな村、いくら壊れてもいいんだよって伝えるの忘れてたよ」
「まぁ村人もいるしな。壊さないに越したことはないだろ」
こいつは野蛮人みたいな顔をして、たまにまともなことを言うから困る。
「あの子、めっちゃ可愛いねー! 私も名前覚えてもらいたいなー!」
「うふふ、私も是非仲良くなりたいわ」
「井森、アレはオスだぞ」
「志音さんって私のことを何だと思ってるの?」
志音の自然な指摘に、井森さんはショックを受けたような顔をしていた。
だけど、志音が言ってなかったら私が言ってたと思う。
私は知らんぷりをしながら、ラーフルに「頑張れー」と声をかけた。